Dr.OHKADO's Blog

. 受け継がれる想い

 先日の土曜日の診療後,私はクリニックの看護師のNさんと,神戸市須磨区に住んでおられる,あるご婦人を訪ねました.
 彼女は,かつて私の患者さんであり,かつNさんの恩師ともいえる故I さんの奥様でした.I さんの突然の訃報から既に1年半,私にとってもNさんにとっても忘れることのできない彼の遺影に,いつかは線香を手向けたいと思ってはいましたが,ようやく実現しました.

 I さんは生前,ある学習塾の塾長でした.塾ですからもちろん勉学を教えるのですが,普通の塾と違うのは,成績が悪い子だけでなく,少し世間からはずれた子,家庭の事情が複雑な子たちを集めて,教科書の勉強だけでなく,逆境にめげず目標に向かって全力で頑張る精神,そしてそれを達成したときの喜びを,塾長であるI さん自らが体当たりして教える,いわば人間道場でもありました.
 まさに熱血教師であったI さんは,何事においてもあきらめない,頑張る自分の姿を見せることこそが教育の原点であると考えていました.

 事実,この塾からは,通常ならば入塾前にはとても無理だと二の足を踏んでしまいそうな学校に,逆境を乗り越えた多くの生徒が進学していました.そしてこの塾出身の多くの人々は,Nさんも含めてI さんを生涯の恩師とさえ感じているのです.

 しかし,エネルギッシュで頑強に見えた彼の身体は,不摂生もたたってか,実のところ大変な病に蝕まれていました.大量のインスリン注射を必要とするほどの糖尿病と,それに起因した重度の虚血性心疾患でした.

 彼はもちろん自分の病気については承知していたと思います.しかしそんな満身創痍の身体でも,決して子供たちに弱音を吐かなかった.子供たちは自分の姿を見て学んでいる,だから自分が負けたら彼らに示しがつかない.病気や逆境を乗り越える姿を見せることでこそ,彼等に自分の思いを訴えることが出来る…, I さんの教育は,まさに自分の身を削って子供たちにぶつかっていくことだったのです.だから彼は,こんな身体でトライアスロンさえ完走してみせたのです.

 看護師のNさんは,そんなIさんの教え子でした.家庭の事情などで将来に希望の持てなかったNさんに,看護の道に進む道しるべとなってくれたのでした.彼女にとってI さんは,まさに唯一無二の恩師だったのです.

 しかしそんなI さんもやはり病魔には勝てず,とうとう7年前に神戸労災病院に入院,それが私とI さんとの出会いでした.心臓は重症の冠動脈三枝病変でもはや外科手術しか治療方法がなく,私は主治医として満を持して冠動脈バイパス手術をさせていただきました.
 もともと非常にバイタリティのあったI さんの術後の回復はめざましいものがありましたが,入院患者さんとしては決して優等生ではありませんでした.
 とにかく口を開けば塾のことばかり,自分がいないと生徒たちが困る,だから一日も早く退院したいと無理ばかり言って私たちを困らせました.完璧な状態で無事退院していただくことこそが最重要と,医師としてはごく当たり前の考え方しか出来なかった当時の私には,その塾が彼や生徒たちにとってどれほど大切なものなのかなど,知る由もありませんでした.
 当時は奥様も私に向かって「先生,いつも主人は悪い患者さんで申し訳ありません.でもね,塾だけが彼の生き甲斐なんです.私や息子たちが何と言ったって聞き入れないんですよ(笑)」と苦笑されることしばしばでした.
 
 案の定,せっかく退院されたのも束の間,無理がたたり,MRSA縦隔炎という重篤な合併症を引き起こしてしまい再入院,一時は命さえ危ぶまれました.今回ばかりはなんとしてでも完治するまで退院は無理ですとお話しし,彼も忸怩たる思いだったとは思いますが,なんとこの時も奇跡的に助かり,無事退院されました.
  
 ただ心機能(心臓の収縮力)は健常人の3割以下で,糖尿病も大量のインスリン注射を必要としており,通常の日常生活ならともかく,とてもではありませんが無理はできないと思われました.

 それでもそんなことを気にするようなI さんではなく,退院翌日からすぐに仕事に戻り,以前と変わらぬ熱血先生ぶりを発揮していたのです.

 ありがたいことに私が神戸労災病院を辞して開業した後も,I さんは私を主治医と仰いでクリニックの方に通院して下さっていました.
 
 そして人生とは本当に面白いもので,I さんは当院の診察室で,かつて自分の教え子だったNさんとの偶然の再開となったのです.診察室で再会を果たしたときの二人の驚き様は忘れられません.I さんは,自分の教え子であるNさんの看護師姿を見て,「○ちゃん(Nさんの愛称)も立派になったなあ!」と目を細めて喜んでいました.

