いつでもエンドルフィンを

 今年も残すところ10日足らずとなってしまいました.クリニックも昨年同様,年末駆け込みで受診される患者さんが増えて多忙です.

 昨日はクリニックの忘年会でした.味の良いことで有名な「きらく」という焼肉屋で,かみさんも含めてスタッフ全員で本当に楽しいひとときを過ごしました.その後は有志で三宮に繰り出して二次会,今日は二日酔いで少し頭が痛いですが,楽しい時間を過ごせた後の心地よい疲れは決して嫌いではありません.

 さて,今年は俳優の藤田まこと,女優の池内淳子,作家の立松和平,司会者の玉置宏など,多くの有名人が鬼籍に入りましたが,残念ながら私の身近な所でも何人かが亡くなりました.
 合気道でずっと共に稽古していた,同じ医師であり登山家でもあったOさんは,この夏に生涯の念願であったエベレスト登頂を果たした後,下山途中で帰らぬ人となりました.処置室に飾ってある美しいヒマラヤの写真は彼の遺品となってしまいました.また同じ医局出身で医師としてのみならず人間的にも本当に素晴らしい人だったM先生は,まだ小さなお子さんたちを残して膵臓がんに倒れ,かつての勤務先で大変お世話になった同年代の女医であるH先生も肺癌に倒れてしまいました.
 そして,クリニックに通院されていた患者さんの何人かも,病魔には勝てませんでした.

 医学の進歩によりいくら平均寿命が延びたとはいっても,死は避けて通ることはできません.
 私自身とて,50才を過ぎたころから,自分の老後,そしていずれ来りくる死というものを少しずつですが意識し始めました.特に自分と同年代の近しい人たちが亡くなるのに接するとなおさらです.

 ところで高齢の患者さんを診ていると,まだまだやり残したことがあるしもっと人生を楽しみたいから100歳まで,いやもっと生きたい,だから先生頼みますよ,などという人もいる一方,生きることに全く執着がなく,もう余命幾ばくもないからいつ死んでもよい,と通院されるたびに言われる方も多い.
 
 どちらの考え方も尊重されるべきで,他人がとやかくいう資格はありません.
 ただ,前者の方々に対しては,私の持てる知識と技術を駆使して一生懸命診療させていただければよいわけですが,後者のような方々に対しては,私自身が悩んでしまうことも少なくありません.というのも,生きることに執着しないと言いながらも,血液検査の結果を心配したりきちんと薬を飲んだりしていること,そして何よりも医療機関を受診していること自体が,やはり最低限の医療を望んでおり,決して全ての医療行為を拒否しているわけではないことを示しているからです.

 でもただ一ついえることは,以前のブログにも書いたように(09/11/23),生に対して執着される方もそうでない方も,最後まで元気でかつボケず,PPK(ピンピンコロリ)の結末を望んでおられるのは間違いないようです.
 避けられない老化やその先にある死に抗うことなど無駄な努力だと思う人が多いのは確かですが,それがたとえ不可避でも,見るも無残なよぼよぼのみすぼらしい姿,清潔感のない汚い姿になっても構わないなどと思っている人は,誰もいないのではないでしょうか.誰しも,せめて「生」を全うしている間は,少しでも心身ともに綺麗で快適でありたいと思っているのは間違いないようです.
 80歳をとうに超えたようなご高齢のご婦人が,スーツを着こなしていたり綺麗なマニキュアを塗っていたりするのを見ていると,特にそう思います.
 
 そして世間で盛んにいわれているアンチエイジングという言葉の意味は,ただ長生きさせるための手段ではなく,いかに美しく,快適に生涯を全うさせられるかということなのだと思います.

 ウィリアム・オスラーという有名な医師は,「人は血管とともに老いる」という言葉を残しましたが,老化をこれほど簡潔に言い表した表現を私は知りません,つまり皮膚や筋肉も含めてあらゆる臓器を栄養している血管の健康こそが最も重要であり,血管年齢という言葉の通り,動脈硬化の進行=老化といっても過言ではないということです.メタボの人が老けて見えるのはなんら不思議ではないというわけです.
 そういう意味では,私の専門である心臓や血管の病気の治療は,つまるところアンチエイジングそのものともいえます.

 私個人としても,やはりいつまでも心身共に若々しくいたいと思うのは例外ではありません.それに,自分の仕事が人々の健康を維持し回復させる仕事であるのに,自分が老けこんでいたら何の意味もない.
 幸い私は年齢のわりには若く見えるようで,ほとんどの初対面の方は,私が50代だというと信じられないといわれます.かみさんにはいつも「それは貫禄が全然ないからよ(笑)」とたしなめられてしまっていますが,最近は別にそれでも構わないと思うようになりました.
 食事や運動といったごくありきたりのことに加え,サプリも少しは飲んでいますが,やはりいつまでも色々なことに知的興味を持ち,何事にも常にpositiveであるよう心がけていること,仕事が楽しいと思えること,好きな音楽やドラマや映画に素直に感動できること,綺麗な女性と接するとすごく嬉しくなること(笑),クリニックのスタッフなどいつも若い人や女性たち(笑)と身近に接しておれること,妻や娘たちがいつも明るく家庭がそこそこ円満であることなど… いずれも脳内のエンドルフィンがすごく出ているのが判ります.

 今をときめくアイドルグループ,AKB48をプロデュースしている放送作家の秋元康氏は,私より2歳年上ですが,非常に若く見えます.その理由を訊かれた彼は,やはりいつも若くて明るい女の子たちと接していて,またクリエイティブな仕事をしているからだろうと自己分析していましたが,非常に納得させられました.
 
