Dr.OHKADO's Blog

. 受験生よがんばれ

 この4月から某S予備校の神戸校の校医を頼まれ,月に2回ほど,昼の時間に三宮にあるその予備校の校舎まで出かけています.校医といっても,予備校の昼休みの時間だけ保健室に待機し,訪れる生徒たちの相談に乗るというだけのことで,ストレスで眠れないとか,試験が近づくと頭痛がするとか,半分人生相談のようなところもあります.それでも,若い彼等が健気にも私の簡単なアドバイスだけでもホッとした表情で教室に戻っていくのを見ていると,その努力が実って,是非とも人生最初の大きな山場を無事乗り越えて欲しいと応援したくなります.
 
 思えば私も高校時代の終わり頃は,医学部合格を目指して寸暇を惜しんで受験勉強に励みました.今と同様,当時も国立大学の医学部は難関中の難関でした.学年の中には一見あまり勉強しているようには見えないのにいつも成績上位の者もいましたが,私はそれほど秀才でもなかったので,とにかく勉強量で勝負するしかありませんでした.だから当時は,おそらく人生の中であれほど勉強に打ち込んだことは後にも先にもないだろうと思うくらい勉強しました.風呂に入る時間も惜しみ,入浴しながらビニール袋をかぶせた参考書を読んだのを懐かしく思い出します.

 毎日深夜まで続く受験勉強は孤独で,唯一の友はラジオの深夜放送でした.「受験生のみなさん,頑張ってね,応援しています!」などとラジオの女性パーソナリティが優しい声で囁くと,別に自分だけに言っているわけではないことは判っていても,元気をもらいましたし,大学に入ったらこんな可愛い彼女(ラジオなので顔は想像だけでしたが(笑))と付き合いたい,などと思い励みになりました.
 そして残念ながら第一志望ではありませんでしたが,競争率27倍という激戦を制して念願の国立大学の医学部に合格した時は,合格の喜びよりも,長い受験勉強からの解放感で,合格発表後数日間はまさに放心状態でした.

 さて日本の教育は,約20年前にゆとり教育が導入され,週休2日制の導入や学習項目の大幅な削減が行われましたが,その結末は,今後日本を背負っていくべき若い人たちの,眼を覆うばかりの学力レベルの低下という悲惨なものでした.有名大学にさえも分数の出来ない大学生が入学しているとの話題は紙面をにぎわせました.

 最近わが国はこの危機的状況にようやく重い腰を挙げ,学習項目の大幅な復活などゆとり教育の見直しに入りましたが,この失われた20年近くのつけは,教育立国日本に計り知れないダメージを与えているのは周知のとおりです.

 私は,ゆとり教育の是非を論ずるつもりもその資格もありませんが,少なくとも,本当に頭の柔らかい若い時期には,読み書きそろばんといわれる通り,徹底した基礎学力をつけさせることは,まさに国の責務であると思います.
 ゆとり教育では,例えば円周率を3.14ではなく,約3としましたが,一体こんなことにどんな意味があるのでしょうか?円周率というのは3.141592653589793…と永遠に続く無理数であること,その不思議さを教えることが子供たちの興味を引くのであって,約3では,計算は楽でも面白みも何もないのです.
 しっかりとした基礎学力と,学問の面白さ,それを教えることこそが教育であり,一人の人間のその後の人生を,ひいては社会を豊かにするのだと思います.

 また私は,人生の若い時期には,大学の受験勉強のように,もうこれ以上出来ないというくらい一生懸命勉強に打ち込む時期は,むしろ必ず必要であると思います.
 もちろん勉強ばかりでは人格形成や健康などの面で大きな問題がある(それこそがゆとり教育の原点なのですが)という意見もあるでしょうし,受験勉強の数学や物理がその後の人生で直接役立つことはむしろ少ないかもしれません.
 