 I さんは相変わらず生活のほとんどを塾のために捧げていました.体調も自分としてはすこぶるよいと述べられてはいましたが,実のところは心機能も糖尿病のコントロールも決して良好とはいえず,無理を重ねれば不整脈や心不全を併発することは容易に想像できました.

 それでも彼に節制を強いることは彼の生き様そのものを否定するのと同じで,それにそんな忠告など聞き入れるI さんではなく,私も苦笑しながら彼の好きなようにしてもらっていたというのが,正直なところでした.

 しかし,やはり運命の日は予想を裏切らず到来したのです. 

 ある日,いつもは子育ても家事も奥さんに任せっぱなし,家庭のことなど全く振り向きもしなかったI さんが,珍しく奥様を市内の某美術館でやっている絵画展に誘ったそうです.
 その道中の車内で,奥様はI さんから「いつも色々ありがとうネ…」と今まで聞いたこともないような優しい感謝の言葉をかけられ,びっくりしたそうです.しかしその言葉が,元気な時のIさんの最期の言葉になろうことなど,知る由もありませんでした.

 美術館からの帰り道,泳ぐのが好きだったI さんは,「ちょっとプールでひと泳ぎしてくる」といって車を降り,奥様も「あまり無理しないでネ」といって見送ってから自宅に向かったのです.
 
 市内のある総合病院から突然の電話を受けたのは,彼女が自宅に戻った直後でした.
I さんはプールの中で突然心室細動を起こして心肺停止となり緊急搬送,心肺蘇生を受けて奇跡的に助かりましたが,集中治療室で奥様が対面したのは,既に意識もなく,人工呼吸器につながれた,変わり果てた姿のI さんでした.
  
 それでもI さんは心臓手術の時と同様,今回も周囲が驚くほどの回復を見せ,なんと意識も少しずつ戻ってきたのです.そして全身状態も安定した頃,リハビリも兼ねて市内のある小さな病院に転院となりました.

 転院後しばらくして,私はNさんとともにその病院にI さんを見舞いに行きました.

 街中にあるその古い病院の病室は,無機質な壁や天井と暗い照明に加えて採光も悪く,窓から見えるのは隣のビルの壁ばかり…,正直言って入院患者さんたちにとっては気分が滅入ってしまうであろうような部屋でした. 
 人工呼吸器につながれてベッドに臥床していたI さんは,軽度の半身麻痺や片目の視力障害はあるものの,かなり意識がもどっていました.
 気管切開しているため声は出ませんでしたが,私たちのこともしっかり理解され,涙を出して喜んで下さいました.しかし彼の精悍だった身体や手足は闘病生活ですっかりやせほそり,私たちの涙を誘いました.
 Nさんが涙をぬぐいながら,「おおかど先生も来てくださいましたよ,塾長!」と励ますようにいうと,I さんは私の手をしっかり握り,何か必死に話そうとしているようでした.その時彼が何を言おうとしていたのかは判りませんでしたが,今回もきっと復活することを誓っていたに違いありません.

 しかしさすがのI さんも,その後再び自分の脚で歩いて退院することはかなわず,昨年の3月,突然の心室細動を起こしてとうとう帰らぬ人となりました.

 奥様は夫の思い出を語りながら,一度でいいから外に連れ出して青空を見せてあげたかった,あわよくば人工呼吸器をつけたままでも自宅に帰らせてあげたかった,とおっしゃっておられました.しかしその反面,亡くなるまでの1年ほど,毎日の様に病院に通って夫に食事を食べさせ,それまでの何十年分もの話しをすることができた,皮肉にもそんなことはそれまで一度もなかった,とも話されているのが印象的でした.

 I さんは50代半ばという働き盛りで病に倒れ,人生に終止符を打たれました.まだまだ道半ばであり,さぞ無念であったでしょう.人生とは儚いもの,そしてむごいものだとさえ思います.
 それでも私は,病に倒れてからのI さんの頑張りには本当に頭が下がる思いで一杯です.

 初回の手術からも,重篤な合併症からも,そして心肺停止からさえも奇跡的に助かり,最後には意識さえ戻ったのは,もう一度奥様やご家族に,そして教え子たちに会いたい,というI さんの一途な執念がなし得た業だった,そしてこの頑張りを見せたことこそがIさんの教育そのものだったと思うのです.

 教育現場の崩壊さえ叫ばれる昨今,I さんのようにバイタリティのある,生徒に体当たりでぶつかっていく教師がいったいどれほどいるでしょうか?I さんの死は,社会にとっても大きな損失だといっても過言ではないとさえ感じます.それでも彼の教育,彼の生き様は,この塾で学んだ生徒のみならず,私を含めた多くの人々の心の奥に残ることでしょう.

