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医療と「間合い」

2010年07月11日 21:00

 神戸は梅雨の真っ盛り,毎日うっとうしい天気が続いています. 

 今日の合気道の稽古では,師匠がときどき指導に出向いているロシア支部の先生と中学生たちが夏休みを利用して遠路はるばる来日して参加し,国際色豊かでした.私もそのうちのひとりと稽古をしましたが,青い目をした長身の彼はまだ合気道を始めてそれほど経っていないと思われるのに非常に上手く,感心させられました.稽古の終わりに彼等が道場の入口にきちんと並んで正座をし,深々と丁寧な辞儀をして退出していったのを見た時,ほほえましさと,そしてまた武道の素晴らしさを感じました.
  
 さて合気道のような武道をやっていると,いつも「間合い(まあい)」ということを意識します.
 相手の攻撃を交わしつつこちらの技を繰り出す武道では,お互いが自分の身を守るために必要な最低限の距離,すなわち間合いをいかにうまく保つかということが重要で,間合いの取り方ひとつで勝負の半分が決まってしまうといっても過言ではありません.
 合気道では,例えば相手がこちらの胸を突いてきたときに瞬時に身体をさばいて相手を投げます.腕力ではなく一瞬のタイミングで技をかけるので,もし間合いを誤ると,逆に相手の拳が自分に当たってしまいます.
 このことは,剣道,空手など他の武道でも同様です.

 実はこの「間合い」は,人間同士のコミュニケーションにも当てはまるようです.たとえば見知らぬ人間同士がお互いそれ以上近づくとお互い不安や危険を感じるような最低限の距離,それが間合いです.満員電車やエレベーターですし詰めになってポマードべったりのおっさんと密にくっつかざるを得なくなった時などは,完全に間合いの中でしょう.
 しかし,お互いに相手を歓迎,信頼している,安全だということが判れば,快く間合いを詰められるというわけです.たとえば西洋人が握手を求めるのは,自分の間合いに相手を招き入れてもよいというサインであるとのことです.

 さて,私は医師と患者さんとの関係も,これに似ていると思います. 
 つまり医師が患者さんによい医療を施し,また患者さんが最良の医療を受けるためには,患者さんが医師に対して安心して身をゆだね,話を聞いてもらえ,診察を受けることができるという状況が必要なのはいうまでもありません.しかし両者の間に信頼関係ができていない,つまりお互いの「間合い」に入れないうちは,それは困難でしょう.患者さんとの間合いをいかに詰められるか,これこそがある意味医師の腕の見せ所といってもいいかもれまん.つまり単に医師免許を持っているというだけでは,本当の意味では患者さんとの間合いには入れないとも言えます.

 ネット社会といわれる昨今は,人間同士の生身の付き合いがまともにできない人間,つまり他人との間にうまく間合いを取るということができないが増えていますが,これは医師も例外ではありません.
 たとえばガンの告知については,最近の流れとしては患者さんの知る権利を尊重するという観点から,原則としてすべて宣告するというのが通例になりました.しかし,相手は生身の人間であり,しかも個人々々異なることを考えれば,実際の臨床ではなんでもかんでもストレートに宣告していいわけではないのは当然です.まず何よりも両者の間に良好な関係を築き,宣告後起こりうる事態に対して相当な覚悟を持ってから初めて宣告する,つまり間合いを詰めるべきです.そういった手続きを省いてしまうから,時には悲惨な結末になってしまうのだと思います.

 私は,そういう意味では武道というのは礼儀作法はもちろん,他人との人間関係をうまく築く能力を獲得するために,素晴らしい手段だと思います.古来から日本人が礼儀作法に優れ謙虚さや忍耐強さを兼ね備えた素晴らしい民族だと賞賛されてきたのは,この国に武道のみならず華道,茶道といった「道」とつくものがたくさん根付いてきたことと無関係であるとは思えません.

 明日からの診療でも,いかに患者さんとの間合いをうまく詰められるかどうかに腐心したいと思います.
 
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