 しかし,若い時に死ぬほど勉強したという経験はその後の人生に必ず大きなプラスになります.なぜなら,受験勉強という経験は,「勉強する癖」をつけることが出来ると思うからです.
 何よりも人間は一生が勉強です.実は大学受験など,人生の試練の序の口にすぎないでしょう.何か問題にぶつかって解決する必要に迫られた時,大きな決断をしなければならない時,あらゆる意味で勉強が必要でしょう.その時こそ,若い時に死ぬほど勉強したという経験(内容ではなく)が,役に立つのだと思います.
 
 たとえば今も昔も医学部の受験はなぜそれほど難しいのか?医師の仕事に難解な偏微分方程式や漢文の読解や重箱の隅をつつくような歴史の知識は確かに不要でしょうし,ある程度の学力とまともな人間性が備わっていれば十分かもしれまん.それに机上の勉強だけでは医師としての資質は育ちませんから,人格的に優れた医師を育てるためのしくみが絶対に必要なのは勿論です.

 しかし医師は日進月歩の医学についていくために,他の職業以上に日々の勉強が欠かせません.日本語だけでなく英語の論文も大量に読まねばならない時期もある.しかし研修医のころから不思議とそういったことをあまり抵抗なく出来るのは,あの厳しい受験時代に,勉強の癖が付いているからです.

 スポーツ選手や音楽家,料理人や職人なども若い時期にその道で徹底的に鍛えられます.
つまり若い時に何かに死ぬほど頑張ったという経験が,一人の人間の将来を豊かにし,成功に導くのだと思うのです.受験勉強もそういった経験の一つと考えられないでしょうか?

 ただ,昨今の教育費の高騰はウナギ登りで,親の経済力がそれを左右してしまい,いわゆる教育格差が出来つつある状況なのは非常に残念な限りです. やはり,経済的には決して恵まれなくても,とにかく努力した者,必死に勉強した者こそが報われ,幸せになり,成功する社会…これこそが教育立国,技術立国としての日本の誇りを取り戻し,凋落の一途から救う王道だと思います.国には,誰もがしっかりとした教育を安心して受けることの出来る世の中を作っていただきたいと思います.

 受験生よ,がんばれ!!
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. 臨終あれこれ

 5月も半ば,新緑の美しい季節となりました.クリニックを訪れる患者さんも順調に増え,また当院に受診してよかったというお褒めの言葉をいただくことも多くなり,本当に感謝の極みです.

 明け方、静寂な病室の中に聞こえる音は酸素マスクからこぼれる酸素の音、モニターに映し出された心電図のピッピッという音、そしてベッドの周りにいる人々から漏れ出る嗚咽の声だけだった.やがて心電図の音の間隔が徐々に徐々に長くなり、モニターの心電図が直線となる.ベッドの傍らで見守っていた医師が人々の視線を意識しながらポケットからおもむろにペンライトを取り出し、両眼の対光反射を調べ、聴診器をそっと胸に当て、最後に腕時計を見る.やがて医師が家族のほうを向き、こういう.「残念ですが、御臨終です」 その途端、人々の嗚咽は号泣に変わり、ベッドに横たわる遺体にいっせいによりすがる.医師や看護師は礼をして病室を出て行く.

 いうまでもなく、誰しもがいつかは身をもって、あるいはテレビや映画で経験する典型的な臨終の場面です.人の死とは極めて厳粛なものであり軽率に語ることはできません.死はその人の生きてきた人生という壮大なドラマに否応なく終止符を打ち、その人が関わった家族をはじめとする人々と社会に少なからぬ影響を及ぼします.しかしそこに立ち会う医師は、自らの責任で人の生と死の境界線を引くことになるのです.

 私自身も今まで数え切れないほど多くの人の死を看取ってきましたが、まだ新米医師の頃はもちろんのこと、今でさえ、私のような者が本当にこの人の死を決めてしまって良いものなのか?医学的にはありえないとわかっていても、本当に回復することはないのか?などと思うことさえあります.医者でさえそうですから、家族や親族はなおさらでしょう.

 しかし臨終の実際は厳粛とはかけ離れた雰囲気の場合も多々あります.

