Dr.OHKADO's Blog

. Hola!(2)

 ゴールデンウィークのスペイン旅行は大変エキサイティングでしたが,旅の最後に予想外のことがおきました.

 旅行の帰路は,5月4日,バルセロナ午前10時5分発予定のパリ・ドゴール空港行きのエールフランス機に乗り,パリからやはりエールフランス機に乗り継いで翌5月5日(金)の午前8時(日本時間)に関空に到着の予定でしたので,その日は翌日からの診療に備えてゆっくり出来ると踏んでいました.

 ところが,出発時間が近づいても,なかなか正式な出発時間が表示されません.
不安になり出発ゲートに向かうと,案の定他にも日本人数組を含む多数の客がいて係員の前に列を作り,皆困った様子です.

 係員に状況を訊いたものの,乗り継ぎ便はパリに着いてからでないとわからない,場合によってはパリで一泊してもらわなければならないかもしれない,とのこと.お詫びにくれたのは空港内のミールクーポンのみ(笑)

 5月6日の診療をどうするかということが俎上に上がったため,事務のYくんに時差を気にしながら連絡し,休診にするか,代診を頼むかなど,今後の行動計画を話し合いました.

 ようやく離陸したのがすでに午後1時半過ぎ.ゲートでは列に並んでいたIさんという寝屋川在住の日本人と知り合いました.まだ弱冠26歳のビジネスマンである彼も,休みを利用してバルセロナに単身4泊で来ていたとのこと,良い連れが出来ました.

 3時間近く遅れてようやく出発した機内で今後のことをCAに相談したところ,パリに着いたらエールフランスのtransit counterで交渉するように,とのこと.不安をかかえたまま到着,巨大な空港の中をあちこち誘導され,ようやくエールフランスの出発ゲート近くにあるカウンターに到着.

 利用予定だった関空行きの便は,当然のことながらとっくに離陸しており,次の便を交渉しようとしましたが,なんとすぐ前に韓国からのツアー客,おそらく15人くらいが陣取っていました.添乗員と思しき若い女性が交渉していましたが,これだけたくさんの客を一度に乗せられる便がなかなか見つからないようで,カウンターの女性スタッフも苛立っているのがありありでした.しかもスタッフは彼女しかおらず,こちらとしてもどんどん時間が経過してしまい困るので,誰か他にこちらのケアをしてくれる人はいないのかと思わず尋ねましたが,順番なので後ろで待て,との機械的な返答のみ.

 結局,韓国人グループが一度に帰れる便は見つからずいったん保留となったようで,並ぶことかれこれ30分以上,ようやく我々の順になりましたが,代わりの便は約10時間遅れの午後11時半発,しかも到着は羽田で5月5日の午後6時,そこから午後8時半発の関空行きANAで乗り継いで,なんとか深夜に帰宅しました.

 土曜日の診療には間に合いましたが,連休明けの激混み状態は予想通りで,ヘロヘロでした.

 かつて米国に住んでいた時もそうですし,海外に行くたびに感じますが,こういった事態のとき,客に多大なる迷惑をかけたというresponsibility や,融通を効かせるというflexibility ,客に対するhospitalityとうのは,日本とは比べ物にならないほど低いと感じます.

 羽田に降り立ったとき,空港やANAのスタッフの「大変でしたね,お疲れ様でした」というような温かい言葉や笑顔に接したときは,今日のような不測の事態が起きからこそなおさら嬉しく,やはり自分は日本人なのだと思いました.
 
 日本にいると,誰しもこの素晴らしいhospitalityに慣れきってしまっていますが,良し悪しは別としてもそれほ決して世界標準なのではなく,有り難いものなのだということを再認識するべきだと思います.

 そしてもう一つ,こういった事態になったとき,何よりも頼りになるのは語学力,特に英語力であることを改めて痛感しました.もちろん,言葉が通じなくても最終的には何とかなるかもしれませんが,クレームや自分の希望をしっかり伝えるためには喋れなければ相手にされませんし,きちんと喋れれば交渉のテーブルについてくれます.

 この旅行,楽しい思い出とともに,色々な大事なことを再認識させてくれるよい機会となりました.

 さて,今度はどこへ行こうかな(笑)


医師 ブログランキングへ

. Hola!

