永遠のゼロを見て

 新しい年が明けました.今年もまた,気分も新たに頑張っていきたく思います.

 この正月に,今日本中で大ヒットしている「永遠のゼロ」という邦画を見ました.

 太平洋戦争末期,ある優秀なゼロ戦のパイロットが,最期は特攻隊員となって敵艦に体当たりして命を散らすのですが,凄まじいまでの心の葛藤,悲劇の結末と,そしてその裏に隠された驚愕の事実を,現代に生きるその孫である主人公が解き明かしていくという筋立てです.

 パイロット役を演じたV6の岡田准一と主人公を演じた三浦春馬の好演も手伝って,前評判通り大変感銘を受け,なおかつ大変考えさせられた,素晴らしい映画でした.
 
 その中で,まだ20代半ばである若い主人公が,同世代の友人たちに「特攻なんて,要するにテロと同じだろ?」などと揶揄されるように言われ,思わず声を荒げて否定する場面がありましたが,まさに今の若い人たちにとってはそんな認識しかないのかもしれないと思いました,

 戦後70年近くも経過してしまった今の日本,太平洋戦争を実体験した人々はもはや超高齢化し,あと十数年もすれば,それこそほぼ全国民が戦後世代,ますます忘却のかなたに追いやられてしまうかもしれません.
 今や3.11と9.11は知っていても12.8(真珠湾攻撃の日)を知らない人も多いのではないでしょうか.

 戦争は,罪もない一般市民を巻き込むものであり,どんな理由であれ,決して正当化されるものではないというのは誰しも共通の認識だと思います.
 しかし,人類の歴史が始まって以来,悲しいことに戦争や紛争のなかった時代はなく,今でも世界中のあちこちでその火種が絶えません.
 それは,戦争や紛争がこどもの喧嘩のような単純なものではなく,そこに宗教や民族や政治情勢など,さまざまな複雑な要素がからんでいるからでしょうか.

 最近私は,私たち日本人は,自分の国の歴史,特に近現代史をもっときちんと学ぶべきではないかと思うようになりました.

 政府内で今,日本史を高校の必修課目化することが検討されているとのこと,私個人の考えとしては,その是非はともかくとして,国民が自国の歴史や地理について勉強する機会を持つことは,外国語を早期から学ぶこと以上に重要なのではないかと思います.
 もちろん,古くは弥生時代から連綿と続く日本の歴史をすべて学ぶのは大変でしょう.ですから,古代史は重要ではないとは言いませんが,私たちの生きている現代社会にもっとも直近の近現代史は,特にきちんと学ぶべきだと思うのです.
 中国や韓国との間で歴史認識の問題で大きな軋轢が生じている昨今,その重要性はますます増しているのではないでしょうか.

 なぜ日本があの悲惨な戦争に突入したか,それを知るためには,日本が江戸時代の末期に鎖国政策を捨てて開国して明治維新を迎えた経緯や,日清・日露戦争を経て列強の仲間入りをし,アジアに進出して行った経緯を学ばなければ理解できないと思うわけです.

 単なる軍部の暴走が開戦の糸口になったといってしまえばそれまでですが,そこに至る背景には,当時の複雑な世界情勢など,ある意味歴史の必然性のようなものが影響したことも理解しなければならないのではないか?
 さもなくば,結局,映画に出てきた若者たちのように,特攻とテロの区別さえできなくなってしまうのではないか?

 かくいう私も,高校の時には受験対策の関係もあって世界史を選択したため,当時はまともに日本史を履修していませんでしたので,とても偉そうなことは言えません.
 ただ,誰でもそうかもしれませんが,年齢とともに人生経験を重ねるにつれ,人生や生き甲斐,宗教感,死生観などについて考えることが多くなりました. 
 それに歴史というものは悠久の大河の流れのようには見えますが,つきつめれば,一人一人の人間ドラマの積み重ねです.
 私が歴史や宗教の本を少しずつ読むようになったのは,旺盛な知識欲もさることながら,やはり自分の生き方に対して何らかのヒントがほしかったからかもしれません.
 
 あらゆるメディアの発達した昨今,別に書物でなくとも今回のような映画でもよし,テレビ番組でもよし,歴史や宗教に興味を持てるきっかけになりうるような手段はいくらでもあると思います.
 
 世界全体がグローバル化し,他国や他の宗教との密接な関わりが避けられないこの時代だからこそ,ますます歴史や宗教についての知識が求められているといえるでしょう.


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