 I さんのご冥福をお祈りいたします.

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. 言葉の重み

  最近は政治家の失言,それに続くマスコミや野党からの虐めともいえるほどのバッシング,そして最終的には発言の内容自体の吟味は置き去りにされ,党利党略が絡んでの辞任というお決まりのパターンが珍しくなく,国民も白けてしまって驚きさえしなくなってしまいました.
  
  人間,それなりの地位に立てばその発する言葉には重みがあり,おのずから慎重に発言しなければならないというのは確かです.
  そして視聴率を稼ぐことばかりに躍起になっているマスコミや,政権奪回にしか興味のない野党が,ほんのちょっと言葉でさえも重箱の隅をつつくように大げさに取りあげ,格好の批判材料にしてしまうという昨今の悪しき風潮も糾弾されるべきでしょう.

  そうではあっても,国会における最近の政治家の答弁などを聞いていると,どうしていつも,官僚の用意したQ&A集を棒読みするような無機質なものの言い方しかできないのか?と感じます.相手の目を見ることもなく,何の迫力も感情も熱意もこもっていないその言葉には,「言霊」が宿っているとは到底思えません.
  本当に心底からの願いや訴えを吐露する気持ちがあるならば,多くの先人がその演説で聴衆を魅了したように,たとえ流暢でなくてもよい,切々と,そして時には高揚した気持ちで,熱く自分の思いを訴えかけることこそ大事ではないでしょうか?

  ところで医療従事者もこの「言葉の重み」というものを意識しなければならない最たる職業でしょう.特に開業してからはそれをますます強く感じています. 

  勤務医時代はただの被雇用者ですから,正直言って野放図で無責任な発言も許された.それは良くも悪しくも,病院という大きな組織が守ってくれているという甘えがあったからです.

  しかし一零細クリニックには病院のようなブランド力はありません.私という医師やスタッフの人間力が全てです.ですから言葉の重みを感じるのは勤務医のときとは比較になりません.

   私は以前から,若い医師にまず必要な3つの力は体力,語学力,IT力だといってきましたが,ここに敢えてもうひとつ加えるとすると,それは「説明力」ではないかと思います.
  ここでいう「説明力」というのは,病気や治療のことをただ機械的に説明するだけではなく,患者さんとの間に良好な信頼関係を醸成し,その上で真摯に,心から彼らに向き合っていくという姿勢だと考えます.
  
  医療従事者の発する言葉は,患者さん個々の性格や置かれている状況によってその種類を選ばないと,とんでもない誤解を招くことがあることは,四半世紀に及ぶ医師生活の中でいやというほど知りました.
  たとえば患者さんが不安を訴えているときに安心させようとして「大丈夫ですよ」ということが多々あります.大半の患者さんはそれで,「先生に言われて安心しました」と喜んでくれるのですが,ただモノトーンな言い方をすると,中には逆に「不安な私の気持ちをわかってくれない」という方もおられます.
  また,時には治療のために彼らにとっては耳の痛い,聞かされたくないことを言葉にしなければならないことも多々ある.
 いいかえれば,どんな検査や治療よりも,われわれの言葉ひとつで病状が左右されることさえあるといっても過言ではないといえるでしょう.

  最近の若い人たちはどうでしょうか?
  テレビや携帯,パソコンのあまねく普及した社会にドップリつかっている彼らは,バーチャルな世界にばかり身をおくことに慣れてしまい,人間同士の直接の触れ合いがまともにできない.情報過多がゆえに悪い意味で妙に物知りになってしまっていはいるが,挫折や失敗を恐れ冒険をすることもしない.だから全てに対して妙に白けている.
  昔の青春ドラマの熱血教師ではありませんが,自分から何かを「熱く語る」などということもできず,そういったこと自体「ダサい」こととして軽蔑さえするわけです. 

  でも,そんな偏見を払拭できた嬉しい経験もありました.
  神戸労災病院で医局長として研修医たちと接していた時,飲み会で彼等に,アルコールの勢いも手伝って医療や医学教育の話などを「熱く」語ってしまったことがあります.私はあとから「あいつらもさぞ鬱陶しかったやろなあ」などと反省しましたが,その後彼らの何人かから,今まで自分たちにこんなに情熱的に語ってくれた人はいなかった,嬉しかったといわれました.私の送別会では,研修医全員がそんな思いをこめて寄せ書きしてくれた色紙をもらった時は,本当にうれしかったのを覚えています.
  そのとき私は,彼らはきっといい医師たちに育っていくだろうなと感じました.

  どんな美辞麗句よりも,朴訥でもよい,そこに熱意や魂のこもった言葉こそがその重みを持ち,「言霊」を発せられるのだと感じています.
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
ご意見下さい.

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