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2010/11/18

信ずる者は救われる

 クリニック開院と同時に始めたこのブログも,とうとう100回を迎えました.私はもともと文章を書くことが嫌いではありませんが,我ながらよく続いたものだと思います.患者さんやその御家族だけでなく,他にも多くの愛読者?がおられるようで,折に触れていただく励ましや賞賛の声は,書き続けるための大きな原動力となっています.

 さて,私がまだ一般外科医としてある病院で働いていたころ,ある乳がんの患者さんを受け持ちました.50歳代くらいだったでしょうか,個室に入院していたその患者さんは,すでにかなりの進行がんで,左の乳房にできたガンはすでに皮膚を突き破り,カリフラワーのような形の醜い姿をさらけ出していました.この患者さんを救うには,乳房の全摘手術と化学療法以外にないのは誰の目にも明らかでした.しかし彼女は私たちが提案したあらゆる治療を拒みました.ただ不思議なことにその患者さんの病室には,いつもご家族とは無関係の女性が一人いて,彼女に向かって何かのしぐさをしているのです.よくみるとその女性は,癌に侵された乳房に手をひたすらかざしているではありませんか.
 実は患者さんとその女性は崇高真光という宗教の信者で,女性が行っていたのは,体内の「毒素」を手かざしを行うことによって外に出して病気を治すという「真光のわざ」であると聞かされました.

 その患者さんはその「治療」の甲斐もなく,その後まもなく永眠されたのはいうまでもありません.当時まだ若かった私は,彼女がきちんとした治療(我々の考える「治療」ですが)を受けずに,助かるかもしれない命を落としてしまったことを素直に受け止めることはできませんでした.
 しかし今になって考えると,「真光のわざ」の是非はともかくとして,宗教心に基づく堅い信念を持っていた彼女は自分がベストだと思う方法で病気と向き合った,そして結果がどうであれ,それはそれで幸せだったのだろうと思うのです.

 手術に限ったことではありません,患者さんの中には,医師が処方する薬よりも,市販の薬やサプリメントの効果を強く信奉していたり,薬や治療に自分独自のこだわりを持っている患者さんも多数いるのも確かです.

 高血圧と狭心症で通院しているKさん,時々狭心症様の痛みが来るのでニトロを処方しようとするのですが,彼女いわく,これには「救心」が一番効くと言って譲らないのです.しかし実際それで症状がおさまるとのこと,最近は「救心」の効果に私も脱帽しています.

 骨粗そう症や腰痛で通院しているMさんは,こだわりのシップがあります.「先生,○○ミツのシップは全然あかんわ,あんなもんよう作るわ,全然ダメやわ」とけんもほろろです.実は彼女が以前通っていたある医院ではそのシップを出されていたそうで,当院に移ってきた理由のひとつがこのシップの一件とのこと,こちらも彼女には間違っても○○ミツのシップは出せません(笑)

 まあこんな例は枚挙にいとまがありません.でも最近私は,それはそれでいい,命にかかわるようなことでなければ,そう目くじらを立てることもないのではないかと思うようになりました.
 乳がんで亡くなった患者さんも,本人が幸せな人生を全うできたと思えれば,周りがとやかくいう権利はありませんし,救心のKさんも,○○ミツのMさんも,それでいいのです.

 ちまたにあふれる健康食品,サプリメントの類も,少しでも医学をかじったものならば,その効果たるや疑問符のつくようなものも,怪しげなものも多々あります.でも人間の悲しい性で,テレビや雑誌できらびやかに宣伝されると,それが本当に効くかどうかわからなくても,まさにこれぞ救世主とばかりに買いたくなる.
 そしてそれがたまたま(というと叱られますが)すごく効けばその製品の絶大なる信奉者になるわけです.
 
 薬の効果を調べるために,多くの患者さんを集めて臨床試験をすることがあります.患者さんたちを2つのグループに分け,一方のグループには本当の薬を,他方のグループにはプラセボ(偽薬,効果の全くないもの)を本人には判らないように与えてその効果を比較します.本当の薬を投与された患者さんたちにその効果が表れるのは当然ですが,それならばプラセボを投与された患者さんたちには全く効果がないのかといえば,実はそうではないことが多いのです.たとえば血圧の薬のプラセボでも少しは血圧が下がるのです.
 この不思議な「プラセボ効果」は,「効果がある」と信じる心がいかに大事か,そして生身の人間を扱う医学というものは,他の自然科学とはいかに異なるか,ということを如実に示していると言えるでしょう.

 結局,「信ずる者は救われる」,その善し悪しはさておき,病気に立ち向かう一番の妙薬は,実はこんな単純なことなのかもしれません.

 追伸
  エッセイという形で書き進めてきたこのブログ,今後も200回,300回をめざして続けていきたく思います.
 今後とも叱咤激励のほど,どうぞよろしくお願い申し上げます.
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