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天使か悪魔か

2018.11.23(11:30)

  今年,私の父は米寿を迎えました.
  先日,元町の小洒落た和食店の個室を借り切って,私と弟の家族で企画したささやかな米寿の祝いをしました.
  孫4人のうち,3人のお嬢さんたちは皆神戸を離れているため,その場でじかに参加できたのは弟の長男のK君だけでした.
  そこでまず,私の娘たちには,LINEビデオを利用して生出演してもらいました.マニラの長女,東京の次女とface to faceでリアルタイムで話せた父には大変喜んでもらえたようです.

  また,ザルツブルクに留学中の弟の長女は,時差がある上にあいにく当日のスケジュールが合わなかったため生出演は叶わず,ビデオメッセージを作ってLINEで送ってもらい,母のスマホ(彼女も最近とうとうスマホデビューしました(笑))を通じて父にも見てもらうことが出来ました.

  それにしても昨今の通信情報技術の進歩には驚かされることばかりです.

  先日,自家用車を新しく買い換えましたが,通信技術を駆使した最近の自動車のハイテクぶりには驚くばかりで,一昔前の車とは隔世の感があります.

  医療の世界でもいまやネット環境を使えることが前提で,電子カルテの普及は目ざましく,診療報酬の請求も今や医療機関がオンライン請求が原則です.
  カルテをクラウドにアップすることにより関係者がどこからでもアクセスできるシステムも普及,当院ではまだ導入していませんが,病診連携への貢献はもちろん,すでに在宅医療では多くの施設で取り入れられています.
  今年から対面診療ができない患者さんのために,制限付きではありますがオンライン診療が診療報酬で認められるようになりました.しかし,患部の写真を送ってもらいLINEやビデオで相談に乗るといったことは,私も含めて既に以前からやっていた医師は多いと思います.
   患者さんに他院を紹介するときも,場所や診療時間はウェブで調べてGoogleで行きますと言ってくれると,混んでいる時などすごく助かります.

  教育現場でもタブレットがどんどん取り入れられており,私が学生の頃には想像すら出来なかったような質の高い授業ができるようになったようです.

  また最近はスマホのアプリを通したキャッシュレス決済も普及,私たち夫婦も先日iPhoneを新しく買い換えたのをきっかけに少しずつ始め,その便利さを享受しています.

  確かに,特に今世紀に入ってからあれよあれよという間に高度なネット社会となり,そして今度はいよいよAIが日常生活にどんどん入り込んできている昨今,技術の進歩に社会や法の整備がついていけず,様々な負の側面も露呈してきていることは否めません.

  しかしもはやこの流れは止められないと思います.世の中の物事の多くが,誰しもが携帯電話はもちろんスマホやパソコンを持ち,そしてネット環境が使えるということが前提になってきているわけですから,やむを得ないでしょう.
  いくら懐かしんだところで,もうアナログ全盛の昭和の時代には戻れないわけです.

  ただ,どんなにデジタル全盛の世の中になっても,わざわざ手間暇かけてやること,アナログなことが全くなくなってしまうことはないというのも確かだと思います.人間が人間らしくあるためには,便利さ,スピード,効率性とは対極にあるものも欠かせないことを誰しも知っているからです.

  このままAIが驚異的に進歩すれば,人間は何もすることや考えることがなくなってしまうなどという考えもあるようですが,だからこそなおのこと不便なことやアナログなことがしぶとく生き残るでしょうし,そうあるべきだと思います.
  CDや配信音楽が当たり前になった昨今,アナログレコードが復活しているというのもその表れかもしれません.

  私の人生も長くて今世紀半ばくらいまででしょうが,この先人類の未来はどうなっていくのか,情報通信技術やAIの進歩により,輝かしい未来になるのか,あるいはその逆か,不安でもあり,楽しみでもあります.


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仕事の「匂い」

2018.10.24(08:18)

   もう10月も終盤,今年も年末年始にむけて超多忙な季節の到来となりました.

  さて,長年この仕事をやっていると,ありとあらゆる職業の人との出会いがあります.

  どの職業も,その仕事に長く従事してきたことによって培われる雰囲気とか匂いとでもいうものがその人に染み付いているようで,まさに環境や仕事が人を作るということを実感します.

