信ずる者は救われる

 クリニック開院と同時に始めたこのブログも,とうとう100回を迎えました.私はもともと文章を書くことが嫌いではありませんが,我ながらよく続いたものだと思います.患者さんやその御家族だけでなく,他にも多くの愛読者?がおられるようで,折に触れていただく励ましや賞賛の声は,書き続けるための大きな原動力となっています.

 さて,私がまだ一般外科医としてある病院で働いていたころ,ある乳がんの患者さんを受け持ちました.50歳代くらいだったでしょうか,個室に入院していたその患者さんは,すでにかなりの進行がんで,左の乳房にできたガンはすでに皮膚を突き破り,カリフラワーのような形の醜い姿をさらけ出していました.この患者さんを救うには,乳房の全摘手術と化学療法以外にないのは誰の目にも明らかでした.しかし彼女は私たちが提案したあらゆる治療を拒みました.ただ不思議なことにその患者さんの病室には,いつもご家族とは無関係の女性が一人いて,彼女に向かって何かのしぐさをしているのです.よくみるとその女性は,癌に侵された乳房に手をひたすらかざしているではありませんか.
 実は患者さんとその女性は崇高真光という宗教の信者で,女性が行っていたのは,体内の「毒素」を手かざしを行うことによって外に出して病気を治すという「真光のわざ」であると聞かされました.

 その患者さんはその「治療」の甲斐もなく,その後まもなく永眠されたのはいうまでもありません.当時まだ若かった私は,彼女がきちんとした治療(我々の考える「治療」ですが)を受けずに,助かるかもしれない命を落としてしまったことを素直に受け止めることはできませんでした.
 しかし今になって考えると,「真光のわざ」の是非はともかくとして,宗教心に基づく堅い信念を持っていた彼女は自分がベストだと思う方法で病気と向き合った,そして結果がどうであれ,それはそれで幸せだったのだろうと思うのです.

 手術に限ったことではありません,患者さんの中には,医師が処方する薬よりも,市販の薬やサプリメントの効果を強く信奉していたり,薬や治療に自分独自のこだわりを持っている患者さんも多数いるのも確かです.

 高血圧と狭心症で通院しているKさん,時々狭心症様の痛みが来るのでニトロを処方しようとするのですが,彼女いわく,これには「救心」が一番効くと言って譲らないのです.しかし実際それで症状がおさまるとのこと,最近は「救心」の効果に私も脱帽しています.

 骨粗そう症や腰痛で通院しているMさんは,こだわりのシップがあります.「先生,○○ミツのシップは全然あかんわ,あんなもんよう作るわ,全然ダメやわ」とけんもほろろです.実は彼女が以前通っていたある医院ではそのシップを出されていたそうで,当院に移ってきた理由のひとつがこのシップの一件とのこと,こちらも彼女には間違っても○○ミツのシップは出せません(笑)

 まあこんな例は枚挙にいとまがありません.でも最近私は,それはそれでいい,命にかかわるようなことでなければ,そう目くじらを立てることもないのではないかと思うようになりました.
 乳がんで亡くなった患者さんも,本人が幸せな人生を全うできたと思えれば,周りがとやかくいう権利はありませんし,救心のKさんも,○○ミツのMさんも,それでいいのです.

 ちまたにあふれる健康食品,サプリメントの類も,少しでも医学をかじったものならば,その効果たるや疑問符のつくようなものも,怪しげなものも多々あります.でも人間の悲しい性で,テレビや雑誌できらびやかに宣伝されると,それが本当に効くかどうかわからなくても,まさにこれぞ救世主とばかりに買いたくなる.
 そしてそれがたまたま(というと叱られますが)すごく効けばその製品の絶大なる信奉者になるわけです.
 
 薬の効果を調べるために,多くの患者さんを集めて臨床試験をすることがあります.患者さんたちを2つのグループに分け,一方のグループには本当の薬を,他方のグループにはプラセボ(偽薬,効果の全くないもの)を本人には判らないように与えてその効果を比較します.本当の薬を投与された患者さんたちにその効果が表れるのは当然ですが,それならばプラセボを投与された患者さんたちには全く効果がないのかといえば,実はそうではないことが多いのです.たとえば血圧の薬のプラセボでも少しは血圧が下がるのです.
 この不思議な「プラセボ効果」は,「効果がある」と信じる心がいかに大事か,そして生身の人間を扱う医学というものは,他の自然科学とはいかに異なるか,ということを如実に示していると言えるでしょう.

 結局,「信ずる者は救われる」,その善し悪しはさておき,病気に立ち向かう一番の妙薬は,実はこんな単純なことなのかもしれません.

