来世やいかに

 いよいよゴールデンウィークも間近,緑豊かな美しい季節となってきました.

 先日韓国で起こった多くの修学旅行生の乗った旅客船の転覆事故では,救出の不手際で死者は200人近くに上り,さらにまだ船内に閉じ込められている行方不明者も数知れず,そして驚くべきことに乗客の救出もまともに行わずにわれ先に逃げ出した船長他乗務員たちに怒りの矛先が向けられています.
 事故の原因や責任問題ははともかくとしても,わが子の命が一瞬のうちに奪われてしまった家族の悲しみは,民族を超えて察するに余りあります.

 さて,私は医師として数多くの人々の生死に向き合ってきましたが,自分自身も50代半ばという年齢になり,最近とみに「死」というものについて色々と考えるようになりました.

 先日は実家で,80台半ば近くになる父から,父の死後の財産管理や葬式の段取りなどについて,あれこれと弟とともに説明を受けました.
 幸い父母ともにまだまだ健在で,聞いているこちらもまだあまり実感がわかないというのが正直なところでしたが,それでも確実に迫り来るものに対して,真正面から向き合わざるを得ないという覚悟はできました.

 かくいう私とて,人生の折り返し点を過ぎたこの年齢になると,他人ごとではありません.
 同年代の知り合い,同窓生などの訃報もたまにではありますが耳にしますし,まだ50代そこそこで何を言う,と年配の方々からは笑われそうですが,自分は若いつもりでも,あと10年もすれば,今の日本の法律では立派な「高齢者」なのです.

 それに,今回の旅客船沈没のような突然の事故や,東日本大震災のような突然の大地震などを考えると,人間の命など,本当に儚いものだと感じざるを得ません.

 ところで,患者さんたちの中には,80歳,90歳になってもまだまだ非常に元気で,100歳,いやそれ以上でも生きたいと前向きなかたもおられる一方,逆に50代,60代くらいでも,もういつ死んでもいいなんていう人もいます.

 ただ,わたしの勝手な憶測なのですが,死というものに対して恐怖をいだかない人など,実際にはほとんどいない,そしてこのことはいつの時代でも変わらないのではないかと思います.

 特攻隊で敵艦に突っ込んでいった若者たちも,戦国時代,鎧兜で刀を交えたり,武士の面目を保つために切腹した武士たちも,みな,本当は死ぬことを恐れていた,ただそれを表には出さなかった,というより出すことをよしとしなかっただけなのではないかと思うのです.

 それはなぜか?

 私が思うに,その最大の理由は,究極のところ,死んだあと人間はどうなるのか?という,最も根源的なことが誰にも判らないからだと思います.

 人類数千年の歴史の中で,文明は驚異的に進歩し,人類の英知は素粒子から大宇宙に至るまでまで,ありとあらゆる謎を次々と解き明かしてきました.

 しかし,人間は死後どうなるのか,という極めて単純な命題については,実は何一つ解っておらず,おそらく今後も永遠に解明されないかもしれません.

 臨死体験などもよく話題に上りますが,それとて,本当のことなのかどうかは皆目不明です,

 人々が宗教にすがるのは,現世での苦しみからの救いを来世に求めるからでしょう.
 しかし,いくら敬虔な信者になっても,いくら厳しく長い修行を積んでも,結局のところ.天国や地獄があるのかどうかなど誰も判らない,そして判らないから,信じるしかないのです.
 
 こんなことを言うと叱られるかもしれませんが,いくら徳の高い,難行苦行を積んだ僧侶に,信ずる者は極楽に行けますよ,などと言われても,「ほんまかいな?あんた死んだこともないのに,なんでわかるねん?」なんて思う人もいるかもしれません.

 高血圧などで通院されている,ある高齢の女性患者さんは,「もう,先生,いつ死んでもいいです,死ねる薬はないですかねえ」などと受診されるたびにおっしゃる.
 私は彼女があまり毎回同じことを言われるので,大真面目に「それなら,今飲んでおられる薬をすべて止めてはどうでしょうか?」と提案したことがあります.
 しかしそれに対してその患者さん,きょとんとした顔で,「そんなことしたら病気がわるくなって死んじゃいますよ」とのこと.
 妙に安堵させられました(~_~;)
 
 死後どうなるのか?唯物論者は,霊魂などというものを信用しませんから,死んで脳の活動が停止すれば,永久に眠ったのと同じようになるのだと主張しますが,そんなドライな考えに賛同できる人はむしろ少数ではないでしょうか.

 誰しもが思うのは,では死んだ後,「自分」という意識はいったいどうなるのか?ということのようです.
 以前NHKで臨死体験の特集番組をやっていましたが,人間の身体には「意識」の雲のようなものが宿っていて,肉体が消滅すると,それが新たに他の新しい肉体に宿るのではないかということを主張していた人がいました.

 この,一見荒唐無稽に見えるような考えは,実は案外多くの人々が抱いている死後のイメージかもしれません,
 誰しも,自分の死後,「自分」という意識が永遠になくなってしまうということは,受け入れがたいのではないでしょうか?輪廻転生ではありませんが,何かその意識が,他の肉体に宿ってまた一生を請け負うと考える方が自然だと思うのです.
 あるいは,そうでなくとも,その「意識」のようなものが来世で生き続ける,それが三途の川を越えてあの世に行くということ,そんなイメージでもいいかもしれません.

 実は私も,非科学的と言われてしまうかもしれませんが,やはりそのようなイメージを持っています.言い換えれば,霊魂の存在を信じているといっても過言ではありません.

 ただ,死後どうなるのかということは,やはり誰にも判らないからこそいいのではないか,そしてまた,どんなに強大な権力者でも,どんなに大金持ちでも,どんなに高い地位にある人でも,死だけは避けられない,つまりこの不平等と格差に満ち溢れた社会にあって,死だけは容赦なく誰にも訪れるからこそ,人は救われるのではないかと思うのです.

 


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