 このゴールデンウイーク,かみさんと,スペインに5泊の旅をして来ました.

 マドリッドでは,世界三大美術館の一つと言われるプラド美術館で,エルグレコやゴヤといった絵画の巨匠の作品を堪能,巨大なマドリッド王宮では,豪華絢爛な装飾品に,かつてこの国が太陽の沈まぬ国として君臨していた頃の国力とロマンを感じました.

 初めてみた闘牛は,最近動物愛護団体から動物虐待として槍玉に挙げられているように残虐な一面もありますが,それでも独自の文化として脈々と受け継がれて欲しいと思いました.

 快適な乗り心地のスペイン版新幹線AVEで移動したバルセロナは,この国が世界に誇る天才建築家ガウディの傑作が町のあちこちに点在していますが,言わずと知れたサグラダファミリアは,完成まで数年に迫った教会本体の圧倒的な威容,外壁その他いたるところに施された精緻な宗教彫刻,荘厳な趣きを醸し出すステンドグラスの数々に,息を呑みました.

 バルセロナ郊外の山の上にある古いキリスト教の聖地,モンセラットにも出向き,多くの観光客に混じって1時間半も並んだ甲斐あって有名な黒いマリア像にもありがたく拝謁してきました.

 街のあちこちに点在するスペイン版居酒屋であるバルにも何軒か赴き,陽気なこの国の人たちの日常を垣間見ることができましたし,初めてみたフラメンコショーも,想像以上の激しい動きに度肝を抜かれました.

 そして何よりも私にとって印象的だったのは,名所旧跡だけではなく,やはりヨーロッパ特有の街づくりの姿です.

 イタリアなどと同様,市の条例で昔の建物の外観を変えることが制限されており,あらゆる施設が,古い時代の見事な彫刻や色彩の豊かな外壁をそのまま残して使い続けられているため,美しい街並みは見ごたえがあります.
 日本は木像建築が多く火災や地震で失われやすいため同じ俎上で議論するのは無理があるとはいえ,それでも人々が心豊かに暮らせるような落ち着いた街づくりや景観保存という点では見習うべきことが多いのは確かでしょう.

 街路に関してもしかりで,たとえばバルセロナ市街の目抜き通りであるグラシア(Garcia)通り 〜カタルーニャ(Catalunya)広場〜ランブラス(Ramblas)通りにかけては,景観はもちろん,市民の憩いの場所となるように工夫された作りは見事というほかありません.

高級ブティック店などが立ち並ぶ新市街のグラシア通りは,歩道の幅が三車線分くらいあろうかと思われるほど広く,行き交う車を気にせず散策できます.
 一方バルやレストラン,雑貨店,土産物屋など,庶民的な店が多い旧市街のランブラス通りは,道路の真ん中に存分な幅で設けられた遊歩道には,美しい街路樹の下にオープンカフェや屋台のような様々な店々が軒を並べており,人々の憩いの場所になっています.両端の歩道はグラシア通りほど広くありませんが,遊歩道との間にある車道は両側とも1車線,一方通行に制限されています.

 両者とも,街の目抜き通りではあるけれどもあくまで主役は歩行者,観光客であるというコンセプトを感じました.

 さらに,ランブラス通りの東に広がる旧市街は,京都のごとく計画的に碁盤目状に作られた新市街とは対照的に,昔ながらの狭い路地が複雑に入り組んでいる地域で,さながらベネチアに似ていますが,隠れた名店や小さなバルの数々が散策を楽しませますし,この地域のシンボルともいえる教会堂(Catedral)周辺の大きな広場も多くの市民の憩いの場所となっていました.この地域を散策していると,ふと自分が中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたような感じにさえなります.

 今や年間の観光客数がうなぎのぼりで昨年には二千万人を超えた日本にも諸外国にない素晴らしいものが幾多もありますが,ヨーロッパのこんな良い点も取り入れていけば,観光立国としてさらに磨きがかかるに違いありません.

プラド美術館
マドリッド:プラド美術館(クリックで拡大)

サグラダファミリア - コピー
バルセロナ:サグラダファミリア(クリックで拡大)

スペイン写真
左上:マドリッドの大通り,右上:バルセロナ旧市街,左下:バルセロナ・ランブラス通り,右下:バルセロナ・グラシア通り(クリックで拡大)

*タイトルは,スペイン語の「こんにちは!」,英語での「Hi!」です.