  その中でも,何と言っても私と同じ医療関係者については,たとえ問診票の職業欄が空欄になっていても,同業種かどうかわかることが多いと感じます.

  医師や薬剤師や理学療法士などの場合はほとんどの場合職業欄を埋めてくれるのですが,どういうわけか看護師さんの場合は,往々にして空白のままのことが多く,それどころか,中には会社員とか公務員などと書く人もいる.まあ企業や公立の病院ならあながち間違いではないといえばないのですが(笑)

  ただ,当院のスタッフに訊いても,他の医療機関に受診するような時などは確かにあまり看護師であることは言いたくないとのこと,それは「これくらいのこと,看護師さんならわかりますよねえ」みたいな感じで接せられるのが嫌ということもあるようです.

  でも,やはりその「匂い」とでもいうべきものを完全に隠し通すことは不可能なようで,こちらも同じ世界にいる者の「勘」で,往々にして「見破って」しまいます.

  たとえば,病状について説明していると,妙に相槌よく頷くひと.なんか,そんなこともうよくわかってますよ,というサインのように見えます.

  そして言葉の端々に現れる「匂い」.

  どんな薬飲んでますか?と尋くと,「アムロ〇〇○5mgを朝夕2錠分2で飲んでます」なんてややこしい薬の名前や飲み方をスラスラというひと.
  どの辺りが痛みますか?と尋くと,「右の側頭部です」というひと.
  痛いのは左右どちら側ですか?と尋くと,決して「りょうがわ」とは言わず,「両側(りょうそく)です」というひと.
  脈拍はどうですか?と尋くと,「すごく頻脈なんです」というひと.

  そんな答え方,素人は決してしません(笑)

  私    「ひよっとして,医療従事者ですよねぇ」
  患者   決まり悪そうに「はい」
  私    「看護師さんですか?」
  患者 「あっ,はい,まあそうです(^_^*)」

  こちらも,いつも通り心臓模型を出して,「学校で習ったと思いますが,心臓は4つの部屋から出来ていてですね~,云々」などと相手が素人だと考えて説明していたわけですが,循環器病棟に勤めている看護師さんだったりすると,「釈迦に説法ですみませんでした」なんて,こっちが謝る羽目になって,ものすごく混んでいるときなど,「それならしょーもない説明する手間が省けたのに,最初から言ってよ(>_<)」と言いたくなります(笑)

  まあその是非はともかくとして,患者さんと話をしながら,この人はどんな仕事をしているのだろうか,と推測するのもクイズみたいで楽しいものです.

  角刈りの頭に日に焼けて元気そうな顔つきの人だと大工さんだったり,長身に綺麗な斜め前髪のヘアスタイルと華やかなスマイルの女性だとキャビンアテンダントだったり,記録した血圧の推移や平均値をスマホのソフトで解析して理路整然と説明してくれるような人だと理科系の研究者やIT関係の技術者だったり,とイメージ通りのこともありますが,逆に,奇抜なヘアスタイルと服装であちこちにピアス,絶対にロックバンドか何かやってるだろうと思っていたら,意外にも料理人だったりで,人は見かけによらないなあ,などと感心したりもします.

  そして親しくなるにつれ,その人の仕事にまつわる話しを興味深く聞かせていただくこともあり,この世界にいるとつい狭小になりがちな視野を拡げてくれます.

  さて,明日はどんな仕事人との出会いがあるでしょうか(笑)



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楽しきリセット

2018.09.22(22:33)

  この9月12日,私はついに還暦となりました.

  これまでも40歳,50歳と年齢の節目のたびにその重みとでもいうものを感じてきましたが,まだまだ自分には先のことと思っていたこの年齢に達したことに正直まだ実感が湧かないと同時に,今までの節目以上に重みを感じています.

  一昔前は,五十代,六十代と言えば,立派な年寄りでした.あのサザエさんの父親の波平の設定年齢が54歳というから驚きですし,幼少時によく遊びに行った母方の祖父母もまだ五十代でしたが,典型的なおじいちゃん,おばあちゃんという感じでした.

  しかし今や世界トップクラスの平均寿命を誇るようになった我が国では,この年代の位置付けは当時とは全く異なっています.心身ともに若くなっているのはもちろん,社会的にも完全に引退してしまっている人を探す方が難しい.

