「間(ま)」の威力

 9月ももう終盤,昨年はこの時期,まだ厳しい残暑が続いていましたが,今年は打って変わって早くから秋らしい涼しい気候となっています.
 さて,テレビのニュース番組などでベテランのアナウンサーが話しているのを聴くと,いつも感心させられることがあります.
 それは,言葉と言葉のあいだの,絶妙な「間(ま)」の取り方です.
 
 たとえば,一つの話題を話し終わって次の話題にうつるとき,2~3秒くらいでしょうか,一呼吸の沈黙があり,そこからおもむろに最初の言葉が始まります.
 「~ この出来事は,我々日本人に,重い課題をつきつけたのではないでしょうか?…… さて,次のニュースです.」の「……」の部分です.
 これは水泳の息継ぎや,あるいはクラシックの演奏会における交響曲の楽章と楽章との間にも似ていて,視聴者の理解を助け,次の話題に意識を向かわせる大事な時間になっていると思います.
 ですから,この「間」が,あまりに短すぎても,逆に長すぎてもいけない.それなら何秒が適切なのか?と尋ねられると答えに窮してしまいますが,とにかく視聴者にとって極めて心地よい長さがあるのではないでしょうか.
 
 相手に何かを伝えようとするとき,生身から発せられた言葉が最も有効な手段であることは誰も否定しないでしょう.
 でも,ただやみくもに言葉を発しさえすればいいというものでもない,やはり,伝え方には「技術」というべきものがあるのではないか? つまり,「言霊(ことだま)」といわれるごとく,言葉は,語彙,話す速度そして「間」という3つの要素がすべて洗練されてこそ,そのパワーを発揮するのではないかと思います.

 たとえば,口が饒舌で,「間」をほとんどおかず機関銃のようにしゃべる人がいます.話している方は一生懸命伝えようとしているのですが,聴いている方はそれこそ弾丸を息つく間もなく浴びせ続けられている感じがするだけで,全く印象に残らないばかりか,拒否感,嫌悪感さえ感じます.
 逆に,ゆっくり話してくれるのはいいのですが,「間」の取り方がわるく,聴いている方は相手が何をいいたいのか判らず,また聴くことに集中できないような場合も困りものです.

 医師という仕事を長年やっている私も,最近このことを痛感するようになりました.
 一昔前のように,医師の言うことは絶対で患者側がそれに口をはさむことなど考えられなかった時代とは異なり,今はインフォームドコンセントなどと言われるごとく,患者さんに対する「説明力」とでもいうべきものが医師の必須の能力になっていることは論を待ちません.
 
 しかし実際のところ,医学部ではコミュニケーションの技術を系統的に学ぶような機会はなく,そもそも医学部の入試にもそんな科目はありませんから,頭はよくても臨床医としての資質には疑問符がつくような医師も残念ながら多く見受けられます.
 家族や仕事仲間や恋人同士であれば,言葉はかわさずとも,以心伝心とでもいいましょうか,お互い信頼関係(あるいは敵対関係?)が出来ているかもしれません.
 しかし,医師対患者となるとそういうわけにはいかない.信頼関係の醸成は,やはり生身から発せられた言葉という道具でしかできないのです.
 
 元来私はどちらかというと口数の多い方で,他人にいろいろと説明することには全く抵抗がありませんでした.だから若いころは,患者さんに理解してもらいたい一心でとにかく一生懸命に沢山の言葉を並べていました.そう,それこそ機関銃のようにしゃべっていたかもしれません.
 でも最近は,ただ沢山の言葉を並べるだけではだめ,言葉の量もさることながら,その質こそ重要であると感じるようになったのです.

 一般人にとっては理解するのが難しい病気や治療の説明をする時,患者さんが理解したり途中で質問したりするような時間的余裕もないくらい早口でしゃべられても,ほとんど理解はしてもらえないのではないか?こちらが説明を尽くしたと思っていても,実際はほとんど判っていないのではないか?と思うようになったからです.
 
 われわれ医師が患者さんに説明するとき,患者さんにはその内容の半分,いやそれどころか,30%くらいでも理解していただければ,むしろ上出来だと思っています.私たちが,生命保険のセールスレディに保険商品の説明を受ける時や,宇宙物理や数学の研究者にその研究内容について教えてもらうような時のことを想像すれば,さもありなんでしょう.
 どだい知識のベースが違うのですから,それはやむを得ないことなのです.それでもそのパーセンテージを少しでも上げるようにしなければならない,それこそが「説明力」であり,「間」のとりかたなのではないでしょうか.

 言葉と言葉の間に,気の利いた「間」をおくことは,一瞬ではありますが,お互い安心感と落ち着きを感じることができ,患者さんは医師の説明内容を,そして医師は患者さんの気持ちや希望を,100%とはいかずともお互い理解しあい,信頼関係を醸成できる大事な手段となるのだろうと思います.
 


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