 それは昔、私がある病院にアルバイトで当直に行った晩のことでした.夜中の3時頃だったでしょうか、眠っていた私に看護師からコールがありました.ある男性患者さんがほとんどアレスト(心停止)状態だとのことです.私が病室に駆けつけると妻とおぼしき御家族も一人いました.長期入院中の癌末期の患者さんで、もう積極的な治療はあまりしないことを家族も納得していましたが、あと数人家族がくるまではもたせてほしいとのことでした.私は看護師に酸素のバッグを押させて患者さんの心臓マッサージを始めました.すでに患者さんの瞳孔は開ききっており、マッサージを続ければ心電図モニターが少しは反応しますが、まず回復の見込みはないと思われました.マッサージをしながら部屋を見渡すと、その荷物の多さが、すでに何ヶ月もの入院によるくたびれた雰囲気を漂わせていました.

 ところがふと気づくとその妻がいきなり部屋の掃除をはじめたのです.身の回りのものをかたづけたり、箒で床を刷いたりもしているではありませんか.心臓マッサージをしている医者とその周りで掃除する女性と…、事情を知らない人が見たら極めて奇妙な光景だったでしょう.私が少し戸惑っているのを察してか、妻は「先生、どうせもう駄目なんでしょう?」といいました.私は図星だとは思いつつも、「がんばってはみますが、この状態では多分…」と答えるしかありませんでしたが,そうしている間にも妻は片付けをやめませんでした.やがて部屋がほとんど片付け終わったのを察したかのように、呼んであった他の親族が看護師と共に入ってきましたが,彼らもほとんど無表情でした.私は看護師と目配せした上でマッサージを止め,いつもどおりのプロセスで臨終を告げました.しかし誰一人として嗚咽を漏らしたり、号泣するものなどはいませんでした.私は複雑な気持ちで黙礼して部屋を出ました.

 この家族にとっては患者さんの死はすでに避けられないものと知っており、自分たちの気持ちも整理がついていたのかもしれません.私が行った心臓マッサージなどまったく儀式に過ぎないことなどは端からわかっていたわけです.
 
 逆に、ほぼ状態の安定していた患者さんが急変した場合などは、こちらも家族も大変です.それこそ最初に述べた、嗚咽→号泣→寄りすがりのパターンです.われわれ医師や看護師の一挙一動に注目が集まり、何回経験してもいやなものでした.もう駄目だとわかっていても心臓マッサージは止められない.極めて重要な臓器と思われている心臓も、実際その働きは単なる血液ポンプにすぎません.ただ他の臓器と違い自分自身で収縮する能力があるため、少しでも生きていればそれが電気信号として心電図上に現れるわけですが,ポンプとして正常に働いているかどうかということとは別です.

 順調に、という言い方をするとお叱りを受けそうですが、典型的な経過で心拍数が落ちていって波形も変わり、心臓マッサージや薬にも反応しなくなって最後に心電図が完全に直線になる場合はわかりやすいのですが、実際の現場では往々にしてこうはいきません.ある程度心拍数が落ちても何時間も、時には何日もそのまま持ち、波形からはとてもポンプとしては働いていないと思われても、なかなか平坦にはならない,そろそろ危ないと思って親族に集まってもらってもそこからが長い.特に、波形がいったん平坦になり、いよいよかと思って儀式を行おうとするとまたポコッと波形が出る.こんなことは心臓の最後の喘ぎに過ぎないとはいえ、親族にとっては一縷の望みをもたせる大きなことなのです.いったん臨終を宣告した時に,なんと心電図に例のポコッが出たため,思わず親族に「だ、大丈夫です、もうすぐお亡くなりになりますから」と言ってしまった医師がいるとのこと,でもこれは笑えない話です.