  それに何より,少子超高齢化,核家族化,格差の拡大も相まって,定年後は孫の相手でもしながら悠々自適,趣味三昧の隠居生活などということはぼ少なくとも庶民にとっては不可能となっています.また65歳以上という高齢者そのものの定義を見直す動きさえあり,人生100年時代と言われるようになったこの時代,ある意味当然の成り行きかもしれません.

  でも街の書店を見渡すと,定年後の生き方,社会との関わり方,健康や介護,お金,終活などに関する本が新刊のコーナーに所狭しと溢れかえっており,昨今の不安定な社会情勢とも相まって,誰しもが自分の長い老後に不安を抱いていることの裏返しだと感じます.

  さて,長年数多くの患者さんたちを診ていると,高齢になっても心身ともに元気な人たちのパターンとでもいうべきものが見えて来ます.

  以下が私の経験から導き出された元気な人たちの主な人物像です.

  1.気持ちがいつもポジティブで明るく,あまり細かいことに悩んだり,不平不満や愚痴などネガティヴなことばかり言わないひと
  2.いつも心がリラックスしていて物腰も穏やかで笑顔の多いひと
  3.背筋がピンと伸びていて姿勢が良く,ハキハキとした声で話し,よく歩き,歩く速度が速く歩幅も大きいひと
  4.喫煙をしないひと
  5.身だしなみに気を遣っているひと
  6.いつまでも好奇心に溢れ,仕事や趣味やボランティアを,楽しく(これが重要です)続けられているひと
  7.食欲が旺盛なひと
  8.健康には気を遣いつつも過度の健康オタクでないひと,巷に溢れる健康情報に振り回されないひと

  他にもありますが,ざっとこんなところでしょうか?
  もちろん,大病を患ったり,経済的に困窮してしまえば話はそう単純ではなくなりますが,少なくとも心の持ちようだけはこうありたいと思いますし,高齢者のみならず当然若い人にも当てはまる事柄ばかりです.

  さて,私はどれくらい当てはまるでしょうか?

  干支が一回りしたこの歳,身も心もリセットして,大還暦とまではいかずとも(そこまで生きたくもないですが(笑)),その半分の卒寿くらいまでをめざして,心身ともにできる限り元気でいたいと思います.


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魅惑のタイムスリップ

2018.08.28(22:31)

  今年のお盆は少し長い休暇を頂いて,かみさんと中欧の三都市,ウィーン,ザルツブルク,プラハに6泊8日で旅行してきました.
  言うまでもなく,いずれも数百年にわたり栄華を極めたハプスブルク家ゆかりの,芸術と文化の香り豊かな都市です.

  ウィーンは,かつて街を取り囲んでいた城壁と堀を撤去したあとにできた,その名もリング通りという大きな環状道路の沿線とその内側の旧市街を中心に,シェーンブルン宮殿,ウィーン国立歌劇場,楽友協会ホール,ウィーン美術館,ホーフブルク宮殿,シュテファン寺院といった荘厳かつ豪華な建築物や,マリアテレジア始めハプスブルク家ゆかりの人たちやヨハンシュトラウスなど芸術家たちの銅像が数多く残っており,多くの観光客も訪れて生き生きと活気づいていました.

  ウィーンから快適なオーストリア版新幹線Railjetに乗って訪れた古都市ザルツブルクでは,昨秋芸大卒業後にザルツブルクモーツアルテウム大学に留学してコントラバスを学んでいる姪が,すっかり流暢になったドイツ語を駆使してあちこち案内してくれました.

  モーツアルトの生誕地として,そして100年近い歴史を持つザルツブルク音楽祭で有名なこの街は,こじんまりとはしていますが,街のシンボルであるホーエンザルツブルク城から眺める古い建造物や教会の立ち並ぶ街並みは,中世の面影を色濃く残しており,まるであの時代にタイムスリップしたようでした.

  ザルツブルクからプラハに自動車で移動する道程,世界遺産チェスキークルムロフを訪れました.
街の北側にあるチェスキークルムロフ城から見おろすルネッサンス様式の街並みは,世界で一番美しい街と言われる噂に違わず,まさに息を飲むような美しさでした.

