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まぼろしの大発明
先日,京大の山中伸弥教授がIPS細胞の研究で今年のノーベル医学生理学賞を獲得したことは,政治も経済も八方ふさがりの我が国にとって,久しぶりに明るいニュースとなりました.
もともと整形外科医をめざしていた山中教授は,あまりにも手術のセンスがないことを自覚し,臨床医の道をあきらめて基礎医学の道に転向,留学先の米国で行った研究が今日の成功の礎となったとのことです.
山中先生などと比較するべくもありませんが,私も20年以上も前の2年間,臨床を全く離れて米国ピッツバーグ大学で基礎研究を行う機会に恵まれました.
私に与えられた研究テーマは,心臓移植に使用する新しい保存液の開発でした.
心臓の手術では心臓を一時的に止めて手術を行いますが,その間心臓自体には酸素が流れないため(虚血といいます),そのままでは心臓は壊死してしまいます.そのため停止している心臓を保護する手段が必要で,今から20~30年くらい前は,その方法(心筋保護)の開発に心血が注がれました.
心臓手術の驚異的な発展は,心筋保護の発達のおかげといっても過言ではありません.
また心臓移植では,通常の心臓手術と同様,摘出したドナー(提供者)の心臓をレシピエント(移植を受ける人)に移植するまで長時間の虚血にさらされるため,さらに確実に保護しなければなりません.
そのため心臓を特殊な保存液に入れて可能な限り良好な状態に保つわけですが.当時の技術ではその時間は5-6時間が限界でした.
私がいた研究チームでは,ヒスチジンというアミノ酸に注目,ボスの逆転の発想とも言うべきアイデアで,虚血中に心筋細胞が必要とするエネルギーを積極的に産生することによって,保存状態が格段に改善することを発見しました.
それらを最初はウサギの心臓,次にイヌやサルの心臓を用いて様々な観点から検証,なんと24時間の保存でさえ可能であることを証明したのです.このことは、例えばアメリカで摘出した心臓を日本まで運んで移植することも可能になることを意味し、移植のために多額の費用を投じて海外に滞在する必要もなくなるわけです。
これは大変な快挙で,米国の一流雑誌に掲載され,地元のテレビ局も取材に訪れ,われわれの開発した保存液,UP solution(ピッツバーグ大学保存液)は,米国での特許も獲得しました.
残念ながら私は2年の研究期間が終わって帰国となりましたが,ボスはこの保存液を臨床応用するため,米国の製薬会社に売り込みました.
また,私より少し後にピッツバーグに留学してきた弘前大学のT先生が帰国後,通常の心臓手術にではあるものの,この液を使用して非常に良好な保存状態が得られることを証明してくれました.
しかし…,残念ながら,夢は夢のままで終わりました.開発した保存液に含まれていたある物質の濃度がFDA(アメリカ食品医薬品局)の基準にひっかかり,そのままでは商品化は困難であるとのことでした.
もちろんこの物質の濃度を変えた新しい保存液を作成して再度検証することも可能でしたが,帰国して臨床医としての仕事に明け暮れる私にそんな余裕はなく,ボスも他大学に招聘されてピッツバーグを離れ,開発に携わったチームは自然消滅となりました.
また,通常の保存液でも5時間程度の保存であれば問題ないため,実際にはそれほど長時間の保存を必要とするケースも少なく,90年代後半には心筋保護の研究自体がピークを過ぎてしまいました.
もしもこの液が商品化されていたら,私は大変な大金持ちになっていたかもしれませんが,人生そうは甘くはありません,見果てぬ夢となりました(笑)
それでも,恵まれた環境の中で一つの研究に没頭することと,そこから成果を出していくことの大変さと楽しさを知ることができたこの2年間は,その後の私の人生をとてつもなく豊かにしてくれたことだけは間違いありません.
今,日本では理科系離れや海外留学希望者の減少などで,科学技術立国としての地位が危うくなっていると聞き及びます.
先行き不安なこのご時世,若い人が内向き志向,安定志向に走るのももっともです.
それでもやり直しのきく若いうちだからこそ,損得勘定や将来のことなど考えず,自分のやりたい研究や勉強にいそしむ期間をぜひ持ってほしいと思いますし,それこそが必ずや人生の糧となり,決して大げさではなく,日本の未来を支えていくのだと思います.
また,国はややもするとすぐに結果のでない研究の予算を削りたがりますが,そういっ近視眼的な考えこそが我が国の将来を危うくすることは間違いありません.
もともと日本人は諸外国でも高く評価されているほど非常に勤勉で真面目な民族で,環境さえ整えばどんどん素晴らしい研究成果を出せる潜在能力があり,現に自然科学のノーベル賞の受賞者数は今世紀に入って米国に続き世界第2位,アジアではもちろんダントツトップであることがそれを物語っていると思うからです.
来年以降も,日本人がどんどんノーベル賞をとって,低迷している我が国の復活への起爆剤となってほしいと思います.
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