蘇ったハーモニー

 かくも懐かしさと感動に満ち溢れた再会が,私の今までの人生であったでしょうか?!
先週の土曜日,私が大学時代に所属していた合唱団の,実に30年ぶりの同窓会があり,参加してきました.

 私は大学時代,学生合唱団のメンバーとして活動していました.私の所属していた合唱団は,岐阜大学医学部(Medical),付属看護学校(Nurse),東海女子短期大学(のち東海女子大学)(Tokai)という,近隣の3校の学生が集まってできた合唱団でした.
 その名もそれぞれの頭文字をとってメヌート(Menuto)混声合唱団という名前で,私が入部した15年以上前に設立されました.

 以前のブログにも書きましたが,合唱経験など特にない私がこの合唱団に入ったのは,もちろん歌うことが好きだったということではありますが,若い女の子がたくさんいるという不純な?動機も手伝ったことは否定できません(笑).

 ただ,子供の頃からエレクトーンなるものをやっていたおかげで,楽譜は難なく読め,曲を耳コピーしたり和音をつけたりすることもできたので重宝がられ,2年生の時にはパートリーダーに,3年生の時には指揮者の1人となり,4年生ではチーフコンダクター(主任指揮者)として皆を率いる立場となりました.

 合唱の素晴らしさ,楽しさは,この合唱団で身を以て知ることができました.よく「人の声は最高の楽器」といわれますが,美しいハーモニーが通常の楽器では決して出すことのできない豊かな情感を醸し出し出すと,身震いするような感動を体験したものでした.

 合唱団は総勢50人近くのメンバーで,毎年秋の定期演奏会を大きな目標として,週数回の練習に加え,春や夏には数日間の合宿を行い,朝から晩まで声がでなくなるほど練習しました.
 定期演奏会が終わった後の打ち上げコンパでは,それまでの苦労をねぎらいながら皆で朝まで飲み,語りあったのも懐かしい思い出です.

 飲み会の後などで,持ち歌をいろいろ大声で歌いながら皆で街中を歩きながら帰った時は,きっと近所迷惑だったとは思いますが(笑),心から仲間達との絆を感じたものです.
 
 昨年から私のいたころのメンバーを中心とする同窓会が卒後初めて開催され,今年は私も初めて参加しました.みないい年をした中年の紳士淑女になっていましたが,この時ばかりはまさに30年前の学生時代にタイムスリップしたようで,懐かしい思い出話に花が咲きました.当時我々を指導してくださったプロの声楽家である永田昌彦先生も参加されておられ,齢70歳になっておられた先生は,あの頃同様とてもお元気でした.

 そしてシベリウス作曲の「我が祖国」や,「戦人」など,馴染みの持ち歌をあのころに戻って全員で歌った時は,あの頃の楽しかった思い出が走馬灯のように思い出され,涙腺が緩みそうにさえなりました.

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので,皆で名残を惜しみつつ,来年の再会を約束してお開きとなりました.

 仕事や雑事に忙殺されてしまいがちな毎日ですが,この日は私にとって最高の心のオアシスとなった1日でした.

  


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私の断捨離

私の毎朝の仕事は,クリニック階下のロビーにあるメールボックスを開けることから始まります.

そこで目にするのは大量の郵便物の山…
 他院からの紹介状や保険・介護・生活保護関係などの診療に必要な書類はもちろんのこと,医師会や所属学会からの雑誌や刊行物や種々の書類,製薬会社・医療機器などの会社からの薬剤情報や宣伝広告や会合のお知らせ,光熱費や家賃の請求書,ビルの清掃や避難訓練などのお知らせ,入居している芸術センタービルの雑誌,薬剤や物品の卸さん・通販・ホームページ・看板・セキュリティ会社・給水器の会社・放射線バッジ・ごみ処理などクリニックに関係している様々な会社からの請求書やお知らせ,国保や社保といった診療報酬関係の書類,そして開業医というだけで頼みもしないのに送ってくる,週刊誌や雑誌への有料広告のお誘い,求人関係,ゴルフコースや別荘・投資用マンション・時には絵画や骨とう品のダイレクトメールまで,実に様々です.

