すべてを糧に

 先日は某製薬会社主催の特別講演会に参加してきました.
 実はその講演会に参加することは,私にとって講演内容以上に意味あるものでした.

 講演の演者であったS大学耳鼻咽喉科のK教授は,20年近く前に私が米国ピッツバーグに研究留学していた時に家族ぐるみで仲よくしていた友人でした.めまいの研究のために留学していた彼は,私より一足先に帰国しましたが,その後今まで年賀状のやり取りだけで,再会する機会はありませんでした.しかし偶然にも彼がこの講演会に招かれていることを業者さんから聞き,いても立ってもおられず,かみさんも連れて参加しました.約18年ぶりの再会となった講演会後の懇親会では,お互い再会を喜び,留学時代の懐かしい思い出話に花が咲いて心から楽しい時間を過ごしました.大阪出身の彼は人柄も非常に気さくで茶目っ気もたっぷりでしたが,これほど偉くなった今でもその親しみやすいキャラクターは全く変わってはいませんでした.
 会には神戸労災病院で共に働いていた耳鼻科のH先生も参加していましたが,彼も以前K先生と仕事をしたことがあるとお聞きし,お互い不思議な縁を感じました.

 留学時代,私のいた心臓外科の研究室と彼のいた耳鼻科の研究室は建物も違っていましたが,お互いかみさん同士が娘のNursery(保育園)や日本人協会での活動を通じて知り合ったのがきっかけで,家族ぐるみで付き合うようになりました.彼には娘さん3人がいて,両家が集まった時は私の娘2人も合わせて5人もの小さな女の子たちがはしゃいでてんやわんやでしたが,本当に楽しかったのを覚えています.
 その後帰国した私は心臓外科医を目指して東京女子医大に研修医待遇という条件で移り,彼は母校の大学の耳鼻咽喉科の講師となりました.
 時は流れ,50才目前まで心臓外科医として働いた私は道半ばで開業医へと転向し,彼はめまいの研究で名を挙げてついには教授にまで昇り詰め,その道の第一人者となりました.
 
 ところで少し前にテレビで,米国のコロンビア大学で移植外科医として活躍している日本人医師,加藤友朗教授の特集番組を見ました.彼は日本にいた時の医局の閉塞感に嫌気がさし,30歳頃に渡米して移植外科医の道を進んだとのこと,最初は大変な苦労をしたが努力が認められ,ついには押しも押されぬ移植外科の第一人者となったということでした.
 この番組をみたかみさんが,「貴方も大学が嫌になって心臓移植の研究で渡米したところまでは同じだったのにね(笑)」と笑っていました.
 
 人生には運,鈍,根が必要といわれます.鈍,根は努力によって何とかなると思うのですが,運だけはどうしようもありません.運をつかむのも実力のうち,などという人もいますが,私はそうばかりとは言えないとも思います.
 人生はまた,決断の連続ともいわれます.その時々にどう決断するかがその後の人生を大きく左右するといっても過言ではなく,そこに自分の力や計算ではどうにもならない運というものが働くのでしょう.
 正直言ってしまえば,私もひょっとして彼らのように名を挙げて教授になるような道もあったのかもしれない,などと思うこともあります.開業したことは自分の望んだことであり,またとてもやり甲斐も感じているので,決して間違いではなかったとは思いますが,それでも正直そんな気持ちがふと頭をもたげることもありました.

 開業して間もなくのころ,私が東京女子医大の門を叩いた時の恩師,小柳仁教授が関西への学会出張がてら,わざわざクリニックを訪ねてこられ,光栄にも家族ともども食事を共にさせていただいたことがありました.
 30歳を超えていた私が心臓外科医になるきっかけを作って下さった先生には,実は道半ばで開業してしまったことを本当に申し訳なく感じ,その時謝罪しました.しかし先生は,「先生,人生には無駄なことなんか何一つありません.先生が心臓血管外科医として真摯に働いたことが,素晴らしい人生の糧となっているんですよ.先生ならば開業医としてもきっと成功しますよ」と言ってくださり,心から頭の下がる思いがしたのを覚えています.

 確かに決して運に恵まれたてきたとは言えない人生ですが,後悔だけはしないようにその時その時を一生懸命に生き抜いてきたという自負はあります.紆余曲折した揚句,最終的に開業医となった私ですが,それが神様から与えられた大切な,そして素晴らしい使命と思い,今後も誠心誠意頑張っていくのみです.


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あれから15年

 先日から日本全土に寒波が襲来し,非常に寒い日が続いています.風邪の患者さんも多く,また特に寒い朝方の時間帯を避けるせいか,午前診の患者さんの出足が非常に遅く,10時ころまで数えるほどしか受診者がいないのに,そのあとから怒涛のごとく患者さんが来るような状態です.
 患者心理と天候との関係は本当に興味深く,結構面白い研究テーマにでもなりそうだなどと感じています.

 さて先日カリブ海の島国ハイチで未曾有の大地震が発生し,死者は10万人以上にも達するといわれています.そして15年前の今日は,私の住むこの神戸で死者6000人以上という大惨事となった阪神大震災が起こりました.
 あの日,私は神戸からはるか遠い,福島県のいわき共立病院に勤務していました.当日の朝,当時芦屋に住んでいた義弟から,神戸で大きな地震があったとの一報が入りました.寝ぼけまなこで応対した私もかみさんも,まだ半信半疑でしたが,少し心配になりその当時兵庫県川西市に住んでいた彼女の両親や,明石に住んでいた私の両親に電話を入れましたが,完全に不通でした.テレビをつけると,神戸で大きな地震があり靴工場が密集した長田区などで火事が発生しているとのこニュースが流れていましたが,その時はまだ事の重大さを知る由もありませんでした.
 
