Dr.OHKADO's Blog

. 一病息災のすすめ

 「無病息災」という言葉があります.辞書をひくと,「病気をせず,健康であること」と書いています.人間にとって一生そうであれば,これほど理想的な状態はないでしょう.一方「一病息災」という言葉もあります.これは,「ちょっとした病気のある人のほうが身体に注意するので、健康な人よりもかえって長生きするということ」だそうです.

  よく健康に自信のある人が,「わては生まれてこのかた病気ひとつしたことありまへんネン」というようなことを言われたり,「わては胃だけはじょうぶなんですヮ」というようなことを誇らしげに言われます.
 さらには,「わしは酒も毎日一升は飲むし,タバコも10代の頃からずっと1日40本以上吸ってきたで.そやけどな,全然どうもないヮ,身体は元気そのものやで!」なんていう人までいます.

 これが事実なら,これはこれで大変素晴らしいことだと思います.でもよく考えると,正直これほど当てにならない言葉はありません.実際こういった言葉を聞くと,「ホンマかいな?」と思ってしまいます.

 人間の平均寿命はどんどん延びていまや日本人のそれは男女とも世界一,女性のそれは近いうちに90歳を超えるであろうとさえいわれています.それにつれ,健康寿命も延びているとのこと,超高齢社会になりつつある今の日本,とにかく元気な高齢者がいかに多いことか!

 しかし,たとえそうではあっても,どんな人でも死ぬ直前まで全く健康ということはない,なぜなら突然の事故や自殺でない限り,老衰も含めて人間はかならず何らかの病気に罹患して死ぬからです.
 
 若い時は,仕事でも遊びでもどんなに無理をして疲労困憊しても一晩眠れば回復しますし,どんなに深酒をしても翌日には残らない.私自身も大学生の頃は友人後輩と朝まで一升瓶を開けてしまうほど飲んでも,明け方に勉強して午前中の試験を受けてちゃんと合格?していましたし,医師になってからも,徹夜で十時間以上の手術をするなど日常茶飯事でしたが,翌日も普通に仕事をしていました.
  
  でも年齢が行くとそうは行きません.どんなに自分が健康だと思っていても,長年酷使してきた身体は少しずつどこかしらガタが来ていて,入念なメンテナンスが必要になってくる.もちろん癌をはじめとした疾病の確率も着実に増えてくる.
 
  だから,「胃だけは丈夫」なんていってもそこには何の根拠もなく,胃がんにならないという保証はなにもないし,「病気ひとつしたことない」などとといっても,それはそれまでがラッキーだっただけで,知らない間にとんでもない状態になっていることだってあるわけです.

  ちょっとした怪我で受診された中年の患者さんの血圧をたまたま測ると,なんと180もある!びっくりして本人に訊くと,血圧が高いなんて一度も言われたことはないし,自分は昔から身体だけは丈夫で風邪ひとつ引いたことがないとのこと.でもさらによくよく訊くと,要するに健康診断など受けたこともないから血圧なんか測ったこともない,というのです.そこで本人を説得して血液検査をすると,立派な高脂血症に重度の糖尿病!そういえば最近少し咽喉が乾きやすく,体重も減ってきたとのこと!「あんた,そりゃもう待ったなしの状態やで!」と言いたくなります.
  つまり病気ひとつしたことがないのではなくて,本人が気づかなかっただけなのです.

  でもこんな例は枚挙にいとまがありませんし,冷静になって考えればなんら不思議ではないことなのです.どんなに高性能の電化製品であっても長年使えば必ずどこかが故障しますし,自動車などはそれを見越して車検というメンテナンスが義務付けられていることを考えれば,この世で最も精巧に作られた「人間」という機械とて,同じことなわけです.

  もちろん,身体のメンテナンスなどしなくても.そして万が一生命にかかわるような病気になってしまっても,本人がそれを天命と思えるのであればそれでかまわないと思います.
  現に医学が進歩していなかったほんの100年くらいまではそれが普通で,人間の平均寿命も50歳くらいだったわけです.

  しかし現代社会では,驚異的に進歩した医学や公衆衛生,行き届いた社会インフラのおかげで,幸か不幸か私たちはそう簡単には死ねなくなっているのです.それがいいことか悪いことかは別としても,とにかく人生80年を生きながらえなくてはならない,  

  その上,あまりに複雑かつ多様化した現代社会は,江戸時代などとは比べられないほど体感時間が短くなっているようです.時の流れが悠久だったいにしえの時代とは異なり,現代人にとってはやはり50年という人生ではあまりにも短い.「ワシは太く短く生きるからいつ死んでもエエねん」なんて偉そうなことを言っている人も,本心から生に対する執着を捨て切れているとは思えません.

