知らぬが仏(ほとけ)

 三月も半ば近く,春ももうそこまでですが,今年はインフルエンザが例年よりかなり遅れて流行しており,ここ2-3週間は毎日の様に患者が出ています.

 さて先日,クリニックに80台後半のご婦人が受診されました.
 今まで病気らしい病気をしたこともなく,旅行や趣味を楽しむなど人も羨むほど元気だったそうですが,半年くらい前から歩くときなどに息切れを感じ出し,最近ますますひどくなってきたそうです.もともと医者や薬嫌いだそうですが,とにかくいちど医者に行くよう知り合いに勧められてしぶしぶ受診したとのこと.

 早速聴診器を当てた私は,すぐにその原因がわかりました.
 あまり乗り気でない患者さんを説得して一通り検査し,典型的な大動脈弁閉鎖不全症(心臓弁膜症の一種)による心不全と診断,数日後に娘さんもお呼びして病状を説明しました.
 本人にはまさに寝耳に水だったようで,今までこんなに元気だったのにと,なかなか信じてもらえませんでしたが,なんのことはない,聞けば血圧はもともと200くらいあり,心肥大も指摘されていたけれども症状もないので放置していたとのことでした.
 要するに,健康そうに見えていても病気のほうはヒタヒタと進行し,ついに堰を切ったように症状として現れたわけです.
 とにかくこのままでは心不全が進行して旅行どころか日常生活も危うくなること必至,娘さんにも説得してもらってなんとか入院していただきました.残り少ない人生を少しでも元気に生活できるようになっていただければと思います.

 誰でもこんな話しをきけば,普段から定期的に検査を受けるなどしていれば早期発見できたのではないか,高血圧も治療すべきだったのではないかと考えるのが普通でしょう.

 でも,私は最近,複雑な思いにかられることがあります.

 昨今の医学の進歩により,以前は不治と言われた病気の治療法もみつかり,人間の平均寿命はどんどん伸びています.
 サザエさんの父,波平は53歳という設定で私より歳下なのには驚きますが,僅か半世紀前のあの時代さえ,50台といえば立派な老人でした.それが今や日本人の平均寿命は90歳近く,100歳以上の方々も数万人もいるという有様.

 しかし,これだけ医学が進歩しても,病人の数はいっこうに減らない,それどころかむしろ増えているのではないでしょうか? なんの持病もなく,薬も飲んでいない高齢者などむしろ稀で,寝たきり,認知症の方々は数百万人に及び,社会問題となっているのは知っての通りです.

 ガンも含め,多くの病気は一種の加齢です.だから,医学が進歩して寿命が伸びれば伸びるほど,骨粗鬆症だ認知症だロコモだと,次から次へと新たな病気が出てくるわけで,その結果80歳くらいになると,10種類くらいの薬を飲んでいる人など珍しくなく,批判の的になっている薬漬けとて,ある意味当然の成り行きなのです.

 このご婦人の場合も,もちろんもっと早く症状がでたかもしれないし,高血圧により脳出血を起こして半身麻痺や寝たきりになったかもしれない.でも結果的には何も起こらず元気に人生を楽しんで来れたわけです.
 つまり,「知らぬが仏」だったのです.
 今回,私が病気を発見してしまったことで入院となりましたが,もしそうでなければもちろん病気は悪化して亡くなられるかもしれないにせよ,この年齢ですから病脳期間は短くて済むもしれない.逆に今回の入院をきっかけに,たくさんの薬を飲むことになり,寿命は伸びたはいいが認知症が出て来たり,入院で脚力が弱り転倒して寝たきりになるかもしれない,なんて思ってしまうわけです.

 ひと昔前の時代は,朝になったら爺ちゃん布団の中で冷たくなってた,とか,婆ちゃん最近ボケて来たなあと思ったら,一年もしないうちに消え入るように死んだ,なんてことが普通だったわけです.
 でもそれはそれで,本人も家族も楽だったでしよう.

 こうなってくると,医学の進歩というのは,人類にとって本当にいいことなのか?むしろ病人を増やしているだけではないかなどと思い,何か複雑な気持ちになります.

 薬や手術により病気を治すことが医療の王道であることは間違いないでしょうが,今後は,特に高齢者の場合,治療の「その後」をどうして行くのか?ということを否が応でも考えなければならない時期に来ているのではないでしょうか?
 つまり,人生の終盤をどのようにして迎えるかは人それぞれで一律には決められないのではないか,治療を受けないこと,途中で止めることも,大きな選択肢なのではないかと思うのです.

 その道の大家と言われる専門家たちがつくった高血圧や高脂血症や糖尿病などのガイドラインには,最新のエビデンスをもとに薬の開始基準や投与内容,量などがこと細かに決められています.
 しかし,ならば例えば90歳を超えた超高齢者が血圧や悪玉コレステロールや血糖値が高いとわかった時,果たしてどうすべきなのか?実はどこにも書いてはいません.おそらく今まではこんなことを議論するのさえ一種のタブーだったのかもしれません.
 しかし,今や世界屈指の超高齢化社会に突入し,社会保障のシステムそのものの見直しが迫られている我が国は,こういったことも喫緊の課題として真面目に考える時期に来ているのではないかと思います.


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