たかが英語,されど英語

 記録的豪雨が続いた梅雨が終わったと思ったらいきなり夏真っ盛り,しかも今度は各地の最高気温が次々と更新されるほどの猛暑が続いています.クリニックにはこの暑さで体調を崩されて受診される方も多くおられます.

 さて,クリニックには開院以来外国人の患者さんも多く受診されています.国際都市神戸ゆえに多くの在日外国人がおられることも一因でしょうが,当院では英語が母国語の患者さんを積極的に受け入れる体制をとっていることも大きいと思われます.

 実は開業して本当に良かったと思うことの一つは,心臓血管外科を専門とする前に一般外科をやった経験があること,そして英語の勉強を必死にやったことです.

 今でこそ外国語の早期教育がかまびすしく叫ばれていますが,当時は中学校で初めて習うのが通常で,私もその例外ではありませんでした.アルファベットにはそれまでローマ字くらいでしか接したことがなかった私でしたが,どういうわけか習い始めたとたんどんどんのめりこんでいき,英語の成績だけは中高通じてほとんどトップクラスでした.またRとLの区別,あいまい母音など日本人にとって苦手とされる発音も全く苦にならず,イエズス会の設立ゆえに学校に多くいた外国人の先生方にも発音がよいと褒められ,それが嬉しくてどんどん勉強しました.

 今の時代とは隔世の感がありますが,当時は外国語に接するのは,ラジオやテレビの英語教育番組かカセットテープに吹き込まれた英語教材くらいでした.高校1年ころだったか,アメリカから帰国子女の生徒が転校してきて本場仕込みの流暢な英語を聞いた時は,まさにカルチャーショックでした.

 大学,そして医師になってからも英語の勉強は続けました.少し背伸びをして一流の英語雑誌である「TIME」を定期購読,最初は全く歯が立ちませんでしたが,辞書を引き引き半年も我慢して読み続けていると,そのうち英字新聞などもすらすら読めるようになりました.
 
 しかしなんといっても,いずれは本場アメリカで自分の英語を試したみたいという気持ちが日増しに大きくなりました.
 それは20歳代の終わりころに米国の国際学会に共同演者として参加した時に訪れました.それまで自分なりに勉強を続け,英語にはそれなりに自信があった私でしたが,その自信は見事に打ち砕かれました.
 けれどもその挫折は私をますます英語の勉強に没頭させることとなり,30歳のときに,当時大学病院のオーベン(上司)であったN先生のつてで,ついに米国ピッツバーグ大学胸部外科への留学の機会を得ました.

 2年間の留学生活はまさに英語漬けでした.仕事は心臓移植の研究でしたが,研究チームのメンバーで毎週のように行われるディスカッションなどでは生半可な英語ではついていけず,最初は本当に苦労しました.しかし私と同じようにアジアなどの非英語圏から来ている研究者たちが,決して流暢とは言えない英語でも果敢に喋っているのを眼にすると,とにかく間違いをおそれずどんどん積極的に喋ることが重要なのだと気付かされました.
 
 私生活でももちろん最初は苦労しました.米国では自動車免許が個人のIDとして最も重要視されるため,その獲得は死活問題でした.しかもペンシルバニア州は試験が結構厳しく,外国人だからといって容赦はありません.分厚い教則本を読まなければならない上,実技試験はもちろん英語です.英語が苦手だったかみさんも,毎日気がつくと教則本の上によだれを垂らして(笑)突っ伏しているような日々が続きましたが,なんとか読み終え,二人とも再々試験でようやく免許をとることができました.

 スーパーでの買い物,ガソリンの給油,理髪店や美容室,ホームパーティー,病院の受診,幼稚園の手続きに始まり,はては自動車をぶつけられた時に無謀にも?起こした簡易裁判まで,あらゆる場面で英語を使わざるを得ませんでしたが,本当に鍛えられました.
 そしてその時その場面で出会った便利な表現はノートに書き溜め,辞書には載っていない生きた英語表現として今でも役に立っています.

 帰国してからはすっかり英語を使う機会は減りましたが,外国人を診察するような機会があれば積極的にしゃしゃり出て(笑),brush upし直しました.
 
 クリニックには半年前から帰国子女の事務スタッフも来てくれ,ますます外国人の方々に喜ばれています.多少日本語が話せたり通訳の方が同伴していても,やはり直接彼らの母国語である英語で話してあげると,とても安心されます.それは私たち日本人が万が一外国で病気になった時のことを考えれば容易に判ります.
 
