Ever-green City

  このシルバーウィークに,家族でカナダのバンクーバーとビクトリアへ旅行しました.
冬季オリンピックの会場となったことでも記憶に新しいカナダ西海岸の街,バンクーバーは,気候,治安の良さ,インフラ,交通機関,自然の豊かさなどの評価で,世界で最も住みやすい街の一つとされています.

 宿泊したダウンタウン中心部にあるホテルから少し足を伸ばせば,市民の憩いの場所でもある広大なスタンレパークで自転車で風を切りながら豊かな自然を楽しむことができましたし,おしゃれな店々や素敵なレストランが軒を並べる美しい目抜き通りのロブソン通り,それとは対照的に様々な店々が雑多に集まってどこか懐かしい雰囲気さえ醸し出している庶民の台所のグランビルアイランドも,ゆっくり散策することが出来ました.

 バンクーバーとは海峡を挟んで西側にある,ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアも大変美しい街で,宿泊したフェアモントホテルは観光名所になっているほど風格のあるホテルでした.有名な植物園のブッチャートガーデンも,広大な敷地にこれでもかと言わんばかりに美しい花々が咲き乱れ,圧巻でした.

 しかし私や家族にとって今回の旅行で最も印象に残ったことは,ここに住む人々のさりげない優しさでした.
 駅で切符の買い方がわからなくてまごついていたら,後ろで見ていた男性が「何かお困りですか?」と,すぐに教えてくれましたし,駅構内でも少し迷っていると,学生さんらしい若い女の子が「どこに行くのですか?」と声をかけてくれ,危うく違う路線に乗りかけていた私たちを助けてくれました.

 バスを降りた時も,方向が分からなくてウロウロしていたら,中年の女性が近づいてきて「グランビルアイランドに行くんでしょ?」と詳しく説明してくれましたし,帰国時に重たいスーツケースをゴロゴロ引いてエスカレーターに乗ろうとしていたら,年配のご婦人が「あそこにエレベーターがあるわよ」と笑顔で指差してくれました.

 ブッチャートガーデンでは観光に来ていた中国人のグループに写真を頼まれ,シャッターを押そうとしていたら,近くにいた地元のご婦人に「一緒に撮ってあげましょうか?」と提案されました.これは多分,私がシャッターを切るときに,中国式に「イー,アル,サン」と合図したので,私のことを中国人と思ったのかもしれませんが(笑)暖かなお節介に心の中で拍手でした.

 たった4日の滞在中に,これだけの親切に触れたのです.親切,礼儀正しさ,おもてなしの精神などで評判の高い我々日本人も,うかうかしてはおられません.

 バンクーバー発祥の地,ギャスタウンで土産物店をやっていた日本人の若い女性は,ワーキングホリデーで来てからこの街の住みやすさに魅了され,居着いてしまったとのこと,頷けました.

 カナダはもちろん英語圏の国ですが,さすがフランス語が第二公用語とされているだけあって,あらゆる案内,表示は英仏の2ヶ国語標記でしたが,空港や観光地などでは,そこに中国語標記も加わっていました.
街中や免税店でも数えきれないほどの中国人が押し寄せており,世界中あらゆるところに進出している中国パワーを実感させられずにはいられませんでした.

 今回もいつものごとく,様々な刺激と感動をさずけてくれた旅となりました.
 また来年も好奇心のおもむくままにどこかに旅行したいと思っています.

  ↓いずれもクリックで拡大

ブッチャートガーデン
ブッチャートガーデン
フェアモントエクスプレスホテル
ビクトリアのホテル
バンクーバーのダウンタウン
バンクーバー2
スタンレーパークのサイクリングロード
スタンレーパーク


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ジャポニカ万歳!

 小学校で使うあのジャポニカの学習帳は,その表紙に,子供たちの知的好奇心をくすぐるべく,植物や昆虫を渾身の迫力で撮った写真が載っていることで人気があります.

 ところが何年か前,あろうことか一部の親や教師から,昆虫をアップにした写真が気持ち悪い,子供が怖がってノートを開きたがらないといった信じがたいクレームが出て,何と制作している」会社であるショウワノートもそれを表紙に掲せることをやめてしまったのです.

 しかし先日,根強いファンの要望に応えて復刻版をネットで限定販売したところ,あっという間に完売し,会社側も完全復活を視野に入れているとのことを聞き及び,少し安堵したのは私だけではないでしょう.

 それにしても,このあまりにも馬鹿げたクレームの故に昆虫写真の掲載が取りやめになると知った時,私は正直,世も末だと感じました.

 自然界は人間の想像も及ばないような様々な生命に満ち溢れている,そしてその数だけ種を繋いでいく懸命な営みがある,そういうことを育ち盛りの子供たちが少しでも身近に感じることができるように,カメラマンが心をこめて撮影したのです.
 
 特に都会育ちで昆虫などあまりまともに見たこともないような子供たちが,気持ち悪いと感じるのは理解できなくもありませんし,確かに昆虫の顔というのは,アップにすると,エイリアンのような形相にみえます.

 しかし問題は大人の態度です.

 自然界には実に多様な命の形があるのだ,偉そうにしている人間などそのちっぽけな一部に過ぎないのだ,ということを示して子供達を諭すのが親の役割なのに,何と写真の掲載に馬鹿げたクレームをつけ,しかもよりにもよって現場の教師までがそれに盲従するとは,開いた口が塞がらないとはこのことです.

 昆虫は見た目が気持ち悪い,だから写真でさえ避けるというエゴに満ちた考え方は,街中でみかける障害者の方々を意味もなく差別することとどこが違うというのでしょうか?
 種を絶やさぬために厳しい自然界で懸命に生きている昆虫より,そんな人間の心の方が,よほど薄汚れているのではないかと思います.

 最近の世相を見ていると,子供を,ひいては人間を育てるというのはどういうことなのか,全く分かっていない人間が多いのではないかと感じます.
 そもそも汚いこと,危険なこと,きついこと,可哀想なことを避けさせるということなど,愛情でもなんでもありません.そう言った負の側面を全く教えないことこそ,むしろ一種の虐待なのではないか?
 
 それに最近の世の中は,なんでも褒めて伸ばす,叱ってはいけないというような風潮がもてはやされているようですが,それがあまりにも独り歩きしてはいないでしょうか?
 会社に入った新人たちは,親にさえ叱られたことがないから,上司に少し注意されただけですぐに辞めてしまったり鬱になったりする.
 そんなことになったら,過保護な親がしゃしゃり出て来て会社を訴えるだなんだと騒ぎ立てることになるから,たとえ彼等が仕事で重大なミスをしても注意すら出来ず,こんな言葉は言ってはいけない,あんなことはさせてはいけない,とまるで腫物のように扱わざるを得ない‥まさに狂っているとしか言いようがありません.
 だから,こんな親たちに育てられた子供たちこそ可哀想で,善悪の分別もつかない,そのくせ精神的にはガラスのように脆いドラ息子,娘になるわけです.

 今や世界がますますグローバル化していく中で,多様な人種,宗教,世界観の人々と接触し,時には厳しい局面も自分で力強く切り抜けていかなければならない時代になっています.
 こんな世の中を,愛情のこもった厳しさを教えられずに甘やかされて育った若い人たちが,本当に生き抜いていけるのだろうかと懸念せざるを得ません.
 そして,今回のことに限らず,あまりにも常軌を逸したクレームにいちいち耳を貸さなければなくなっている最近の風潮も,なんとかならないものかと感じています.