Dr.OHKADO's Blog

. 命紡ぐ糸結び

 私は長年外科医として多くの手術に関わってきました.一般の人々には,手術というと極めて高度な医療技術という印象があるようです.もちろんどの手術も本を読めばすぐできるような簡単なものではありませんが,どんなに複雑な手術ではあっても,手術の手技そのものは,つまるところ切離(切ること)と縫合(縫うこと)と結紮(けっさつ:糸結び)の繰り返しです.

 この中でも,特に「結紮=糸結び」という手技は一番地味ではあるものの極めて重要で,実はこの巧拙が患者さんの運命を左右する場合さえあります.結紮の方法にも男結び,女結び,外科結び,片手結びなど種々あり,これらを駆使して決して緩まない結び目を作ることこそが極意でした.
 熟達した外科医が結紮をする手の動きは,見ていて芸術的といえるほど美しいものです.よくテレビドラマで手術の場面が出てきますが,結紮の手つきをみれば,素人すなわち俳優が演技をしているのか,手元だけプロすなわち本物の外科医が代役をやっているかがすぐ判ってしまいます.

 研修医になったばかりの頃は,手術に助手として手洗いできるだけで幸せでした.とはいっても新米の我々に何ができるわけでもなく,先輩には「アシスト(手伝い)なんかできなくてもいいけど,レジスト(反抗)だけはするなよ」などと言われたものでした.だから最初の頃の仕事は,もっぱら結紮でした.とはいえ手術の成否にかかわるような重要な部分を結紮させてもらえるわけではなく,手術の最後に皮膚を閉じる時の結紮が関の山でした.それでも我々にとっては勉強になり,なによりもその手術に自分の足跡を残せたという喜びでいっぱいでした.

 そして少しでも上に認められて次のステップに進めるようになるため,手術室で不要になった糸をもらってきては,暇さえあれば結紮の練習をしました.
 ナースステーションやICUにある椅子の取っ手や点滴台,チューブ類など,結べるところは片っ端から練習台となりました.1本の糸で何回も結紮を繰り返すと,結んだ糸の玉が連なって数珠のようになり,その数珠があちこちに,まるで七夕の短冊のように何本もぶらさがります.また,結紮する部位にいかに余分な力を加えずに結べるかということも重要なので,机の上においた鉛筆やペンをできるだけ動かさないようにして結ぶ練習もしました.

 でも我々がルーズにもそれをいつも捨てずにそのままにしているので,よく看護師さんたちに「もう,先生たちは…!ちゃんと片付けてくださいよ!」と怒られたのも懐かしい思い出です.

 心臓血管外科に転向してからは,結紮の方法もより高度なものを要求されました.胃や腸のように腹腔内にぶら下がるように位置している臓器は,ある程度その位置を手元に移動させて手術操作を行うことができます.しかし心臓や肺は,肋骨や胸骨でできた硬い胸郭の奥深くにしっかり固定されており,臓器自体の位置を動かすことはできません.

 つまり必然的に手術は,さながら深い井戸の中で行うようなものとなります.ですからセッ子やハサミといった手術器具もすべてそれに適した長さや形状のものが開発されており,結紮も奥深くで行うことが要求されます.狭くて深いところに,手の指を可能な限り伸ばして入れて糸を結ぶのですが,何せ相手は血液が常時流れている心臓や血管で,しかも拍動している状況で行うことも要求されます.よって万が一失敗すると組織がちぎれて大出血を起こし,時には死につながることさえ少なくありません.

 また心臓血管外科の手術では,このような理由に加え,ヘパリンという血液凝固を抑える薬剤を使用するため,術中や術後の出血は必然的に多くなります.そのため,術後に出血が止まらず,再び胸を開けて止血することも時々あり,そして残念ながら結紮のまずさが一因のこともあるのも事実です.

 仙台の病院にいたころ,ある患者さんの術後出血があまりにも多いので,手術後2時間くらいしてから手術室に戻りました.果たして問題の出血部位は,切開した左心房の壁の中を走る動脈の断端からでした.これは左心房を閉める時に気づいていればきちんと結紮できていたはずでしたので,それを見逃した私のミスでした.
 幸い患者さんは元気に退院されましたが,おかげで上司のS先生には,「これからこの動脈は先生の名前をとって「おおか動脈」と呼ぶことにしようか(笑)」などと揶揄されてしまいました.

 開業してからは,手術といえばもっぱら下肢静脈瘤の日帰り手術です.手術の規模としては心臓の手術などと比べるべくもないのですが,患者さんにとっては大事な手術であり,しかも日帰りのため帰宅後に出血するというようなことがあってはなりません.したがって血管1本1本を結紮する時も,いつも心残りのないように心をこめて最良の結紮をするように心がけています.
 
 そう,たかが結紮,されど結紮なのです.
 
 
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. 「年のせい」とは言わせない

  5月も半ばをすぎ,青空の広がる暖かい日が続くようになりました.毎日バス通勤をしている私は,以前から健康のため,朝はバス停を3~4個手前で降りて歩くようにしていますが,今の季節はそれがとても気持ちよく,今日一日の活力が湧きます.

 さて,クリニックを訪れる患者さんの中には,他院での治療方針や説明に満足されず,受診される方も少なくありません.
 患者さんたちが訴えられることの多くに,「年のせいといわれた」ということがあります.