 しかし時間が経つにつれ,高速道路が橋脚から折れて真横に倒れたり三宮など中心部のビルが倒壊して,街全体が目を覆うような壊滅的な状態になっている映像や,死者の数が1000人単位で増加しているとの報道は,想像をはるかに超えた未曾有の大災害が現実に起こったことを私に認めさせるに十分で,私はテレビの前でただ呆然とするしかありませんでした.

 両家の父母に連絡がついたのは震災発生後数日も経ってからでした.幸い4人とも無事で,川西や明石はまだ被害は軽度で,明石の父母の家の壁に少しひびが入った程度とのことでした.弟夫婦を含め神戸近辺に住んでいる親戚たちもみな無事とのこと,安堵したのを覚えています.医師としてぜひ神戸の救援チームに加わりたいと思った私は上司に願い出ましたが,当時は仕事があまりにも多忙だったため,残念ながら許可されませんでした.仕事が多忙とはいえ,あの時ばかりはなぜ上司の反対を押し切ってでも神戸に帰らなかったのか,と今でも後悔しています.ただ共に働いていたICUの看護師さんたちが父母宛ての見舞い金を下さり,人の心の温かさに感謝しました.
 
 その後たった15年の間にこの街は奇跡的な復興を遂げ,再びエキゾチックな雰囲気溢れる観光都市として甦っています.もちろん長田区の商店街など,今だに震災前の活況を取り戻していない場所もありますし,また被害にあった多くの方々の心身が本当の意味で癒えるまでは,とても完全に復興したなどとはいえないというのも事実です.

 しかし日本があの悲惨な戦争の焼け跡から半世紀弱で奇跡の復興を遂げたように,この国の国民はどん底に突き落とされてもそこから這い上がってくるパワーを持っているのだとも感じます.

 スマトラ沖大地震,四川大地震,そして今回のハイチの大地震など,最近は毎年のように死者数万人単位を超す大災害が起こっています.これは堕落した人類に対する神の怒りなのか,気候変動の影響なのか,自然の猛威の前にはなすすべもない我々には知る由もありません.
 しかし,いずれにしても人類はこうした悲劇から這い上がってくるたびにそれを糧にして逞しくなれるはず,いやなっていかなければならない,そうでないと亡くなられた数え切れないほど多くの犠牲者の方々に申し訳が立たない,そして何よりも真の意味での人類の進歩はないと強く感じます.
 


パンとサーカス

 新しい年が明けました.光陰矢のごとし,開業以来毎日の診療や業務に無我夢中で,気がつけばもう2回目の新年を迎えることとなりました.

 元旦にテレビで古代ローマ帝国の興亡を扱った番組を放送しており,このあたりの歴史が好きな私はとても興味深く見ました.古代ローマ帝国の末期には,広大な国土を治めるために民衆の人心を掌握するべく「パンとサーカス」と揶揄されたような方法,すなわち人民に無償で食料を配って労働から解放し,あの巨大な円形闘技場,コロッセアムの中で奴隷たちの殺し合いを見世物にして娯楽を与えましたが,これこそが帝国の没落の大きな一因であり象徴であるとのことです.
 ある出演者が,今の日本はまさにローマ帝国の末期と同じ状態だとコメントしていたのが印象的でした.

 ところで昨年末に「人間の器」という本を読みました.
 著者の文芸評論家,福田和也氏は,昨今の日本人は,良い人か悪い人か,有能か無能か,感じがよいか悪いか,など非常に単純な尺度でしか人間を評価しなくなったと述べています.つまりそういったものを乗り越えた,無私,反骨,迫力といった,通り一遍の物差しでは測れないようなスケールを持った,器の大きな人間,今年のNHKドラマの主人公でもある坂本竜馬(彼は自身は例には挙げていませんが)のような人間がいなくなったとのことです.

 今の日本は戦後65年目を迎え,表向きは極めて平和です.しかし政治,経済,外交,産業,社会福祉,あらゆる面でそのほころびがいたるところに湧き出ており,この国の未来には暗雲が立ち込めています.しかし私利私欲を捨てて本気でこの国を変えてやろうとするような人がいないのも事実です.他の国ならば革命が起こってもおかしくないような状態でも,日本人の生来の気質なのか,危機感がな全くないのか,国内が動乱になるようなことはなさそうです.
 
 いまや医療崩壊が叫ばれて久しい医療もその最たるものかもしれません.政府といえば,診療報酬や医学部の定員や医療制度をちまちまといじったり,わけの判らぬ検診制度を導入したりと躍起になっていますが,何かいつも政党の思惑や選挙対策ばかりが絡んでうさん臭さ,姑息さばかりが見えてしまうのは私だけでしょうか?
 
 確かにそれらはひとつひとつ熟考?された施策なのでしょうが,私が思うには,いったい我が国の医療や福祉を一体どういう方向に持っていきたいのか,高齢者や病人といった社会的弱者はもちろん,それを支えている医療従事者たちもともに真の意味で幸せになるにはどうしたらいいのか,長期的,巨視的なvisionに立った思い切った改革がなぜできないのか?と思います.
 
 もちろん,ではどうしたらよいのか?と言われれば私にももちろん判りませんので,無責任なことはいえません.
 しかし今この時代だからこそ,日本国民はいい加減「パンとサーカス」から眼を醒まし,医療のみならずあらゆる方面において日本の国の行く末を,大きな視野で真剣に考えなければならない時期に来ていることは確かだと思っています.