Dr.OHKADO's Blog

. 車窓にて

記録的な猛暑もようやく終焉を迎えつつあり,秋らしくなってきつつあります.

 9月19,20日の連休は,家族で九州の由布院に1泊旅行をしてきました.
最近急速に人気の高まりを見せ,日本のメジャーな温泉地のひとつに躍り出た由布院は,熱海や有馬にあるような大きなホテルや歓楽施設の建設によって陥りがちな極端なリゾート化を避け,田園的な風景を残しながらこじゃれたレストランや雑貨店,小さな美術館などがこじんまりと点在している様は,訪れる者に癒しと安堵感を感じさせてくれ,なるほど若い女性に人気な所以であろうと感じました.

 私も生まれてこのかた関西,中部,関東,東北,さらには米国などとあちこちに住み,あちこちに旅行しましたが,それぞれの土地でのそれぞれの文化,人々との出会いはとても興味深く,ひとところに留まっているとつい狭隘になりがちな視野を大きく広げてくれました.

 もちろん近年の交通機関や情報手段の驚異的な発達は,あらゆる情報や物流の地域間格差を激減させ,どこにいてもあらゆる人とリアルタイムに話せたりあらゆるものを簡単に購入できることが当たり前になっています.
 また,日本中どこに旅行しても,大きな都市の駅前のビルや大通りは多かれ少なかれ似たようなものですし,コンビニもスーパーもATMも家電ショップもあり,まるで金太郎飴のようです.

 そうではあっても,その土地の雰囲気,空気,におい,そこに住む人々の生活や息使いは,やはり実際にそこに行ってみてこそ初めて感じられるものだとも思います.
 博多駅から特急列車“由布院の森号”に乗った時には,大勢で乗車してきた地元の人たちが,お国ことばの博多弁で楽しそうに喋っていたのを聞くと,はるばる九州まで旅してきたことを実感し,その楽しさも実感できました.

 今年大ブームになっている坂本竜馬は,近代的な交通機関がなかったあの時代に,しかも32年という短い生涯にもかかわらず,高知,江戸,京都,大阪,福井,長崎,鹿児島などを東奔西走し,その距離は地球半周分にもなると言われています.
 彼の死後140年以上も経ち,日本の社会は彼が夢見た通りになったかどうかは自信がありませんが,交通,情報手段だけは先見の明のあった彼でも想像すらできなかったであろうくらい発達しました.
 帰路に就いて乗った新幹線の車窓から,時速300Km近い速度で跳ぶように流れゆく風景を見ていると,そういう意味ではよい時代になったものだと感じながら,あの独特のリズミカルな音でいつの間にか心地よい眠りに誘われていました.
 
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. 忘れ得ぬ一夜

 地球温暖化現象の影響でしょうか,今年の夏の暑さは尋常ではなく,9月になったというのにあいも変わらす記録的な猛暑日が続いています.

 さて9月9日は「救急の日」ですが,今日は神戸市中央消防署が中心になって毎年行っている「中央救急フェア」という催しがあり,いちおう?医師会の救急部会の委員になっている私は,委員長のT先生のありがたい?任命を受けて参加してきました.消防署関係者,医療関係者などが音楽隊とともに元町商店街でパレードを行い,そのあと元町1番街のアーケード下で他の先生方や看護師さんたちとともに無料健康相談コーナーを開くというものでしたが,この暑さで,早く終わってほしいという気持ちが正直なところでした(笑).

 ところで救急といえば,医師になって25年余,本当にさまざまな救急の場面に遭遇してきました.ましてや外科や循環器を専門としているとなおのことですが,その中でも特に忘れられない患者さんが何人かいます.

 それはまだ私が30歳になる前のころ,ある小さな病院に夜間当直のアルバイトに行っていた時でした.確か30歳台くらいだったでしょうか,ある男性が救急外来に受診してきました.その日の昼頃からのどが非常に痛く,ものを飲み込むのもつらくなってきたというのです.しかしその時点では,私はその後に起こることになる恐ろしい事態を知る由もありませんでした.

 一通りの診察をした後,風邪の一種である急性咽頭炎だろうと考えた私は,とりあえず症状を和らげるために処方箋を書こうとしました.ところがその時突然患者さんが,苦しくて息ができなくなってきたと訴え始めたのです.しかも喉仏のあたりを押さえてもがきだしているその顔色はみるみる蒼白になりつつあり,明らかにチアノーゼを起こし始めているようでした.診察室内が当然のことながら騒然となったのはいうまでもありません.

 原因はともかく,なんといってもまず気道を確保しなければなりません,私は看護師さんにすぐ気管内挿管の準備をしてもらいました.しかし気管チューブを入れるために喉頭鏡を使ってのどの奥を見た私は仰天しました.喉頭蓋という気管の入り口にあるフタの部分が真赤に腫れ上がっており,気管が全く見えないのです.
 この時点で私は初めて,患者さんの病気が急性喉頭蓋炎であると確信しました.この病気が非常に恐ろしいことは教科書では読んでいましたが,実際に遭遇するのは初めてでした.

 病名はどうであれ,その間にも患者さんの容態はどんどん悪化しており,一刻の猶予も許されません.このまま手をこまねいていたら患者さんは数分以内に窒息死することはほぼ確実でしたので,私はやむなく気管切開をすることとしました.気管切開自体は慣れた手技とはいえ,これほど緊迫した状況で行うのは初めてでした.まさに時間との戦いでしたが,この患者さんを救えるのは自分しかいないと自分の気持ちを鼓舞し,どんどん進めました.
 そして皮膚,筋肉,甲状腺などを次々と分け入り,眼下に現れたクリーム色の気管支の壁に祈るような気持ちでメスを入れて切開すると,それまでもがき苦しんでいた患者さんが,拷問から解放されたように突然楽に呼吸ができるようになったのを見た時,私は汗が流れ落ちるのも忘れて安堵感と達成感に浸りました.

 翌朝になり私は患者さんの容態が安定しているのを確認し,常勤医に後を託して病院を去りました.

 2週間ほどして再びその病院にアルバイトに行った時,気管切開を手伝ってくれた看護師さんが,その患者さんが無事退院していったことを「先生,あの患者さんがね,先生は命の恩人です,って本当に感謝されてましたよ!」とニコニコしながら報告してくれ,私も本当にうれしかったのを覚えています.

 その後心臓血管外科の道に進んだ私は,命に直結するような病気が多いという性質上,一刻を争うような超重症の救急患者さんを診ることは日常茶飯事となり,そのたびに多くのことを学ばせていただきました.

 でも医師になってまだ5年目くらいのその時期,しかもアルバイト先で一期一会となったその患者さんのことは,今でもなぜか忘れることはできません.
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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