 追伸
  エッセイという形で書き進めてきたこのブログ,今後も200回,300回をめざして続けていきたく思います.
 今後とも叱咤激励のほど,どうぞよろしくお願い申し上げます.


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おばちゃんパワーが日本を救う!

 いよいよ11月,早いもので今年も残すところあと2カ月となってしまいました.クリニックも開院以来2年半となりましたが,患者数,売り上げなどもまずまず順調に推移,感謝の極みです.

 先日仕事が終わって帰りのバスに乗っていたら,ある停留所で10数名くらいの中年の女性たちがどっと乗り込んできました.趣味か何かの集まりの帰りでしょうか,ガヤガヤとものすごく盛り上がっていて楽しそうです.勤め帰りの人たちのくたびれたオーラでよどんだ空気の支配していた車内は,いっぺんに賑やかになりました.そのかしましさに思わず仏頂面をしていた人たちもいましたが,私は彼女たちに何かすごいパワーを感じ,あっけにとられ,そして苦笑さえしてしまいました.

 40代,50代を過ぎた中年女性といえば,一昔前にはオバタリアンなどと言われ,特に関西の女性たちは“大阪のおばちゃん”などとしてずうずうしさ,厚かましさのシンボルとして揶揄されてきました.もちろんそんな女性ばかりではないことは断っておきます(笑).

 しかし私は,実は今の日本には,彼女たちの持っているようなパワーこそが必要なのではないかと思います.
 未曾有の不景気,中国やインドなどの新興国の台頭,少子高齢化とそれに伴う人口減少,自殺や非正規雇用者の激増などあまりにも多くの問題が山積している今の日本は,政治も経済もほんとに元気がない.
 お家芸であるものづくりや科学技術も,理系離れや近視眼的な予算の縮小などで,尻すぼみがち.実の子供を平気で殺したり,多人数でのいじめなど一昔前には考えられなかったような卑劣な犯罪も日常茶飯事で,日本人の倫理観も堕落の一途.
 頼るべき政治家といえば,自分たちの保身にばかり走り,堂々とものを言い,身を呈してでも国を根本から変えてやろうという坂本竜馬のような人もいない.かといって一般国民も何かしらけがちで,これだけ社会問題が起こっても中国のような大きなデモさえそれほど起こらない.

 全ての根幹にあるのは,政治家だけでなく誰もが事なかれ主義で,思いきったことをしたくはないからです.みな,ある意味平和ボケしており,また優等生すぎるのです.
 言葉はわるいですが,今や日本を救うのは“おばちゃんパワー”かもしれません.今や日本人女性の平均寿命は89歳を超え,子育ても終わったあとで活力と時間をもてあましている人たちはわんさかいます.
 
 女性の強さは医師としても今まで強く感じてきました.痛みに耐えて子供を産み育てるパワーでしょうか,病気になっても回復力の早さでは圧倒的に女性に軍配が上がります.寝たきりの夫を何年も辛抱強く介護している女性の姿には本当に頭が下がり,男性にはまねできないと感じます.

 私と同年代の実力派歌手,岩崎宏美が歌った大ヒット曲,“マドンナたちのララバイ”には以下のような歌詞があります.
 「男はみんな 傷を負った戦士 どうぞ 心の痛みをぬぐって小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えて」
 やはり男性はなんだかなんだいっても女性の抱擁力,忍耐力にはかないません.世の中の男性がいかんなくその実力を発揮できているのも,母であり,妻である女性たちの支えがあってこそです.

 日本は女性の政治参加が先進国の中でも非常に低いといわれますが,もっともっと女性を起用したらよい.尖閣問題なんぞ,管首相のように“戦略的互恵関係”とか“冷静”とか“遺憾”とか,歯にものの挟まったような言い方に辟易としている我々国民は,彼女たちが中国に向かって“あんたら,ええ加減にしいや!こっちも黙ってへんで!”などとビシッと言ってくれれば,どれほど溜飲を下げられることか!
 後先なんかぐちゃぐちゃ考えなくても良い,正しいと思えば何もへつらうことなんかない!おばちゃんパワーならそんなことも可能なのではないかと期待してしまうのです.店先で平気でガンガン値切るパワー,集まればいつでもどこでもにぎやかに盛り上がれるパワー…彼女たちの力こそが日本の救世主になるかもしれません.

 私もクリニックを経営しだしてから特に最近感じているのは,かみさんの内助の功はもちろんですが,雇っているつもりの?スタッフの女性たちに,実はこちらがしっかり支えてもらっているのだということです.