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Dr.OHKADO's Blog

. 医療とはファジーなもの

 ひところファジーという言葉が流行ったことがあります.英語で「曖昧」といった意味があり,動きの画一的な洗濯機などの電化製品にファジーな動きを取り入れて性能を良くするといった試みがなされたました.
 人間の身体はその全ての構造や機能が遺伝子によりきわめて精緻にコントロールされていることはよく知られたところです.遺伝子の世界はつい最近までは人間の入り込むことのできない聖域でしたが,近年のバイオテクノロジーの発展によりついにそのほとんどが解明されてしまいました.遺伝子は4種類の塩基対の数え切れないほどの繰り返しからなり,その配列が少しでも狂うとある特定の病気を発症する可能性が高くなることもわかってきました.つまり病気の診断や治療も細胞レベル,遺伝子レベルで可能な時代となりつつあり,クローン人間などわれわれが子供時代にテレビや漫画でみた物騒なものさえ現実味を帯びてきています.いってみれば遺伝子はコンピューターの中央演算装置のようなものであり,少しでもその機能が狂えば大きな障害を生じるというわけです.こういった意味で人間とは,生物とはいかに精密に,精巧にできているか,と感心してしまいます.
 
 しかし,われわれ臨床医が日常おこなっている医療はきわめてファジーだと感じます.たとえば,ある病気に対して薬を投与する場合がいい例でしょう.こんなことをいうと非難されるかもしれませんが,投与する薬の量や,それどころか時にはその種類さえも,状況によってはかなり試行錯誤的,悪くいえば“適当”です.
 
 もちろんミクロのレベルでは,薬剤の分子が細胞や遺伝子のどの部位にどのように働いているのかといった,製薬会社や大学などの研究に基づいて決められる推奨された適切な種類や量があることはあります.しかしだからといって,たとえば息苦しいとか胸が痛いなどといった症状や,白血球数が増えたといった検査結果などマクロのレベルだけでは,その薬がその患者さん個人の症状にぴったり合うのか,それどころか絶対に効くのかどうかさえ誰もわかりません.率直に言えばそれは確率の問題であり,薬がたまたま(というとお叱りを受けるかもしれませんが)合って症状が軽くなれば名医といわれ,その反対ならば藪医者といわれるわけです.
 
 きわめて精巧な細胞や遺伝子のことを考えると,きわめて適切で,きわめて正確な量の薬をきわめて慎重に投与すれば病気はきっちり治るのではないか,逆にそうしなければ大変なことになるのではないか,と考えてしまいそうです.しかし日常の医療でその人の遺伝子や細胞のことをいちいち考えて薬を処方することなど,少なくとも今はできません.病気の症状の現れ方から薬の効果まで個人々々によって顔や指紋と同じくらいに千差万別ではありますが,実際に治療を行うときはもっとアバウトであって,そこまで細かい心遣いは不可能,そして不要というわけです.つまり,はっきり言って臨床医療とはそんなものと言ってしまえばそんなものなのです.
 
 けれども人間の身体は別の意味でうまくできていて,きわめて精巧にできている反面,きわめていい加減なところもあるのが救いです.ミクロではきわめて精巧ではあっても,マクロでは外からのさまざまな影響に対しとても寛容であるようにできているといってもよいでしょう.たとえば大量の出血で血圧が下がりショックになると,手足が蒼白になり冷たくなるので皆が慌てふためきます.けれどもそれは,脳など重要な臓器への血流が不足しないように他の血管が収縮して血液をそちらへ押しやろうとしている身体の防御反応なのです.
 
 薬の量にしても,あまりにも大量であったり少量であったりする場合はともかくとして,たいていは身体のほうが吸収力を調節して適切な効果が現れるようになっています.だから,たとえば高血圧の患者さんに血圧を下げる薬を与えるとき,その薬の効果についてある程度判っていれば,血圧が下がりすぎて命に関わることにならないだろうか?などと余計な心配をしなくてもすむわけです.これは,少なくともおおむね健康な人は食事をするときにいちいちカロリーや塩分や栄養素の量をそれほど細かく計算しながら食べる必要はなく,身体が勝手に必要な分だけ吸収してくれるのと同じです.つまり人体とはファジーさを許容するという点でも極めて精巧にできているとでもいったところでしょうか.
 
 それに対して驚異的な進歩を続けるコンピューターなどはどうでしょう?実は,これなどはファジーという面からいうとこれほど融通の利かないものもないかもしれません.それこそ遺伝子と同じで,プログラミングの段階でももちろんのこと,コンピューターの内部構造など全然知らないわれわれのようなユーザーがキーボードを叩くときでも,入力ミスが一箇所あっただけでまったく違う結果になったりします.自分が打ち間違っているのにそれを棚に上げて,あほかこいつは,融通が利かんやつやなあ,などと怒ってしまうこともありますが,悲しいかな,それこそファジーな人間の性なのかもしれません.でも私個人としては,こんな人間のファジーさこそが人間らしさの原点なのかもしれないと思います.
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Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です.
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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