  言い換えれば現代に生きる我々は,望む望まないにかかわらず,80年という人生を生きるという宿命を負わされているともいえるでしょう.

  そうであるならば,病気に悩まされる人生より,少しでも健康な人生を送った方が楽しい.

  そしてそのためには,結果的には無病息災がいいに決まっているとはいえ,やっぱりひとつくらい命にかかわらない病気を持って,たまには自分の健康を気にして医療機関のお世話になるくらいのほうが,かえって健康な人生を送れるのではないかと思わざるを得ません.
 
 一病息災,これこそが長い老後を健康に生きるキーワードかもしれません.
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. ほろ苦い達成感

 9月11日の日曜日,大阪中央体育館で合気道三段の昇段審査を受けてきました.合気道を初めてかれこれ12年になりますが,5年ほど前になんとか二段をいただき,その後は三段を目指してきました.

 特にここ数カ月は家庭も顧みず?(笑)かみさんや娘たちに呆れられながら,日曜のみならず平日も稽古にいそしんで,ようやくむかえた審査でした.

 合気道にはいくつかの流派がありますが,私のやっている心身統一合気道も他の流派と同様に数百もの技があります.段位の審査ではあらかじめその中から選んできたいくつかの技を披露し,技術面はもちろんのこと,なんといってもこれが重要なのですが,技を行う時に「気」が出ているかどうか,つまり「やらせ」ではなく,本当に技が効いているかどうか,が重要な採点要素となり,そのレベルも段位が上がるほど厳しくなります.

 段位があがるほど採点対象の技の数も増え,三段では,通常の組技が35種(横面打ち,片手取り,後ろ手首取り,胸突き,正面打ち,短刀取り,太刀取り.「受け」が行うこれらの攻撃に対して,それぞれ5種類ずつの違う技で「投げ」る),体技(組技の型),剣技・杖技各2種(剣や杖を使った型),多人数がけ(5人が同時にかかってくるのをさばく)と続き,まさに気力と体力勝負です.組技はあらかじめ順番を決めておいてよい,というより決めておかないと本番では緊張して失敗してしまいますので決めておきます.

 さて審査本番…,この日に向けて十分に稽古を積んできたつもりでしたが,「道場には魔物が住んでいる」とでもいうのでしょうか,審査員の見守る中,「受け」をやってくれるNさんと礼をして向かい合い,組技を始めたとたんに,大事な技を抜かしてしまい,頭が真っ白になってしまいました.二段までは多少間違っても大丈夫なのですが,三段では間違うとほぼ100%落ちるといわれていましたので,なおさらでした.

 しかしそうはいっても「待った」をしてやり直すわけにもいかず,とにかく「気」を切らさないように,もう順番にこだわらず,予定していなかった技も含めて柔軟に?対処,Nさんの臨機応変な機転もすばらしく,きれいに「受け」てくれ,なんとか終了しました. 
 それでも終わったあとは,今まで何をやってきたんだという後悔の念ばかりで,やりなおせるものならそうしたいと思うもののそれもかなわず,茫然自失の状態でした.先日の世界陸上で世界中の期待を背負って出場したのに,フライングであっさり失格になってしまった男子100mの世界記録保持者,ボルトもこんな気分だったのかなあ,などと感じながら….

 しかし審査結果は,条件付きではありますが,なんと,なんと!合格でした!
その条件とは,剣技・杖技のみもう一度2か月ほど練習して,今回の試験を統括している大阪本部に出向きもういちど見せるようにというものでした.私のような条件付きの合格は,初段,ニ段の受験者にも何人かいました.
 
 100%間違いなく不合格と確信,来年リベンジしたいとはいえ,モチベーションが上がらないだろうなあなどと思っていただけに,この意外な結果に驚くと同時に,心から安堵しました.審査員が私の間違いに気づいていないわけはないとは思いますが,おそらく「気」を切らさずに最後までやり遂げたことを評価してくれ,おまけで合格させてくれたのかもしれません.

 でもせっかくいただいた段位ですから,これに恥じないように今後も精進したいと思います.
 
 なお,合格の知らせにはかみさんもうちのスタッフも皆喜んでくれましたが,かみさんいわく,「合気道そんだけやっているのに,その落ち着きのなさはどうして??」とのこと,これには返す言葉もありません(笑)

 
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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