水と安全と医療と…

毎日寒い日が続いていますが,昨年末は不気味なほど鳴りを潜めていたインフルエンザが爆発的に流行の兆しを見せ,クリニックにも毎日のように患者さんが訪れています.

 さて,先日世界を震撼させたアルジェエリア人質事件で,テロリストたちによって10人もの日本人ビジネスマンたちが殺害されたことは,私たちに大変なショックを与えました.
 
 繁栄と平和を謳歌してきた我々日本人は,「水と安全はタダ」だと思っているなどと揶揄されるようことがありますが,この事件はまさに日本人の意識改革を迫るものではないかと感じます.

 水道をひねれば水が出て,スイッチを押せば電気がついてガスが出る.電車やバスはほぼ間違いなく定刻通りに駅に到着し,交通規則はきちんと守られている…
 最近少し治安が怪しくなったとはいえ,銀行や店でおつりをごまかされることもないし,マクドナルドで場所取りのためにカバンを椅子に置いても盗まれることはまずなく,道を歩いていていきなり射殺されるようなことなど滅多にない…
 格差社会とはいっても,小中学校に行けない子供はいないし,職種さえ選ばなければ仕事が全くないということもなく,ホームレスが餓死するようなことはニュースになるほど珍しい…

 こんな当たり前のことが,実は日本以外の国では全く当たり前でないことを再認識する必要があるのではないでしょうか?
 
 医療にしてもそうです

 離島や僻地など医療過疎の問題はあるにしても,医療の恩恵に全くあずかれないような地域はほぼ皆無で,血液検査やレントゲンや胃カメラのような基本的検査は言わずもがな,CTやMRIなどの高度な検査や大きな手術でさえ,いつでもどこでも,そしてどんな人でもほぼ平等に受けられます.

 医療レベルは世界屈指で,しかも世界に誇る国民皆保険制度によって,欧米などと比較にならないほど安い費用で受けられる.保険料が払えない人でも,生活保護を受ければ自己負担金さえ免除され,医療を受けられずに命を失うようなこともそう滅多にない.

 先日,アメリカ在住の日本人女性が,2週間ほど一時帰国するのでその間に下肢静脈瘤の手術をしてほしいとのことで施行,彼女の自己負担は約2万円でした.
 米国では民間の医療保険しかありませんが,それでも命にかかわるような病気ではないので保険の対象にはならず,全て自費で40万円と言われたそうです!

 日本に永らく住んでおられるある中国人の女性患者さんは,母国に一時帰国する直前には必ずクリニックを訪れ,薬をめいっぱい希望されます.彼女いわく,母国の薬は,まったく信頼がおけず怖いとのこと!

 私はかつて海外在住邦人医療相談という事業に参加し,3週間ほどケニアやタンザニアなどのアフリカ諸国を訪れたことがありますが,まともな医療を受けられるのは金持ちのみ,それでも大きな手術が必要になれば国外で受けざるを得ないというような事情を聴き,唖然としたのを忘れられません.

 作家の曽野綾子氏は,水道や電気や交通などの社会インフラと世界に類をみない治安の良さに恵まれている私たち日本人は,あまりにもそれを当然のこととして慣れてしまい,そのありがたさ,そして自分の身を守るすべや意識を忘れてしまったのではないかと述べています.

 私は,医療に関しても同じことで,世界広しといえど,これだけすぐれた医療技術とシステムの恩恵にあずかっている国は日本以外にはないのだということを日本人は今一度認識すべきだと思います.

 病院食がまずいとか,待ち時間が長いとか,スタッフの対応が悪いとか,そういったことばかりがクローズアップされる今の日本の医療,私はそれらが些細なことだというつもりは毛頭ありませんが,よく言えば医療の質がどんどん上がってサービス業というレベルまで昇華されてきた証であり,悪く言えば,日本人はそれだけ贅沢になってしまったのだと感じています.

 実は今,少子高齢化や医療費の増大で,この国民皆保険制度は崩壊の危機にさらされています.

 我々日本人は,「水と安全」のみならず,「医療」も決してタダではなく,先人の血のにじむような努力によって築きあげられてきた貴重な財産であるということ,そしてそのありがたみをしっかり認識する必要があるのではないでしょうか?


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その道の神髄

 新しい年になりました.いよいよ今年5月でクリニック開院5周年!さらに躍進できるよう,気分も新たに頑張ります.