 でもあまりにもこういった経過が長いと両者ともだんだん疲れてきます.時にはしびれをきらした親族の一人が「先生、あとどれくらいもつんですか」などと訊いてくる.こちらも「あと数時間でしょう」などと答えるのですがまったく確信はなく、往々にして外れます.時にはあまり同じことを何度も訊かれるのでつい「もう少しですから…」などとわけのわからないことを言ってしまう.家族も疲れきってくると「よくがんばったんだからもう積極的なことはしなくてもいいです」となり、時には「先生、駄目なら駄目で今日中だったら、明日は土曜日で通夜に人が集まりやすいんですが…」とか不謹慎なことを言い出す者まで出てくる.こちらも特に夜中の場合などは,津波のように襲ってくる眠気と格闘しているのですが、そんなことは口には出せません.家族が、普段は見舞いに来たこともないような遠い親戚を呼ぶのでもう少しもたせて欲しいなどと希望されると、そうしてあげたいとは思いつつも、正直「それはちょっと…」と思ってしまうこともありました.
 そんなこんなでようやく心電図がほぼ満足の行く?ような波形になれば、儀式となるわけで,もうこちらも親族も疲れきったという感じでした.

 こんなわけで臨終の宣告は、時に様々な心の葛藤が絡んだ骨の折れる仕事であり、人の死の時点というものをかなり人為的に決めてしまっているきらいがあると思っているのは私だけではないでしょう.脳死からの臓器移植が始まって久しい日本でも、脳死の判定そのものについても議論が不要になったというわけでは決してなく,それどころか、もう周知のこととして受け入れられている心臓死についてさえも、実際の医療現場ではこういった意味ではとても曖昧なのかもしれません.ただ、どんな臨終の場面でも、家族が「この先生に看取ってもらって本当に良かった」と思ってくれるような看取り方ができれば、医師として本望であり、いつもそうあるように心がけたいと思います.


. 鈍感力,そしてポジティブ

 今日から5月,クリニックもついに開業満2年を迎えました.この間大変な苦労もしましたが,なんとか自分のめざすクリニックに近づきつつあると実感するようになりました.今後は手綱を締めなおして,力強く,また楽しく頑張っていこうという気持ちです.

 さて,最近渡辺淳一の「鈍感力」という本を読みました.ベテラン人気作家である彼がもともと整形外科医であったのは有名な話で,医療をテーマにした作品が多いのも周知のとおりです.私が医学部の学生であった頃には大学祭で講演に来られ,興味深く聴いたのを覚えています.彼のいう鈍感力というのは,簡単にいえば,社会生活のあらゆる点において,あまりに感受性の高い,敏感な,鋭い人よりも,いい意味で感受性の低い,したたかな,おおらかな,許容力のあるような人の方が何事においても有利であり,健康で幸せな人生を送れるというものです.

 この本を読んだ私は,以前「脳内革命」という本を読んだことを思い出しました.春山茂雄という予防医学の専門家による本でしたが、要するに何事においてもポジティヴな人、プラス志向な人ほど脳からエンドルフィンのような「よいホルモン」が出て心身ともに健康でいられ、病気にも罹りにくく老けにくいとのことでした.

 こういったことは25年以上も医者をやってきた私も,患者さんと接する中でまさに日々感じてきたことです.

 例えば患者さんが手術を受けた場合,術後しばらくは身体に様々な影響が出ます.傷の痛みや発熱はもちろん、肺炎やストレスによる胃潰瘍や肝臓などの障害や、腸の一時的な麻痺を起こす人もいます.また傷が化膿して長期の消毒を必要としたり、出血が多く輸血を必要としたり、不整脈を起こしたりと実に様々です.

 これに対する患者さんの反応は千差万別ですが、大まかに言って,病気に対して前向きに立ち向かう人、小さなことにくよくよしない人は回復が早く、逆に何でも悲観的に受け取り病気に対して立ち向かう勇気のない人は回復が遅いのはよく経験するところです. 

