Dr.OHKADO's Blog

. 心を持った生き物

 はやいもので10月も半ばです.クリニックでは15日からインフルエンザの予防接種を開始しましたが,さっそく何人かの患者さんが接種を受けられました.これから年末にかけては忙しくなりそうです.

 さて先日,情報処理学会が作ったコンピューター将棋システムが,ついに清水女流王将を下したとのことです.日進月歩で進化するコンピューターが数年前ついにチェスの王者に勝利し,より複雑な将棋でも人間に勝つのは時間の問題といわれていましたが,まさに現実となった瞬間でした.

 一方,今年5月には,現役最年長のプロ棋士,有吉道夫9段が,74歳でついに現役を引退したそうです.世代交代のうねりは大きく,数年前には引退の危機に追い込まれましたが,勝負への執念を持ち続け,逆に自分の孫のような若い棋士たちに教えを乞い,その後も現役をしばらく続けたとのことです.

 私はこの2つのニュースを見た時,何かとても考えさせられるものがありました.

 将棋は,いかに多くの手をいかに先まで読むかの勝負です.駒の動きが複雑な将棋の局面の数はほぼ無限といわれますが,昨今のコンピューターの進歩は驚異的で,人間がいくら努力しても,その能力を超える日が来たのもなんら不思議ではないでしょう.
 いっそのこと,いろいろなスポーツ,たとえば短距離も水泳もサッカーも全部それ専用のロボットを作ってはどうか?昨今のロボット技術の進歩を持ってすれば,人間より早く走ったり,泳いだり,ボールを遠くに正確に蹴ったりするロボットが現れるのもそう遠い未来のことではないでしょう.きっと人間など勝負にならない日がくるに違いありません.
 
 でもコンピューターやロボットが行う勝負を見て,その性能に驚愕することはあっても,おそらくそれ以上の感銘を受けることはないでしょう,それは機械には所詮「血が通っていない」からです.

 私たちが将棋や囲碁のプロの対局や,一流のスポーツ選手の試合に感銘を受けるのは,彼等が,「血の通った人間」だからです.
 人間は勝負や試合に臨むために血のにじむような努力をし,様々な葛藤や不安と闘う.磨き上げた技術のみならず,心や精神の状態がその勝敗に大きく影響する.それでも勝負は時の運,勝つこともあれば負けることもある.
 見ている我々は,勝負に臨む人間のそんな側面にも思いを巡らせるからこそ,大きな感銘を受けるのです.有吉9段の人生が人の心を打つのも同じことです.

 さて,昨今の医療の進歩も例外ではなく,次から次へと新しい診断機器や治療技術が出現し,我々現役の医師でもその進歩について行くのは大変です.
 たとえば私が医師になった頃に普及し始めたCTスキャンは,解像度もそれほど十分ではありませんでした.しかし今やCTは精緻な3次元画像を得られるまで進化,さらにはMRI, PETと画像診断の進歩は信じられないほどで,その他多くの診断技術の進歩も周知のとおりです.

 医師は本来,自分の知識と経験と,聴診器に代表されるように五感を総動員して,それこそ将棋の駒を動かすようにして病気の診断に至るのですが,皮肉なことにこれら診断機器の驚異的進歩は,こういった過程を無用なものとさえしている感があります.

 若い医師たちも,地味な聴診の技術よりも,はるかに多くの情報を得られる心臓エコー検査の技術の習得に余念がないと,研修医の指導をしている友人が嘆いていました.確かにそれはある意味仕方のないことなのかもしれません.

 ならばいっそのこと,あらゆる病気を診断,治療できるロボットを開発し,病院に受診したら,自動車を車検にだすように,そのロボットその他の高度な医療機器に全てまかせたらどうか?
 実際今の医療技術の進歩をみていると,近い将来そんなことが可能になるかもしれません.人件費も浮くし,医療ミスもきっと激減すること請け合いです.
 
 でも,おそらくそんなことは誰も望まないでしょう.それは,たとえ医学がどんなに進歩しても,私たちは自動車や電化製品のような機械ではない,心を持った人間だからです.
 一昔前には不治の病といわれていたような多くの病気も治るようになったのは素晴らしいことです.でもやはり人間はやはり心を持った人間に診てほしい.丁寧に診察をしてもらい,丁寧に聴診器をあてて,心の通った診察をしてほしい… 社会が殺伐として心の通った人間関係が希薄になってしまった今だからこそ,病人という弱者になった人々は,なおいっそうの心の癒しを求めているのでしょう.

 医療が進歩すればするほど,実は誰もがそういったごく当たり前のことを望んでいる,そして我々医療従事者もそれを肝に銘じる必要があると思います.

 
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Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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