医師 ブログランキングへ

. 常識のウソ

 先日の午後,当院の入っている神戸芸術センタービルの6階にあるふきあい文化センター主催の健康セミナーの講師として,市民の皆さん向けに講演をさせていただく機会に恵まれました.

 通常の健康セミナーでありがちな,心臓病とか高血圧とか,病気に絞ったテーマもあまり面白みがないので,少し変わった趣向で,「医療における常識のウソ」という題名で講演をしました.

 このブログにもさんざん書いてきましたが,メディアやインターネットの驚異的な進歩により,ありとあらゆる情報が洪水のごとく氾濫している昨今,自分にとって本当に必要で有益な,そして何よりも正しい情報をその中から選択することは,極めて容易ならざる事態になっています.
 特に医療情報は,自身や家族の健康にかかわることだけにより深刻です.

 講演では,私の長年の医師生活で培ってきた経験をもとに,巷にあふれる医療に関する情報とどう対峙していくかということをテーマに,「医療の常識」とされていることの中には実は「ウソ」の情報があまりにも多いという意味で,このようなタイトルにして,市民の皆さんへの啓蒙の意味も込めて,面白おかしく(けっこう笑い声も聞こえたので,まあまあウケたと思うのですが(笑)),講演いたしました.
 内容としては,「風邪の常識のウソ:風邪には抗生物質は効かないし特効薬もない」,「腫瘍マーカーのウソ:腫瘍マーカーは癌の早期発見には役立たない」,「ヒアルロン酸のウソ:ヒアルロン酸やグルコサミンをいくら飲んでも,吸収されるときに分解されてしまうので,いくら飲んでも膝がよくなるはずはない」,「サプリメントのウソ:サプリは安全で副作用のないというのはウソ」など,18項目ほど,目からウロコとなるような?話をいたしました.

 当院の患者さんたちも駆けつけて下さり,評判はおおむね良好でしたが,中には「難しかった」とか「少し早口すぎた」などという助言も下さった方もおられ,今後の反省点となりました.

 このような貴重な機会を設けて下さったふきあい文化センターのUさんはじめスタッフの方々,参加してくださった方々にこの場を借りて御礼申し上げます.


医師 ブログランキングへ

. 一期一会

 今年も美しい桜の季節が終わって,もうすぐゴールデンウイーク,気候もよく過ごしやしい日々が続いています.

 この季節,当院の患者さんたちの中にも,卒業,就職,転居と,節目を迎える方々が多々おられます.
福岡から単身赴任で神戸に来られて,クリニックのオープンの頃から通院されていた,私と同世代のKさん,定年を迎えて今春ご家族の元に帰られることになりました.単身なので健康維持には尚のこと気をつけられていたようで,少しでもお役に立てたならば幸いですし,人生の後半,奥様始めご家族と久しぶりの生活を楽しまれれば,と我が事のように思います.

 もともと東京は中野のご出身で,ご主人さんと神戸に来られていた,チャキチャキの東京弁を話される年配のNさん,この方もクリニックのオープン以来,高血圧や喘息など持病の治療のため,当院を贔屓にしてくださっていましたが,このたび中野に戻られることになりました.
 彼女には,仙台時代に共に働いていた優秀な循環器内科医のH先生の現在の勤務先がご自宅に近かったので,紹介させていただきました.東京でも,ご主人さんと,仲良く余生を楽しまれればと思います.

 そして,逆に今春から神戸に赴任されたり転居されてきた方々も多数おられます.
医療機関のひしめくこの地域で,わざわざ当院を選んでくださったことに心から感謝し,このご縁を大切にし,彼らの健康維持,そして時には人生相談(笑)に少しでもお役に立てればと思います.

 医師というのは一生の間に数え切れないほどの患者さんと出会います.
 風邪や怪我で一度来られただけの方,私のオペにより元気になられた方,一生懸命に治療をしたけれども残念な結果になってしまった方,私をかかりつけ医師として信頼してくださっている方,慢性疾患で何年も通院されている方,等々,形は様々ですが,どの出会いも一期一会と思い,大切にしていきたいと思います.


