一生飲むのは…

 毎日診療をしていると,患者さんたちとのやり取りに,いくつかのパターンともいうべきものが生まれます.

 ある日の診療のひとコマ,健康診断で高血圧を指摘されて当院を受診された,中年の女性患者さんとのやりとりです.
 まず高血圧についていろいろ説明し,塩分制限や運動療法で頑張ってもダメな場合は,薬を飲まなければならないかもしれません,とお話しします.

 すると,まず返ってくる言葉は,大抵こうです.
 「先生,薬を飲みだしたら,一生飲まなければならないんでしょう?」
 だから,こう答える.
 「そうんなんです.高血圧はほとんど加齢や動脈硬化が原因です.でも動脈硬化自体をなくす薬はないんです.そんなのが見つかったら,ノーベル賞もんなんですよ.だから高血圧自体もなくすことはできないわけで,治療も対症療法なんですよ.」

 というわけで,しばらくは血圧計による自己測定をしながら食事療法や運動療法で頑張っていただくわけです.

 さて,その成果やいかに…?

 中には,頑張ってみごと血圧を下げることに成功した方もおられ,天晴,拍手喝采です.

 でも,ほとんどの患者さんは,長年続いた生活習慣を自分の意志だけではそう簡単に変えられません.
塩分制限にしても,返ってくる言葉はたいてい,判で押したように,
 「でも,ふだんそれほど塩辛いものは食べてない(つもり)なんですけどねエ…(*_*;)」

 結局,次の外来でもやっぱり血圧は高いまま…
 やはり薬をお飲みになったほうが…,とお勧めしますが,やっぱりまだ「でもやはり一生飲むのは…」とためらっている.

 私も,製薬会社のまわし者みたいに思われたらいややなあ(笑),と苦笑しながら, 
 「一生,とおっしゃいますが,いったい何が心配ですか?」
 「副作用とか,くせになるとか…」
 私,(やっぱり…)

 とにかく,高血圧を放置することによりかなりの確率で起こり得る脳梗塞や心筋梗塞どの恐ろしさより,0.1%くらいしか起こらないような副作用のことをまず心配されるわけです.
 でも.最近のマスコミの節操のない報道の犠牲者ともいえる患者さんたちの気持ちを考えると,わからないではありません.

 それはともかくとして,私はこう言います.
 「なるほど.でも,今やっていただいている塩分制限や運動量では,血圧を下げるには不十分ということですよね.では,これ以上さらに厳しい塩分制限や運動を,それこそ一生続けられますでしょうか?美味しいものも我慢して,ですよ(笑)」
 「そうですよねえ…」と困ってしまったご様子…
 
 ただ,ここでも踏ん張る患者さんが次に発する言葉があります.
 「ほら,サプリでいろいろあるじゃないですか,あれなら副作用も少ないし…」
 そう,ちまたに星の数ほど溢れているサプリメントや健康食品の類です.
 
 でも,まずここに二つの誤解があります.
 
 サプリや健康食品だけで血圧が下がるのであれば,確かに医者いらずです.
 でも,高血圧に限らず,サプリや健康食品がそんなに効果があり,副作用も少ないのなら,どうして医薬品として認められ,保険収載されないのか…??

 医薬品は,動物実験や数多くの人々を対象にした厳しい臨床試験など,何段階もの過程を経て,本当に効果があり,しかも危険な副作用がないことを確かめられたものだけが世の中に出回り,健康保険も効くわけです.
 その開発に膨大な費用と長い年月を要するのはそのためです.

 しかし,多くのサプリや健康食品の開発にはそういったプロセスがない.

 確かに飲んだ人の中には,血圧が下がった人がいるかもしれないし,テレビや広告で大げさに宣伝されているのをみると,困っている人たちは,みなそれに殺到します.
 今,テレビ画面をにぎわしている“皇○”とかいうヒアルロン酸のサプリには,俳優の加山雄三や八千草薫が出てきて,「おかげでこんなに若々しく元気です!」なんて宣伝していますが,彼らは別にそんなもの飲まなくても,もとからすごく元気で若々しいのではないかと思うのですが…(笑) 
 
 それに,飲んだ人全体の何割くらいに効果があるのか,といったことは,ほとんど公にされていません.
 副作用にしても,サプリや漢方というのは,すごく穏やかに効くというイメージが先行している,だから副作用などないだろう,という,根拠のない思い込みなのです.

 だから,医薬品を一生飲むのに抵抗がある人でも,サプリを一生飲むことには何のためらいもない,というような変なことになるわけです.

 かくいう私もサプリは飲んでいますが,あくまでサプリメント,それ以上の効果は期待してはいません.

 というわけで,こういったことをまた延々と説明させていただくわけです.
 
 でも,患者さん,そこでも引き下がらず,こう続けられます.

 「でもね,先生,○○がすごく血圧にいいってテレビの“ためして○○”で言ってましたよ」
 「へえ~,そうですか?どんな人が言っていたんですか?」
 「先生と同じお医者さんですよ,しかも医学博士なんですよ!」
 「なるほどねエ… 実はね,私も医学博士なんですよ(笑)」

  患者さん,絶句!!!

 私がいうのもなんですが,博士の中で,これほど簡単に取得でき,威厳のない博士はありません.ある分野について研究をして論文を書けば,誰でももらえるという意味では,その取得の困難さは工学博士や文学博士とは天と地の差です.
 もちろんその研究には,世界的な雑誌に載るような素晴らしいものもあります.けれども,博士であることと,臨床医としての腕とは,何の関係もないのです.ゴッドハンドといわれる医師の中には,博士号など持っていない人などいくらでもいますし,その逆もしかりです.

 会話の成り行きとはいえ,そんな裏事情をその患者さんに説明する羽目になるわけです(笑)

 とまあ,そんなこんなで,こういった幾多の紆余曲折を経て,ようやく納得して下さった患者さんが,薬を飲むことを納得してくださるということになります.

 でもまあ,医者のいうことが絶対で,それにたてつくことなどタブーとされてきた一昔前に比べれば,情報過多といわれるほどあらゆる情報が飛び交うこのご時世,こういったプロセスは,患者さんと信頼関係を気付き,治療をスムーズに進めて行くためには,やむを得ない,というより,当然必要な過程なのかもしれません.
 


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