 齢を重ねるにつれ月日の経つのがますます速く感じるようになり,いっそう年齢を意識せざるを得ません.
 だからせっかく生きていくのであれば,いつまでも若々しく,motivationを失わず,おこがましいようですが患者さん達への見本でありたいとも思います.

 来年はクリニックをさらに発展させるべく,いろいろなことにチャレンジすることを計画しています.
 私が,家族が,そして支えてくれているスタッフたちが幸せであるように,positiveさを忘れずに,そして何よりも楽しくやっていければさらにエンドルフィンが出て最高だと思います.


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カルテはドイツ語で?

 早いもので今年もあと1か月足らずとなってしまいました.この季節はいつも本当に慌ただしいですが,自分としては身の回りや心の整理をできるきっかけでもあり,決して嫌いではありません.クリニックが来年さらなる飛躍を遂げられるように,しっかりと締めくくれればと思います.

 さて,先日ある患者さんが,「この前入院していた時はインターンの先生が担当でしたよ」といわれました.インターンという制度は,数十年も前に廃止された医師の研修システムにおける無給助手のことで,当時は新米医師の代名詞でした.今は研修医とよばれきちんと給料ももらっているのは周知の通りです.でもインターンということばをいまだに使われる方々は結構おられ,これだけの情報化社会になっても,医療の世界というものは一般の方々にはなかなか理解しにくい世界なのかもしれないと感じます.

 以前ほどではありませんが,「お医者さんだからドイツ語がペラペラなんでしょうね」とか,「カルテはドイツ語で書くんでしょう」といったことを言われることがあります.ドイツ医学が世界をリードし,ドイツ語の教科書が使われたりカルテもドイツ語で書かれた時代は,私が医学部に入った頃よりはるか昔のことです.英語は世界の公用語といわれますが,医学の世界も例外ではありません.今でも医学部でドイツ語は少し学びますが,その意味は正直いって薄れつつあり,今や日常使用する医学用語は主に日本語か英語です.
  かなり年配の先生方の中には今でも主にドイツ語を使う人もおり,また胃をマーゲン(Magen),退院をエントラッセン(Entlassen),死亡をステルベン(Sterben)というように,いまだに習慣的にドイツ語を使う場合もありますが,いずれにせよドイツ語は一部の用語だけがたくましく生き延びているに過ぎません.

 外科,整形外科,形成外科といった用語の区別も,しばしば誤解されています.今でも「外科って骨折とか怪我を診るんでしょう?」と訊く人や,「何で外科なのに胃や腸の病気も見てるんですか?」などという人さえいます.さらに,整形外科と形成外科となると,はっきり区別できる人のほうが少ないかもしれません.整形外科は骨折や腰痛など骨,筋肉系の病気を扱う,一方形成外科は病気や外傷,手術などで損なわれた皮膚や筋肉の形状を正常にできるだけ近く修復する,つまり多分に美容上の必要性に答える科です.形成外科の中で,主に美容だけの目的で分化した分野が美容形成ですが,これを美容整形とよぶ場合もあるからますますややこしい.

 それから,「先生は学生時代から外科を専攻されていたんですか?」というような質問もたまにありますが,これは質問自体がとんちんかんです.医学教育のシステムは国によって千差万別とはいえ,基本的には学生の間に基礎医学,臨床医学の全分野を教えます.病気はひとつの科を越えて関連していることが多く,たとえば糖尿病は内科,特に内分泌・代謝内科の専門とするところですが,腎臓や眼,皮膚,心臓,血管といった全身の臓器に影響を及ぼします.だから何科であろうがある程度の知識は必要で,「わたしは心臓の専門やから糖尿病の「と」の字も知りまへん」というわけにはいかないわけです.

 今でこそあまり大きな声で言う人はいませんが,「脳外科医は医者の中で最も優秀で,産婦人科医はその逆だ」などと言う人までいました.もちろんこれはまったくの誤りで,そんなことを言ったら産婦人科の先生達が怒ってしまうでしょう.この妙な考え方の根本には,おそらく扱う臓器の性質に対する偏見があるのだと思います.つまり,脳は非常に高等な臓器(と思っている)だからそれを扱う医師も非常に優秀,子宮や卵巣はその逆,というわけでしょう.また産婦人科医というと女性の股間ばかり診るのが好きなエッチな医者という歪曲したイメージがあるからでしょうか.
  しかしそうだとすると,泌尿器科医は男性の一物を診るのが好きだとか,皮膚科医は気持ち悪い皮膚病を診るのが好きだ,というような極めて変態的な論理になってしまいます.医師が何科を専門とするかは種々の理由がありますが,少なくとも臓器に優劣はありません.私も現役の心臓血管外科医時代に,「心臓外科ってむずかしいでしょう,すごいですね」といわれました.しかし,心臓外科が簡単であるとはいえないものの,心臓という臓器だけについて言えば,これはただの血液ポンプであって,それ以上のものでもなんでもありません.臓器の複雑さ,神秘さから言えば脳や子宮や卵巣のほうが果てしなく複雑かつ神秘的であり,すごいのです.

 そして最後になんと言っても,日本の医師の生活や待遇の実情については,なぜこれほどまで頑なに誤解されているのかといいたくなりますが,これはいくら口すっぱく真実を説明しても「でもやっぱりお医者さんはいいわよねえ」などと,人の説明をまったく無視した無責任な答えしか返ってこず,こちらが疲れるだけなので,最近はもう何も言わないようにしています(笑).

 とにもかくにも,これだけ情報化社会になったといってもやっぱりわれわれの世界は一般の人々にとってはまだまだ不可思議な,誤解されやすい世界であることだけは確かのようです.