  プラハの街は,滔々と流れるブルダバ(モルダウ)川にかかるカレル橋,その向こうにそびえ立つプラハ城の勇姿,そして川の東部に広がる旧市街の目抜き通りや建物の優雅さにも,深く感銘を受けました.

  特に今回の旅行の前に読んだ小説「プラハの春」に出てきた情景が重なり,旧ソ連の無慈悲な軍事侵攻による屈辱的な抑圧から解放されて勝ち得た自由と平和を,心から謳歌している人々の息吹や明るさが感じられましたし,第2楽章「モルダウ」であまりにも有名なスメタナの交響曲「わが祖国」に込められた意味がわかったような気がしました.

  イタリアやスペイン同様,やはり今回もヨーロッパの観光都市が古い建築物や全体の景観をいかに大切にしているかということを改めて感じさせられました.
  建築物の新陳代謝が激しい我が国と単純に比較することは出来ないでしょうが,今や外国人観光客がうなぎのぼりに増加して世界有数の観光立国をめざしている我が国もおおいに学ぶところがあると思います.

  それから,今回の旅行は本当によく歩きました.スマホのアプリでも1日25,000歩近くとなっており自分でも驚きでした.自分の脚で歩き回ることによってこそ,その土地の空気やそこに住む人々の息遣いとでもいうものをしっかりと感じ取れるという意味で,健脚に感謝です.

  いつも勉強していく言語については,ドイツ語は大学時代に勉強した知識を思い出すようにして少しは復習していったのですが,観光地はほとんど英語で通じるので使う機会はあまりありませんでした.
  チェコ語については,もともと難解とされる上,スラブ系の言語で今まで学んだ言語とはあまりにもかけ離れているので諦めて,とりあえず「こんにちは」(Dobryden)と「ありがとう」(Diky)と,「トイレはどこですか?」(Kde je zachod? → 実際には使わずに済みました)だけを丸覚えした感じですが(笑),現地の人に喜ばれました.

  最後に,今回も休み中の土曜日は代診のH先生が助けてくださいました.優しくて素敵なH先生に感謝です❗️

  私の心は,早くも次の旅先探しに向いています(笑)

ウィーン: 旧市街地,グラーベン通りの賑わい
ウィーン
ザルツブルク : ホーエンザルツブルク城より
ザルツブルク
チェスキークルムロフ: チェスキークルムロフ城より
チェスキークルムロフ
プラハ:モルダウ,カレル橋,プラハ城
プラハ

 (↑ いずれもクリックで拡大)


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もっと危機意識を

2018.07.25(17:25)

  先日西日本を中心に数日間も降り続いた記録的な豪雨は,数十年に一度と言われる甚大な被害を各地にもたらし,200人以上もの人命が犠牲になりました.
  神戸市でも10万人近くに避難勧告がでて,中央区や灘区の山側でも土砂崩れが起きて一時避難指示が出たほどです.

  さらにその後は打って変わって連日のようにこれまた記録的な猛暑が続いており,全国で熱中症の患者が多発,死者さえ出ているといる有様で,特に豪雨災害で最も被害の大きかった広島や岡山の人たちにとっては,まさに泣きっ面に蜂という状態です.

  そんな中,豪雨の被災地では少しずつ復旧が始まり,全国から義援金やボランティアなど支援の手が差し伸べられています.私も微力ながら募金をさせていただきました.被災地の1日も早い復興と,亡くなられた方々の冥福を祈るばかりです.

  さて,地球温暖化の影響なのか,このところわが国を含め世界中で毎年のように大きな自然災害がおこり,少なからぬ犠牲者がでています.
  地震も頻繁で,この豪雨の最中にもなんと千葉県沖でマグニチュード6の地震が起こったのですが,誰しも慣れっこになってしまったのか,豪雨のニュースに完全にかき消されてしまいました.最悪の場合わが国を経済大国から最貧国に引きずり落としてしまうかもしれないという南海トラフ地震も,近い将来ほぼ確実に起こると言われています.

  こういった大災害が起こると,必ずといっていいほど政府や自治体の危機管理や対応の甘さばかりが批判されますが,我々国民の側も,もう少し常日頃から自然災害に対する意識改革が必要なのではないかと感じます.

