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信頼の絆
医者の七つ道具のひとつといえばまず聴診器でしょう.何科の医師であっても,聴診器を使ったことのない医者はいないと思います.
かつて東京のある個人病院に勤務していた時はまさに眼が回るほど忙しく,外来患者も午前中だけで100人近くもいました.そのものすごい数をこなすために診察もまさにオートメーションさながらで,診察室の前室に呼ばれた患者さんは男女ともまず上半身をめくってペロッと胸を出し,看護師さんがそのままの状態で私の前に座らせる,そして話しをする間もなくすぐに聴診器を当てるという具合で,個人的には疑問を持っていましたが,限られた時間にこれだけの人数をこなさなければならないので仕方ありませんでした.ところが院長の外来患者は150人とさらに多く,今だからいえますが聴診器の当て方もおそらくたった5秒ほど,「診察」のスピードは私の外来どころではありませんでした.それでもその病院は個人病院としては東日本随一といわれるほど患者数が多く,地元の人たちに不思議なぐらい信頼されていました.
聴診器というのはただ体内の音を聞く医療器具としての役割だけではなく,医師と患者のスキンシップを深める重要な役割をしていると言わざるを得ません.私は循環器の専門なので診察に聴診器を必要とすることは他科の医師よりずっと多いとは思いますが,批判を恐れずに言ってしまえば,聴診器を当てることによって得られる情報など限られています.今や超音波やCT,MRIといった高度な医療機器が発達し,聴診器無用論まであるほどです.しかし機械では病気は発見できても病人の心を癒すことは出来ません.極端なことを言えば,聴診器を当てることはある意味で儀式であってもいいのです.患者さんに聴診器を心をこめて当てて心臓の鼓動や息使いを聞く,それが彼らの安心感と医師に対する信頼感を生む,こういった過程こそが医の原点なのだと思います.「手当て」ということばの語源は,人は痛いところに自然に手を当てるということから来ているそうです.つまり人は当ててもらった手を通して暖かい「気」が送られることによって癒されるわけです.聴診器も実は患者さんの情報を知るためだけではなく,管を通して「心」を通わせあい,こちらの「気」を送る手立てとしての役割を果たしているとはいえないでしょうか?
ただひとつ日常困ることは,弁膜症の疑いなどで「儀式」ではなく本当に聴診をきちんと行いたい場合,若い女性などがほとんどの場合きちんと胸を見せてくれないことです.私があまりにイケメンなので恥ずかしがっているのか?
それともエロ医者だと思われているのか?
はたまた…???別に変な目的があるわけではないのですが,少なくともブラジャーを少しでも挙げてくれると助かります.例えば僧帽弁という弁の病気は,左の乳首の斜め左下あたりの心尖部と呼ばれる部分で雑音が聞こえますが,この部位は特にブラジャーの硬いワイヤー部分に隠れてしまいます.テレビで某医師が,今では下着を全くはずさなくても聴診が出来るなどと豪語していたそうですが,その医師はとてつもない聴力の持ち主か,ニセ医者かのどちらかでしょう.中には聴診にかこつけて医師にセクハラまがいのことをされたという残念な事件もあったとも聞き及びますが
,大半の医者は貴女のおっぱいをどうこうしようなどとは思っていない,真面目に病気を診断しようとしているのですよと申し上げるしかありません
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