常に真実を

  8月も半ばを過ぎ,猛暑も一段落した感じです.
 今年はお盆休みを4日間とりましたが,多忙さと暑さとで少しヘタり気味だった身体をリフレッシュすべく,特に遠出もしませんでした.おかげで話題の映画を3本も楽しめましたが,その映画のひとつが「日本のいちばん長い日」です.

  戦後70年の今年は,テレビでは例年にもまして戦争関連の特集やドラマが目白押し,そして安倍総理はこの節目の年に当たり,戦後談話を発表しました.
  そして,国家の行く末を左右するかもしれないとさえされる新たな安保法案が提出され,国論が真っ二つに割れています.

  「日本のいちばん長い日」は,日本の戦況がのっぴきならぬほど悪化して本土空襲が始まり,いよいよポツダム宣言を受け入れるかどうかという終戦間近の天皇や軍部の葛藤をシリアスに描いています.

  ついに降伏を決意した天皇陛下が戦争終結宣言を録音するのですが,あくまで本土決戦を貫かんとする陸軍の若手将校たちが,玉音盤を奪取すべくクーデターを起こすのです.
  もちろんクーデターは失敗し,8月15日にとうとう「耐え難きを耐え,忍び難きを忍び…」というあの有名な玉音放送とともに終戦を迎えるわけです.

  今考えれば,国力に彼我の差のあった米国に勝てるはずなどなかったのですが,あの当時は,国民誰もが大本営の発表を鵜呑みにし,大和魂で鬼畜米英に勝てると本気で思っていた,あれだけ戦局が悪化しても神風が吹くと固く信じていた,降伏などという言葉を口にしただけで非国民とされたのです.

  報道や言論統制のない現代の日本に住む私たちは,北朝鮮などの国情をみて驚きますが,あの当時の日本もまさに同じだったのではないでしょうか?

  では,翻って今の時代に生きる私たちは,本当に他の国や民族の真実を知っているのか?という疑問が湧きます.

  あの当時とは違い,世界中のあらゆる情報が容易に入手できる時代にはなりましたが,それは裏を返せば簡単にデマや都合のいい情報を流して無知な人民を扇動できるようになったということでもあります.根拠のない不確かな情報でも,SNSを通じて拡散すればあっとう間に尾びれ背びれがつき,かなり歪曲された形で大きな世論にさえなってしまう.まさにネットは諸刃の剣なのです.

  たとえば,韓国人や中国人の反日感情がかなりの部分反日教育によるものであるのは周知のとおりですが,それが証拠に,初めて来日した彼等は,自国で学んだ日本人のイメージとのギャップに,心底驚くようです.
これは逆も然りでしょう.

  それに,どんな国どんな民族そしてどんな時代にあっても,たとえ指導者が敵対していても,国民一人一人は,本当は誰一人として戦争によって殺しあうことなど望んでいないのではないでしょうか?愛する家族と,親しい友と,そしてたとえ国や宗教は違っても,皆仲良く,いつまでも幸せに,平和に暮らしたいと思わない人がいるでしょうか?

  米国に住んでいた時,世界中の多くの人たちと知り合いました.
 困った時は,損得勘定も民族の差も乗り越えて親身に相談に乗ってくれ,助けてくれましたし,まだ幼かった我が家の娘たちのことも,優しい眼差しで可愛がってくれました.そこに日本も米国もありません,当たり前のことなのですが,人々はみな同じなのだということを身を以て知ったのです.

 結局のところ,国や宗教や民族の違いによる差別は,指導者の欲望や権力といった,庶民の感覚とは全く乖離した大きな力によって生み出されてしまっているのです.それは教育かもしれないし,情報操作かもしれないし,過去の悲惨な歴史かもしれません.

 今や国民の8割が戦後生まれとなり,戦争の記憶の風化が懸念されていますが,考えてみれば私の世代が日清日露戦争のことを詳しくは知らないことを考えれば,あながちそれを批判することはできません.

 やはり時の流れというものは残酷なことは否めませんし,だから人間は過去の歴史に学ばないのかもしれません.

 しかし無知ほど恐ろしいものはありません.過去の過ちを繰り返さないために今を生きる私たちが一番しなければならないことは,何よりも,他の国,他の民族,他の宗教について,そして歴史について可能な限り幅広く学び,歪曲された情報に惑わされないように,常に真実を正しく理解しようとすることなのではないでしょうか?


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