  日本人というのは,いい意味でも悪い意味でも忘れっぽい性格なのか,大災害が起こると慌てて避難用品を揃えたりするのですが,しばらくすると危機感が去ってしまい,保存用の食品や水がとっくに期限切れになってしまったりする.今回も,自治体が作った防災マップの存在さえ知らなかったという人々が多数いるというから驚きです.

  自分はこんな災害には遭遇したくないという気持ちが,記憶の風化とともに,自分だけはまず大丈夫だろうという根拠のない自信にだんだん変貌してしまうようです.だから,テレビやスマホの緊急速報で避難指示が出ても全く従わない人も多い.自分のところはまさかと思っているのです.東日本大震災の時,津波から逃げ遅れて多数の死者が出たのもこれが一因でした.

  それから,今度はいざ災害からの復興計画という段になると,往々にして進展が遅い.
  財源の問題はともかくとしても,支援物資や義援金をどう分けるのか,避難所をいつまで設けるのか,仮設住宅をどのくらい作るのか,防波堤や堤防をどれくらいの高さでどこに作るのか,などなど,具体的なことになると縦割行政の弊害や各部署の思惑,自治体や被災者個々の要望,法律の足枷などが絡み合って,なかなか決まらない.

  何よりもそこに住む人々の要望を最優先するべきこと,そして民主主義国家たるもの何事も話し合いで決めるべきことは論を待たないでしょうが,関係者すべての意見が一致することなどあり得ないでしょうし,国家の存亡に関わるような緊急事態の時には多少の強引さや融通性も必要なのではないでしようか.

  たとえば,防潮堤一つ作るにしても,津波の恐ろしさは理解していても景観や観光への影響を心配して反対する人もいる.しかし,批判を恐れずに言えば,何よりも優先されるべきは人命であり,人々が安心して暮らせてこその地域であり景観だと思います.

  しかしこんなことは何も自然災害に限ったことではありません.

  北朝鮮問題など東アジア情勢がかつてないほど緊迫している昨今,賛否両論はあるにせよ防衛力の維持向上について真剣に考えなければならないのに,議論すること自体をタブーとしたり,自衛隊不要論など頭の中がお花畑状態の人々も多々いる.

  医療の世界もしかり,今や少子高齢化と医療費の増大で日本が世界に誇ってきた国民皆保険制度がもはや崩壊寸前となっているのに,全く他人事のように思っている人々のいかに多いことか.

  日本人は戦後の焼け跡から経済大国への奇跡的な復興と長く続く平和にすっかりあぐらをかいてしまい,誰しも,まさかこの国が大地震で国家存亡の危機に陥ったり,他国に蹂躙されたり,医療保険制度が破綻したりすることなどないだろうと,心のどこかで思っているのです.

  日本人というのは元来「和」の精神を何よりも大切にするということがDNAの奥深くに刷り込まれています.これ自体は,ややもすると自国第一主義が闊歩する現代の風潮にあって誇るべき国民性であり,その民度が世界の中でもトップクラスであると言われる所以です.
  しかし,裏を返せば,何事も根回しや話し合い,周囲への気遣いなどばかりに重きを置くがゆえに,物事が遅々として前へ進まず,目まぐるしく変わる世界情勢の流れにもついていけないわけです.

  一党独裁がゆえに何でもかんでもトップダウンで有無を言わさず決めてしまう中国や,自国の利益のためだけに他の国々を混乱に陥れてまで強引な政策をとる今の米国のやり方には大きな違和感を覚えます.

  けれども,今回のような甚大な自然災害への対策は言わずもがな,国家防衛,社会保障と,待ったなしの施策が必要なものは,強力なリーダーシップにより,とにかく何よりもスピード感を以て進めて欲しいと特に思いますし,我々国民ももっともっと危機感を持つべきでしょう.

  森友加計問題や議員のセクハラ問題が些細な問題だというつもりはありませんが,国家の根幹を揺るがしかねない大問題が山積している昨今,他人の揚げ足をとることばかりに終始している国会議員たちの姿を見ていると,本当にこの国の行く末は大丈夫なのか?と不安になるのは私だけでしょうか.


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  1. 天使か悪魔か(11/23)
  2. 仕事の「匂い」(10/24)
  3. 楽しきリセット(09/22)
  4. 魅惑のタイムスリップ(08/28)
  5. もっと危機意識を(07/25)
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