 その上,これまた毎日のようにさまざまな文書がファックスや電子メールで送りつけられてくるという有様です.

 とにかくこういったものが,少し目を離したすきにどんどんたまっていくわけで,その中か必要なものだけを選び,残りはシュレッダーやごみ箱行きとするわけですが,年月を経るにつれてこの作業がどんどん多くなってきました.
 
 その上,電子カルテやデジタルレントゲンシステムに多大なる恩恵を被ってはいるものの,紙の形で送られてくる紹介状や患者さんが持ってきた書類は,何も手を加えなければそのまま紙の形で残ってしまい,最近はその量も膨大なものとなってきました.
 
 最近,この作業を助けてくれる強力な助っ人を導入しました.高速スキャンニング装置で,1分間に20枚以上もスキャンしてパソコンに取り込み,ペーパーレス化してくれます.今はこの助っ人をフル回転させてカルテや私の部屋の「スッキリ化」を進めるのが私のマイブームっとなっています(笑)
 そうはいっても手間と時間をとられることには変わりなく,もう少しなんとか省力化できないかと思案しているところです.

 ところで,ここ数年「断捨離」ということばが流行っています.これは文字通りの意味は,不要なものを断ち,捨て、執着から離れることを目指す整理法ということのようですが,むしろこの作業によって心の中を整理したり,気持ちを入れ替えて新しい人生を踏み出したりするといった精神的な効用の点で注目されているようです.

 私もたまりにたまった書類や物品を思い切って整理するときは,いつもそんな気持ちになります.

 元来,私は不要になったものを長くおいておくのはあまり好きではなく,不要だと思うもの,まず使わないだろうと思うものは,どんどん捨ててしまうのが信条で,それに一種の快感?さえ感じます.いってみれば,私にとって断捨離は何も目新しいことではなく,重要なもの,本当に必要なものを残すための消去法なのです.
 この点は,なんでもとっておく傾向にあるかみさんとは正反対の点で,ときどき夫婦喧嘩のもとになりますし,家の中で何かがなくなると,大抵私が疑われる羽目になるわけです(笑)
 
 確かにこの方法は諸刃の剣の側面もあり,たまに間違って本来取っておくべきものを捨ててしまい,後悔することもあります.
 でもいったん破棄してしまった後ではどうあがいてもどうしようもないわけですから,諦めがつくのも早く,無駄な労力がいらない,というわけです(ちょっと,独りよがりな解釈かな?(笑)).

 時々断捨離をすると,汚れた心が洗われたような気持ちになってすっきりし,明日への新たなる決意さえ湧いてくるから不思議なものです.

 物質文明全盛の時代,身の回りにはありとあらゆる物や情報が次々と出ては巷にあふれ,私たちは常にそれに踊らされています.
 その中から本当に価値あるもの,自分にとって必要なものだけを選ぶのは大変難しくなっています.

 開業してからは,私もそれを意識するようになり,衣食住に関するものでも,少しくらい高価でも,なるべく長く愛用できるものを買うようにしています.

 ちなみに断捨離の考え方は,目に見える“もの”を片付ける時のみならず,何かを行おうとするときの意思決定にも働いていることに気付きました.
 つまり,行動に複数の選択肢があって迷うとき,まず絶対にありえないものから順に外して,最期に残ったものを選ぶといことです.

 それから断捨離は,大げさかもしれませんが,人生を楽しく生きる規範にもなるのではないかと思います.
 人生経験自体を消すことはできませんし,すべてが人生の糧にはなるのが理想なのでしょうが,それでも思い出したくないほど辛かったことや苦しかったことを記憶の引き出しの中から断捨離できれば,より前向きな人生が送れるかもしれません.

 こんなエラそうなことを言っている私ですが,自分が断捨離されるようなことにだけはなりたくないなあ,と思う毎日です(笑).