 今日は合気道の鏡開き式が明石の本部道場でありました.私は有段者による奉納演武に参加し,後半は全員で新年会となり楽しいひと時をすごしました.

 私が合気道を始めたのはかれこれ14年近く前です.以前からこの神秘的な(と当時は思っていました)武道には興味がありましたし,またそろそろ「オヤジ狩り」をされるような年齢にもなり,護身術のひとつでも身に着けておきたいと思い,仙台に赴任したころにたまたま近所の合気道場をのぞいたのが運の尽き(笑)でした.

 私は元来それほど運動が得意ではありませんでしたが,合気道との出会いはまさに運命的で,この武道にすっかりのめり込んでしまった私は,超多忙な仕事の合間ををみつけてはせっせと道場に通い,3年ほどで黒帯を頂きました.

 45歳で神戸に帰ってからは,同じ流派の道場にすぐに入門,今に至るまで師範のK先生7段に教えてもらっています.そして一昨年何とか3段を頂いたのはブログにも書いた通りです.

 自分としてはまだまだ修行半ばなのは言わずもがなですが,毎年のように新人が入門してくる中,当然自分より下の人たちに教える機会も増えました.

 一瞬の動きで相手の攻撃を制する合気道では,数えきれないほど多くの技がありますが,一つ一つの技を,手はこう,足はこう,と文字通り手取り足取り教えれば,特に運動神経のいい人ならば,少なくとも技のかけ方自体はすぐに覚えてしまいます.

 しかし,武道というものは,究極的には生死をかけた戦いですから,どんな状況でも,どんな相手にでもその技が効かなければ意味がないわけで,技の形を覚えるだけでは,やっとスタートラインに立っただけにすぎません.
 たとえば合気道では,攻撃してくる相手の動きに逆らわず,むしろ利用して投げるため,とにかく「力を抜く」こと,そして「臍下(せいか)の一点(臍下丹田などともいいます)に心を鎮める」ことが極めて重要です.
 
 常識で考えれば,相手を倒そう,投げようと思えば,力を使おうとするのが普通ですし,私も,力を抜いたほうがどうして強いのか,最初は全く信じることはできませんでしたし,練習を積んでもそう簡単に体得できるものではありませんでした.
 合気道の達人といわれる塩田剛三が体重100kg以上もあるような巨漢たちをいとも簡単に投げ飛ばす映像を見た時も,八百長ではないかとさえ思いました.

 ただ,どうしても相手を倒そう,投げようという気持ちばかりが先立つと,すぐに力んだり気持ちが舞い上がってしまい,特に自分より腕力が強い相手などには全く技が効かないことは身を以て理解できました.

 合気道を長年やって判ったことは,このような「力を抜く」とか「臍下の一点に心を鎮める」といったことは,いくら理屈では分かっていても,体得するにはそれ相当の時間がかかるということです.
 私も10年目くらいになってやっと少しずつ体得できるようになったといっても過言ではありません.

 もちろん他のスポーツ同様,上達は練習量に比例することは否定しませんが,武道の神髄とでもいえるこういった感覚は,ただがむしゃらに練習を詰めてやればいいというものではない,長い時間をかけてこそ初めて得られるものではないかと思われるのです.

 その道を極めるためには長い時間と経験が必要であるというのは,武道に限ったことではないと思います.
 
 たとえば板前や大工,陶芸など,職人と言われる仕事では,一人前になるのに数年どころか十年以上もかかることもあります.
 単純に技術を覚えるだけならば,もっと効率的にトレーニングする方法もあるでしょうが,こういった世界で未だかたくなに長い修行が必要とされているのは,やはり時間をかけてしか得られないもの,小手先の技術ではなく,その道の心や精神とでもいうものを受け継ぐのには,それ相応の時間がかかるということなのではないでしょうか?

 医師という仕事も同じかもしれません.

 医学の知識や手術のテクニックは努力次第で短期間で身に着けることは可能でしょうし,技術面だけみれば若くて器用な医師のほうが有能かもしれません.
 しかしよく言われるように,ただ病気を治すのではなく,人間を治すことこそ医療の神髄だという観点からみれば,やはり人生経験が豊かで,病人の悲しみ苦しみに心を寄せられる人間こそが求められる医師像ではないか,と思うのです.

 私も医師になってはや30年,この間様々な,そしてかけがえのない人生経験をしました.これを少しでも日々の医療に還元できることこそが医師としての醍醐味だとも感じています.