 英語だけではありませんが,外国語を学ぶことはただその言葉を学ぶというよりは異なった文化,社会など自分にとって未知のものを知ることができるという意味で,大いに知的興味をそそり,視野を拡げられると思います. 今後は英語以外の語学にもどんどん手を染めて,趣味と実益を兼ねて楽しんで勉強を続けていきたいと思っています.

 
 







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医療と「間合い」

 神戸は梅雨の真っ盛り,毎日うっとうしい天気が続いています. 

 今日の合気道の稽古では,師匠がときどき指導に出向いているロシア支部の先生と中学生たちが夏休みを利用して遠路はるばる来日して参加し,国際色豊かでした.私もそのうちのひとりと稽古をしましたが,青い目をした長身の彼はまだ合気道を始めてそれほど経っていないと思われるのに非常に上手く,感心させられました.稽古の終わりに彼等が道場の入口にきちんと並んで正座をし,深々と丁寧な辞儀をして退出していったのを見た時,ほほえましさと,そしてまた武道の素晴らしさを感じました.
  
 さて合気道のような武道をやっていると,いつも「間合い(まあい)」ということを意識します.
 相手の攻撃を交わしつつこちらの技を繰り出す武道では,お互いが自分の身を守るために必要な最低限の距離,すなわち間合いをいかにうまく保つかということが重要で,間合いの取り方ひとつで勝負の半分が決まってしまうといっても過言ではありません.
 合気道では,例えば相手がこちらの胸を突いてきたときに瞬時に身体をさばいて相手を投げます.腕力ではなく一瞬のタイミングで技をかけるので,もし間合いを誤ると,逆に相手の拳が自分に当たってしまいます.
 このことは,剣道,空手など他の武道でも同様です.

 実はこの「間合い」は,人間同士のコミュニケーションにも当てはまるようです.たとえば見知らぬ人間同士がお互いそれ以上近づくとお互い不安や危険を感じるような最低限の距離,それが間合いです.満員電車やエレベーターですし詰めになってポマードべったりのおっさんと密にくっつかざるを得なくなった時などは,完全に間合いの中でしょう.
 しかし,お互いに相手を歓迎,信頼している,安全だということが判れば,快く間合いを詰められるというわけです.たとえば西洋人が握手を求めるのは,自分の間合いに相手を招き入れてもよいというサインであるとのことです.

 さて,私は医師と患者さんとの関係も,これに似ていると思います. 
 つまり医師が患者さんによい医療を施し,また患者さんが最良の医療を受けるためには,患者さんが医師に対して安心して身をゆだね,話を聞いてもらえ,診察を受けることができるという状況が必要なのはいうまでもありません.しかし両者の間に信頼関係ができていない,つまりお互いの「間合い」に入れないうちは,それは困難でしょう.患者さんとの間合いをいかに詰められるか,これこそがある意味医師の腕の見せ所といってもいいかもれまん.つまり単に医師免許を持っているというだけでは,本当の意味では患者さんとの間合いには入れないとも言えます.

 ネット社会といわれる昨今は,人間同士の生身の付き合いがまともにできない人間,つまり他人との間にうまく間合いを取るということができないが増えていますが,これは医師も例外ではありません.
 たとえばガンの告知については,最近の流れとしては患者さんの知る権利を尊重するという観点から,原則としてすべて宣告するというのが通例になりました.しかし,相手は生身の人間であり,しかも個人々々異なることを考えれば,実際の臨床ではなんでもかんでもストレートに宣告していいわけではないのは当然です.まず何よりも両者の間に良好な関係を築き,宣告後起こりうる事態に対して相当な覚悟を持ってから初めて宣告する,つまり間合いを詰めるべきです.そういった手続きを省いてしまうから,時には悲惨な結末になってしまうのだと思います.

 私は,そういう意味では武道というのは礼儀作法はもちろん,他人との人間関係をうまく築く能力を獲得するために,素晴らしい手段だと思います.古来から日本人が礼儀作法に優れ謙虚さや忍耐強さを兼ね備えた素晴らしい民族だと賞賛されてきたのは,この国に武道のみならず華道,茶道といった「道」とつくものがたくさん根付いてきたことと無関係であるとは思えません.

 明日からの診療でも,いかに患者さんとの間合いをうまく詰められるかどうかに腐心したいと思います.