医師 ブログランキングへ

. 人生の選択

 先日の土曜日,母校である岐阜大学医学部の,毎年恒例の関西同期会が行われました.今年も西宮の某病院で内科医として活躍しているA先生の音頭のもと,私を含めて関西在住の同期7人ほどが集まり,尼崎にあるてっちり料理の店で,楽しいひとときを過ごしました.
 月日の経つのは早く我々も既に卒後35年,普通のサラリーマンであればもう定年間近ですが,皆元気に医療の第一線で活躍しており,大変刺激を受けました.

 思えば私が,それまで縁もゆかりもなかった岐阜の地に6年間も住むことになったのは,全くの運命のいたずらでした.

 当時の国立大学の入試は,大学によって試験の時期が一期校(前期),二期校(後期)に分かれていました.
一期校には,東大,京大,阪大といった旧帝国大学系の大学が軒を並べ,後期には,主に岐阜大学,信州大学,愛媛大学といった地方大学が含まれていました.
 今となっては言い訳にしかなりませんが,当時私が受けた地元の一期校の医学部は,高校の合格判定でもAに○が2つもつくくらいで,落ちるはずはないと思っていました.岐阜大学には申し訳ないのですが,とりあえず関西に近い二期校として滑り止めに志願しただけで,どんな大学かも知らず行く気などさらさらありませんでした.

 しかしここが人生の面白いところ,一点のミスが命取りになる狭き門,よもやの些細なミスで見事にふられてしまい,二期校であった岐阜大学医学部の入試を受ける運びになったのです.
 初めて訪れた岐阜の地,ホテルでは他の受験生たち3人と相部屋でしたが,うち2人は二浪,三浪とまさに強者ぞろいで,ベテランのオーラに圧倒されそうでした.
 京大や東大を落ちたような受験生も多い上,競争率は23倍というとんでもない高さで偏差値もむしろ一期校より高く(ちなみに今年は100倍だそうです!),とても受かる自信などあろうはずもなく,既に浪人 覚悟でした.

 ところがここがまた人生の面白いところで,火事場の馬鹿力とでも言いましょうか,合格してしまったのです.
すでに予備校の入学試験にも合格し,一浪してリベンジするつもりでいましたが,同じ医師になるならどこの大学でも同じであるし一年でも早く医師になりたいと考え直し,岐阜の地で大学生活を送ることを決心したのです.

 その後の生活は今までブログで書いてきたとおりです.中京圏の学生が多いのはもちろんですが,それでも当時は関西を中心に全国から集まってきた色々な仲間に刺激を受けて,楽しく充実した学生生活でした.
 もしも一期校に合格していたら,高校の続きのような感じで相変わらず親元から規則正しく通学していたでしょうから,岐阜へ行くことは早く独立しなさいという神様からのメッセージだったのでしょうし,私にとって人生最初の大きな決断ではありましたが,今となっては本当によかったと思います.

 その後も,卒後7年で米国に留学して世界中の人たちと出会ったこと,帰国後は前の医局に嫌味を言われながらも思い切って東京女子医大に移籍し最先端の心臓血管外科の世界に浸ったこと,そして50歳を前に意を決して開業したことと,すべて背水の陣で決断選択し,大変な苦労も重ねましたが,全ての経験,全ての出会いが,私の血となり肉となっていると感じます.

 もちろんこれらの選択が自分の人生にとって最善だったかどうかなど,パラレルワールドのようにもう一人の自分がいるわけではありませんから今となっては分かりません.
 けれども,私はその都度自分が正しいと思った選択を思い切ってできた,そして一度選択したからには死に物狂いで頑張れた,という意味においては,間違っていなかったと思います.

 そして何よりも,こうした「我儘な」選択を辛抱強く?支えてくれた父母や弟,かみさん,娘たち,その他数え切れないほど多くの人々に,今となっては心から感謝するばかりです.

 多くの人たちがかつての私のように新しい船出を迎えるこのシーズン,今後どんな人生が待っているかはわからないでしょうし,重大な選択を迫られる機会も多々あるに違いありません.
 でも,先のわからない人生ではあっても,一日一日を大切に,懸命に生きること,これが悔いなき人生を送れたと後になって思えるキーワードであることは間違いありません.


医師 ブログランキングへ

. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
ご意見下さい.

. 月別アーカイブ
. カテゴリー
. ブログ内検索
. ブロとも申請フォーム
. QRコード
QRコード