 この「年のせい」というセリフは,われわれ医療従事者にとっては極めて便利で使いやすい言葉です.高齢者の方々は長い人生を生きてきた分,当然ながら身体のあちこちにガタがくる.腰や膝が痛い,めまいやふらつきがある,物忘れが多くなった,皮膚が乾燥してかゆい,… 実に様々な訴えをされます.
 しかし忙しい日常診療では,失礼ながらひとつひとつの訴えにいちいち細かく対応していたら,時間がいくらあっても足りない.だからそんな時につい使ってしまうのが「年のせい」というこのセリフというわけです.
 それに「年のせい」であっても何らかの治療なりアドバイスを受けているならばまだしも,大概の場合は,「年のせいやから,まあ我慢してボチボチつきあいなはれ」というような対応が多いようです.

 しかしながら,患者さんたちは,それが「年のせい」であろうがなかろうが,とにかくその症状を何とかしてほしいとして受診されているわけです.にもかかわらずその言葉で片付けられてしまっては,身もふたもない. 
 そもそも中年以降の多くの病気は,突き詰めると加齢により起こるものが多い.昨今激増している認知症にしても,平均寿命が60歳そこそこだった時代にはそんな概念すらなかった,というのもそれ以上生きる人が少なかったからです.ですから平均寿命が90歳近くになった現代社会では,認知症とてある意味「年のせい」といえるでしょうし,中年以降に多発する高血圧,高脂血症,糖尿病のような生活習慣病や,癌とて,突き詰めれば「年のせい」といっても過言ではありません.

 しかし現代医療の目的というものは,結局それら加齢により必然的に起こってくる病気を予防し,治療することです.つまり,年齢を重ねて起こる病気はある意味すべて「年のせい」なのは当然ですが,それをなんとか治療して患者さんを苦しみから救うことがその使命なのだと思います.

 にもかかわらず「年のせい」といとも簡単に「宣告」してしまうというのは,患者さんに最後通牒をつきつけるようなものであり,医療人としては,自分のレベルの低さをさらけ出すようなものです.
 「宣告」された患者さんも「やっぱり年やからしゅあないんですかねェ」と妙に納得せざるを得ない.

 でもそれでは何も始まらない,年のせいだろうがなんだろうが,今こうして生きているわけですから,たとえ加齢は避けられない,そして根治することは困難であるとしても,少しでもそれによる痛み苦しみを和らげてあげる,それこそが医療の神髄だと思うのですが,いかがでしょうか?

 とにかく私のモットーは,決して「年のせい」と言わない,言わせないことです.
そして私個人としても,他人から決して「年のせい」といわれないように,健康増進とアンチエイジングに邁進したいと思っています.
 

. てんやわんやのGW

 ゴールデンウィーク(GW)の後半5月3日~5日には,かみさんと韓国ソウル旅行に出かけてきました.韓国は飛行機で1時間半という近い国ですが,訪れるのは初めてでした.海外に行くときはいつもそうなのですが,今回も少しでも現地の人たちと直接触れ合えればという思いに生来の語学好きが加わって,ほんの少しですがハングルを勉強しておきました.

 今回の旅行では,ソウル随一の繁華街であるミョンドンはもちろん,世界遺産の昌徳宮や韓国ドラマのロケ地を訪れ,ソウル市街を一望できるソウルタワーに登り,種々の韓国料理に舌鼓を打ち,韓国エステや買い物を楽しみました.
 町中にあふれるハングル,ハングル… バスの添乗員さんの説明もろくに聞かずに子供のように目を輝かせてキョロキョロとしてしまっていた私にむかって,かみさんが一言,「遠足なんかでも先生のいうことなんか全然聞かなくて落ち着かず,いっつも叱られてたでしょ」と…まさに図星でした(笑)

 しかしこの旅にはとんでもないおまけが2つもつきました.
 5日の夜,関西国際空港に到着後,事前に空港で借りた海外用携帯電話を返却するために鞄の中を探った私は焦りました.借りた携帯電話がどこにもないのです.この携帯電話は,普段使っている携帯電話のデータカードをそのまま入れて使う方式のため,100件を超えるアドレス帳が入っており,これがないと公私とも非常な不便を強いられることになります.すぐに空港の女性係員の手配で飛行機の座席周辺を調べてくれましたが,ありませんでした.そうなると,韓国出国直前に見たのは確かなので,韓国の空港で落としたとしか考えられませんが,問い合わせは翌日になるとのこと,リムジンバスで帰路についた私は暗澹たる気分でした.

 さらに追い打ちをかけるようなことが起こりました.帰国翌日からさっそく仕事だったのですが,夜中から急にひどい下痢と38℃を超える発熱に見舞われたのです.夜間に何度かトイレにかけこみ,薬を飲んで様子を見たところ,体温はやや下がりましたが,下痢はいっこうにおさまりません.朝になると咽喉の痛みや咳もあり,急性上気道炎(いわゆる風邪)の症状も合併しているようでした.
 もちろん仕事を休むわけにもいかず,薬でなんとか抑え込んで,クリニックにはかみさんに車で送ってもらって出勤しました.スタッフはともかく,患者さんには悟られないようにしたかったのですが,やはり倦怠感と,頻回のトイレで隠し通せる訳もなく,もうさんざんでした.

 5月7日になり,ようやく下痢がおさまり,風邪もときどき咳と痰が出る程度となりました.幸い携帯電話も予想通り韓国の空港で発見されたとのこと,その夕方には自宅に送られてきました.JALはじめ関係者の方々の迅速な対応には頭が下がりました.
 
 それにしても,なぜ下痢になったのか,今食中毒で話題になっているユッケは全く食べなかったのに,韓国料理の何かが当たったのか?いまだに不明です.でもまあ,未知の世界への好奇心を思い切り掻き立てられ,ハングルも少しは理解できるようになり,そして健康と携帯電話のありがたみを知ることができ,有意義なGWだったと前向きにとらえるようにしたいと思います.
 
 さて,来年はどこへ行こうかな?
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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