ウランバートル場所でもやれば?

 先日終わった大相撲五月場所では,千秋楽に大関日馬富士が横綱白鵬を破って初優勝しましたが,力の入った大一番に,客席からは大歓声があがっていました.

 それにしても最近の大相撲はここ数年どんどん外国人力士が増え,幕内力士42人のうち14人,小結以上の3役力士に限ると11人のうちなんと6人を占めています.今場所でも最後まで優勝争いに絡んだのは朝青竜,白鵬,日馬富士の3人のモンゴル出身力士で,日本人力士は全く蚊帳の外でした.このままだとモンゴル人を始めとする外国人力士がどんどん増えて,そのうち日本国内だけで本場所をやる理由もなくなり,いっそモンゴルの首都ウランバートル場所なんていうのが,冗談ではなく本当に開催されるようになるかもしれないなどとさえ思います.

 他のスポーツもそうですが,相撲は特に厳しい縦社会で,強くなるには地道な稽古と忍耐しかありません.それでもそれが日本人が古来有していた精神性にマッチしていたからこそ長きにわたり国技として続いてきたのでしょう.

 しかし昨今の日本社会と,特に若い世代の日本人にはこういった世界はもう受け入れられないのかも知れません.日本人にとって忍耐とか我慢といった言葉は死語になった感もあるような気がします.

 最近増加している,定職に就かず仕事を転々とする若い人たちが,「自分に合った仕事を探すため」とか,「今の会社では雑事ばかりさせられて自分の能力を発揮できない」などと言うのをしばしば聞きます.しかし仕事というのは本来大変なもの,すべてが楽しいとは限らないものであり,まず自分が組織のため,社会のために一生懸命働く,その過程を経て初めて他人に認めてもらえるというのが筋でしょう.そもそも雑用さえきちんとこなすこともできない人間が,どうして大事を成すことができるでしょうか?

 そしてさらに悪いことに少し怒られただけですぐにすねたり,辞めたりする,これはまさに甘えの構造そのものです.私が以前いた病院でも,少し厳しく指導すると挨拶もなしに次の日から来なくなった研修医がいました.こんな人間はその時点で医師としての資質はないと言ってよく,医師免許を剥奪されてもよいぐらいだと思います.
 鳥取県には最近まで学級委員の制度がなかったとのことですが,その理由が「選ばれなかった児童がかわいそうだから」という某人権団体のとんでもない主張を取り入れたというから驚きです.運動会のかけっこでびりになる子がかわいそうだから,最後に全員が手をつないでゴールするようにしているバカな(と敢えて言わせてもらいますが…)学校もあるかと思えば,親も親で,学芸会でなぜ自分の子供が主役でないのかと文句を言ったり,教師に少し怒られただけで暴力教師だと訴えたり,節操も何もあったものではありません.

 人間は本来能力には個人差があるもの,人生には逆境がつきもの,しかしそういったことを身を以て知り,それを努力や根性で乗り越えていく過程にこそ成長があり,その中で弱者に対する優しさや思いやりの精神も育まれていくわけです.

 にもかかわらず社会も親もこんなていたらくであるが故に,育った子供は些細なことさえ我慢のできない人間,ちょっとしたことで切れてしまう人間,挙句の果てには殺人さえ起こしてしまうような人間に育つのではないでしょうか.
 大げさと言われるかもしれませんが,私は大相撲の最近の番付は,日本人の暗澹たる未来を占っているのではないかとさえ思えてしまうのです.

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この記事に対するコメント

Re: No title


読んでいただきありがとうございます.また読んでくださいね.

【2013/09/15 22:53】URL | Dr.Ohkado #-[ 編集]

No title


とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

【2013/09/15 12:19】URL | 職務経歴書の事務 #-[ 編集]

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