 つまり性格上楽天的な人は、病気になっても治療に前向きで,多少痛みがあっても耐え、食欲がなくても薬になるからといってどんどん食べようとします.回診すると返ってくるのは「大丈夫です!」という明るい声,あまりにも元気なので却ってこちらが心配してしまうくらいです.
 「先生よう、どうせ手術しなきゃあの世にいっちゃうんだろう?!それなら俺も男だ、先生の好きなように煮るなり焼くなりどうにでもしてくんなってんだよ、先生!」といった、あの名画「男はつらいよ」の寅さんのような下町江戸っ子タイプとでもいえるような人…本当は手術が怖い、でも弱みを見せられるか、そういって注射一本でも必死にこらえている,その背中には男の哀愁さえ感じ、ほろりとさせられますが、こういった人たちも基本的にはその開き直りが効を奏して早く回復するようです.

 逆に、基本的に悲観的な面の強い人は、病気のことをよく理解はしていても悪い方向にばかり考えが及び、些細なことを気にします.だから、食欲がなかったり痛みが少しあるだけでも不安になり、はたまた同室の患者の寝息までもが気になって眠れないと訴え,検査ひとつでもあれこれ悩み躊躇します.回診すると訴えの嵐です.
 
 性別ではどちらが有利かというと、個人差はあるにせよ女性に軍配が上がります.一昔前に「オバタリアン」ということばが流行りました.女性がいわゆる中年の「おばさん」になって人目も気にせずずうずうしくなっていくのを揶揄した、あまり良い意味では使われない言葉ですが、彼女達のキャラクターは病気になると極めて有利に働きます.自分の病気に対する専門的な知識など全くなくても、とにかく元気です.病室はいつも明るく活気づいており、笑い声さえ聞こえます.回診をしても「先生、このごろ疲れてへん?大変やな、がんばってな!」 などとこちらが励まされてしまいます.やはりお腹をいためて子供を産む人種のパワーでしょうか.

 こういう意味では男性陣、特に「おじさん」達はからきし駄目です.家庭では威張っていても病室は往々にして暗い.女性達のように馬鹿笑いするようなことも羞恥心がそれをさせず,お互いに遠慮して何か「かまえて」いる.お互いにしゃべることといっても結局,「うちは会社も最近は不景気で儲かりまへんし、わてはこのとおり病気でっしゃろ、ほんまに大変ですわ」とか,「嫁はんに先立たれましてなあ」とか、「腰が痛うて困りますんや」とか暗い話ばかりになってしまいます.

 また特にインテリ過ぎる人、社会的地位が高い人はなぜか却って回復が遅いことが多いようです.豊富な知識や豊かな思考が却って病気の回復を妨げます.何処で調べてきたのか,とにかく自分の病気のことには詳しい.こういった人の熱心さには本当に感心させられますが,もしも何か予期せぬことが起こると、却ってそのことばかりを気にして、ちょっとした発熱でも「傷が化膿したんではないだろうか」とか悪いほうにばかり考えが及んでしまうようです.
 こういった意味ではわれわれ医師の場合も、だてに医学知識があるのでいつも最悪の事態を想定してしまい、ほくろひとつでも「悪性黒色腫(ほくろが素地になって発生する極めて悪性の癌)」ではないだろうか」などと思って心配してしまったりするのですが….

 一昔前のように医者のやることは絶対的で患者はただ「おまかせします」と言うしかなかった悪しき時代からみれば、今のように患者さんたちが自分の健康や病気のことをよく勉強し、医師に対しても自分の意見を主張できるようになったのはとても良いことだと思います. けれども悲しいかな、それがすなわち必ずしも病気の回復しやすさと正比例するわけではないというのも確かです.せっかくの知識もそれが却ってマイナスの方向にばかり作用することもありますし、極端なことを言えば、むしろある程度は「おまかせします」タイプの人のほうが却って回復が早いこともある、というのが私の素直な印象なのですが、これは医師として傲慢だといわれてしまうでしょうか?

 けれどもいずれにせよただひとついえることは、病気に対する一番の妙薬は渡辺淳一氏のいう「鈍感力」であり,春山茂雄氏のいう「ポジティブ」ということでしょう.

 もちろんこれは病気や健康についてだけでなく,人間の生き方そのものに対する大事なkeywordでもあるのは勿論であり,私もいつも「鈍感力」と「ポジティブ」を座右の銘として生きていきたいと思います.  
 
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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