Dr.OHKADO's Blog

. 患者さん中心の医療って?

 先週土曜日は診療の後,神戸国際会議場で開催された日本循環器学会近畿地方会に出席してきました.久しぶりの学会出席で,ほんのひとときですがアカデミックな雰囲気に浸れました.

 勤務医時代はよく学会で全国あちこちに行きました.同僚に代診を頼むことも可能でしたし,自分の発表があれば大手を振って出かけられました.学会は,普段なかなか会えない友人や先輩後輩と会える社交場でもあり,夜の街に繰り出して旧交を温めながらその土地のおいしいものに舌鼓を打ったり,観光に行くのも楽しみでした.

 開業してからは簡単に休診にするわけにもいかず,遠方で行われるような学会に出席するのはなかなか困難です.それでも我々医師にとって日進月歩の医学知識をブラッシュアップすることは必須で,近隣で行われる学会や研究会には出来るだけ参加するようにしています.

 ところで,よく医療は「患者さん中心」とか「患者さん本位」であるべきとか言われます.

 私は開業したころ,とても流行っているある先輩開業医に,患者さんの数を増やすコツはただひとつ,「患者さんの希望通りにすることだよ.」と言われたことがあります.患者さんが点滴をしてくれと言えばあまり意味がないと思っても行い,こんな薬がほしいと言われればよほど問題がなければ処方し,逆に薬を飲みたくないと言われれば必要とは思っても無理に投与しない,血圧が明らかに高くても,症状がないし副作用が怖いと言われれば薬は投与しない,レントゲンを撮ってほしいといえば不必要と思っても撮る……というわけです.

 当時開業したての私は,開業医とはそんなものなのかと思って,ただ訊いているだけでした.

 確かにその方がなるほど患者さんは喜び,医療機関も儲かるかもしれません.
 でも思うのです,本当にそれが患者さんのためになるのか?医療とはそんなものなのか?アカデミズムは必要ないのか?それならば,そもそも医師が診療する意味がどこにあるのか? 医療が患者さんの希望通りの医療を行う手続きだけの行為であるならば,別に医師でなくても,看護師や,極論をいえば医療従事者以外でもよいのではないか…??

 私は,患者さん中心の医療とは,患者さんの希望を,それが患者さんの利益になるのであれば可能な限りかなえようとすることではあっても.理不尽なことや我儘さえも聞くということではないと思うのです.
 つまり病気をなおしたい,健康を維持したいというのであれば,やはり自分の状態をよく理解し,間違った医学知識に惑わされず,ある程度耐えるところは耐え,時には嫌なことでも実行していただければならないでしょう.

 もちろんそのためには医師は日頃からよく勉強し,患者さんとの間に良好な信頼関係が醸成されていることが前提であるのは言うまでもありません.治療や検査の必要性,逆に不要性など,やはりきちんとした説明は必要です.せっかく忙しい時間を縫って学会に出席して知識や技術を磨いてきても,それを日常の医療に生かすことができなければ何の意味もないからです.

 たとえば高血圧の治療には,今や自宅で血圧を自己測定することは常識であり,学会のガイドラインでも決められています.昔のようにただ診察室で血圧を測定して高ければ薬を出す,ということでは通用しません.

 もちろん自己測定など面倒ですし,それほど高価ではないとはいえ,血圧計を購入していただくのは気が引けることもあります.それにガイドラインなどあくまで原則であり,実際の日常臨床では患者さん個々の年齢,生活状態,理解力などにより,違った対応をしなければならないのは当然です.

 また,たとえばある点滴や薬があまり意味がなくても,せっかく希望しているのに原則だけを振りかざしてお断りするのもお気の毒で,プラセボ効果も期待できないわけではないので,できるだけ患者さんの希望通りにさせていただいているというのが現実です.
 勤務医時代も,手術後とっくに退院可能になっていても,家族の都合が悪いからとか,自宅が山の方で寒いからとか,そんな個人的な理由で意味のない「社会的入院」を許している場合もしょっちゅうありました.

 こんなことを可能たらしめている,医療費の極端に高い米国などでは信じ難いような日本の医療保険制度も今や破たん寸前というのは,「患者さん中心」という文言を曲解して,不要な検査や投薬や入院を野放しにしてきたつけが回ってきたことも一因であることは否めません. 

 そうはいっても,地域に根差した医療を提供するという使命を帯びたクリニックにとっては,保険制度の行く末云々よりも,やはり目の前にいる患者さんにいかに満足していただけるかということを優先するというのが正直なところです.ただせっかく診療させていただくのですから,少しでもアカデミズムを失わず,最新最良の医療を提供できるようにしていきたいとは思います.
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. オーラを浴びて

 6月ももう半ば近くとなり,梅雨が明ければいよいよ夏の到来ですが,今の日本は東日本大震災による福島原発事故がきっかけになった電力不足の話題で持ちきりです.昨夏の記録的な猛暑では高齢者を中心として多くの人々が熱射病で亡くなったこと考えると,今年の夏はいったいどんな悲惨なことになるのか,非常に不安です.

 先日,六甲学院時代からの友人のT君が,一部上場企業の会社の社長に就任したというビッグニュースがありました.理科や数学の得意だった彼は,大学卒業後にある大企業に就職しましたが,20年近く前に同僚たちとともに思い切って起業ました.そして,ゲームソフトなどに使われるLSIを作る会社として,今や押しも押されぬ有名IT企業に成長しましたが,今回ついに新社長に抜擢されたというわけです.このことは新聞でも報道されました.

 先日,共通の友人夫婦とともに,彼の家で開かれた小さな食事会に夫婦ともども招待されました.立派な邸宅と高級な調度類,高級車,オーディオマニアの彼らしい,映画館顔負けの巨大なシアタールームなどに驚きの連続でした.それでも成り上がりの金持ちにありがちな華美さや俗っぽさは微塵もなく,控えめな彼の人柄と,内助の功を余すところなく出している,これまた謙虚な奥様の姿をみてむしろ感動してしまい,同級生として彼の成功を心から祝うことが出来ました.そして,私にとって何よりもよかったのは,人生の成功者のオーラをたっぷりもらったことです.

 私のクリニックは比較的場所柄がいいということもあり,多くの会社経営者や役員,大学教授といった肩書の方々も訪れます.彼らは立場上はもちろん患者さんなのですが,診療中にいろいろな話をお聞きして人生勉強をさせていただくことも多く,またなんといってもある種のオーラをもらうことができます.

 一般の庶民と変わらないはずの彼らから,どうしてオーラのようなものを感じるのかわかりません.肩書を知ってしまうから,ある種のバイアスがかかってしまっているという場合もあるでしょう.でもほとんどの場合は,診察をする時に問診票の職業欄を見ても,細かい肩書を詮索することはしません.それでも長年医者をやっていると,その人のしぐさ,言葉使い,さりげなく身に着けているものなどから,なんとなく違うものを感じることが多く,あとになってその肩書を知って,さもありなんと納得することが多いのです.
 有名な俳優やスポーツ選手と間近に接すると,ほとばしるようなオーラを感じるという話をよく聞きますが,納得できる話だと思います.

 紆余曲折した人生を送ってきた私も,3年前に背水の陣で開業したわけですから,そういった人々からもらったオーラをエネルギーとして,今後もさらにいっそうクリニックを発展させ,私や家族はもちろん,働くスタッフ,訪れる患者さんたちみんなが幸せになれるような場所にしたいと思います. 
 
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
ご意見下さい.

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