「もう治った!」

 先日の早朝,まだ夢の中にいた私は,突然の電話で起こされました.
 「先生,朝早くすみません!母がなんかすごく吐きそうだって言ってるんです.救急車で病院行った方がいいですか!?」
狼狽した口調から,娘さんの慌てた様子が目に見えるようでした.

 ところが,電話口の向こうから「もう治った」という,シャキッとしたいつもの甲高い声が‥‥
私は目が点になってしまい,娘さんも決まり悪そうにしておられましたが,取り敢えず状況を具にお聞きし,救急車を呼ぶような事態では全くなさそうなので様子を見ましょうとお話しして電話を切りました.

 クリニックの近くに住んでおられるこの女性はすでに98歳という超高齢ですが,少し血圧が高いことを除けば大変お元気で,大病も患ったことがありません.たださすがに最近は足腰が弱ってきている上,軽い認知症も出てきているようなので,私が月1回ほど訪問診療し,訪問看護師さんも毎週のように訪ねて入浴介助などをしてくれています.

 仕事で米国に何十年も住んだあと数年前に帰国してこの患者さんと二人暮らしの娘さんは,日頃から,今はまだ元気とはいえ余命幾ばくもないであろう母には無駄な医療や延命措置は受けさせたくない,ここまで生きたのだから自然に任せたい,と口癖のようにおっしゃっています.

 けれども,この日の様にいざ予想外のことが起こってしまうと,このような慌てぶりになってしまわれたのです.

 数日後に訪問した時はいつも通りお元気でしたが,さすがに最近は食が細って体重も落ちており,このままでは衰弱していくことは目に見えていました.

 ただ,問題は今後です.

 自然に任せる,治療は一切しないのはいいが,では痛みや熱が出た時にはどう対処するのか?食べ物を誤嚥して肺炎になった時の抗生物質は?痰が引っかかって苦しんでいる時の吸引は?褥瘡(床ずれ)が出来た時の処置は?そして何より娘さんひとりで介護できるか?訪問看護の回数は増やすのか?等々,娘さんにとっては全く初耳のことばかりだったようで,かなり困惑されていました.

 取り敢えずは後日ケアマネージャーや訪問看護師さんたちも含めて今後の方針を相談して決めていくこととしました.

 今や我が国は未曾有の超高齢化社会を迎え,寝たきりや認知症の高齢者も激増していますが,膨れ上がる社会保障費を抑制するため在宅医療をさらに促進したい国の思惑もあって,介護保険制度の充実や地域包括ケアシステムの構築などが待ったなしの課題となっています.

 しかし,いくら制度が充実しても,結局一番負担のかかるのは,他ならぬ介護をする家族です.

 そもそも核家族化の進んだ我が国では,ひと昔前のように大家族で助け合って世話をし,皆で最期を看取るというようなケースは少なくとも都会では望めません.

 人の死に様というものを身近に感じる機会もないので,いくら自然に,無駄な医療はせずに,と考えても,では具体的にどのように看取って行くのかということになると,皆目判らないのは当然です.

 そして何よりも切実なのは,介護をする側に人生設計さえ狂わせ兼ねない多大な犠牲を強いているということです.
 家族の介護のために会社を辞めざるを得ない人,結婚のチャンスも逃してしまった人,親の介護疲れで殺害にまで及んでしまった人等々,悲惨な話しを聞くにつけ,在宅,在宅と声高に叫ばれている風潮の陰には,決して見逃せない悲惨な代償を払っている多くの人々がいるということを痛感させられます.

 人は誰でも例外なく年老い,死を迎えます.今私たちがなすべきことは,自分や家族が介護を要する状態になり,そして死を目前にした時,どうすべきか,どうして欲しいか,ということを,決して他人事とは思わず日頃から真剣に考えておくこと,そして国には,在宅医療の推進は否定するものではありませんが,多大な負担を強いられる介護者にも十分に配慮した施策を,現在日本では議論するのさえタブーとされている安楽死の選択も含めて真剣に考えて頂きたいと思います.


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