年の瀬のオアシス

 2009年もあと10日ほどになってしまいました.開業してはや1年8カ月,ただひたすらに,がむしゃらに突っ走ってきた感じです.幸いクリニックの経営も安定しつつあり,少しは心の余裕も出てきました.
 
 ここ数日間は,そんな私にとって心のオアシスとなるようなイベントの連続でした.

 先週の日曜日には,神戸労災病院時代に共に働き,当院にも時々手伝いに来てくれている看護師のIさんの結婚式がありました.結婚式に招かれるのは本当に久しぶりでしたが,いつもは大変活動的な彼女の初めてのウェディングドレス姿はとても可憐で美しく,9年間も付き合ってゴールインしたという新郎とは本当にお似合いでした.私は披露宴で乾杯の挨拶をするという重責を与えられましたが,何とか無事果たすことができました.式には神戸労災病院時代から仲良くさせて頂いた看護師さんたちも多く招かれて,同窓会さながらに2次会,3次会と心から楽しい,そしてリラックスした時間を過ごすことができました.
 
 今週の火曜日はクリニックの忘年会を行い,楽しい時間を過ごしました.三宮の某焼肉店の個室を借り切り,かみさんも含めてスタッフ全員の労をねぎらいました.いつもクリニックのために一生懸命働いてくれている彼女たちには本当に感謝しています.
 
 翌日水曜日の祝日には,久しぶりにクラシックのコンサートに行きました.長年女声コーラスに所属して活動している私の母が,大阪フィル演奏のベートーベンの第九コンサートにアルトで参加するとのことで,かみさんと父とで神戸国際会館の大ホールに出かけました.
 私も学生時代には大学の混声合唱団に所属してパートリーダーや指揮者も務めたことがあり,やはり大阪フィルの第九で歌わせてもらったことがあります.当時の指揮者は,かの有名な故朝比奈隆でした.その時の感動が忘れられず,その後いつかまた第九を歌いたいと何度も思いましたが,社会に出てからは忙しさでそれどころではなく,そうこうするうちに私の影響を受けた母がすっかり合唱にはまってしまい,今度は私が母の歌を客席で聞くこととなったわけです. 
 座席がかなり前の方で,オケの打楽器やソリストたちの姿がやや見にくかったのが残念でしたが,それでも久しぶりに生の第九を間近に聞けて,大変感銘を受けました.曲が第3楽章変ロ長調に入り,美しいAdagioの旋律が流れると,いろいろな思いが脳裏を駆け巡って,なぜか思いがけず目頭が熱くなってしまいました.そして有名な最終楽章では4人のソリスト,200人以上の大合唱とオケと指揮者との素晴らしいコラボレーションに心から酔いしれました.最後は standing ovationこそありませんでしたが,素晴らしい演奏にいつまでも拍手が鳴りやみませんでした.
 私はクラシック音楽の中でも特に交響曲が好きですが,特にベートーベンの交響曲は自分の感性に合うようです.これまた多くの交響曲を残したモーツァルトも彼とよく対比され,第40番などは私も好きですが,私はやはり,何か重厚な質感と迫力に満ち溢れた彼の交響曲に,いつも魂を揺り動かされるような深い感銘を受けます.
 
 この数日間は,頑張りすぎて少し疲れているかもしれない自分へのご褒美にもなった,心が洗われるような日々でした.
 


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一番じゃないとだめなんですよ

 いよいよ12月,神戸の街は恒例のルミナリエが多くの人出を呼び,クリスマスシーズン真っ盛りです.クリニックも年末に向けての雑務が多く,超多忙ではありますが,心地よい充実感もあります.
 
 さて,先ごろ政権交代を成し遂げた民主党の政策の目玉である事業仕分けにより,無駄な予算の使い方にメスを入れるべく,仕分けチームとやらが次々と様々な事業の予算の削減や見直しを行いました.
 景気の先行きが見えぬ昨今,少しでも予算の無駄を省き,使い道を透明化して適材適所に配分するという趣旨は非常に画期的かつ重要なことだとは思いますが,そのやり方を見ていると疑問をさしはさまざるを得ない部分も多々あると感じました.
 ひとつは,なんといっても科学技術関連や教育関係の予算の大幅な削減や廃止です.テレビでも話題になった,スーパーコンピュータの開発に関する仕分け作業で,民主党のある女性議員が,物知り顔に「どうして世界で一番じゃなければならないんですか?二番じゃだめなんですか?」と恥ずかしげもなく言った時,私はなぜこのような無知を絵にかいたような人間が仕分け人になっているのかと驚きました.
 これらの仕分け結果に関してはノーベル賞受賞者たちが大々的に記者会見を行い,強烈な批判を行ったのも話題となりました.
 
 国土も小さく資源の少ない我が国がここまで発展してきた原動力は何か?それは勤勉な国民性と,以前ほどではないいものの未だに世界トップレベにある教育レベル,そしてそれらに裏打ちされた日本人ならではの細やかな技術や研究です.
 私は米国に研究留学している時に,この国の研究者たちの研究環境が質量ともにいかに恵まれているかということを思い知らされ,欧米でノーベル賞が量産されているのもなんら不思議ではないと感じました.日本人はこの点決して恵まれているとは言えませんでしたが,それでもたゆまぬ努力と工夫によって日本初の技術や研究も世界に認められるようになり,made in Japanは信頼の証とまでいわれるようになり,また最近は毎年のようにノーベル賞受賞者や候補者も輩出されているわけです.

 阪大の総長が,「一つの画期的な科学的発見,技術開発の背後には,おびただしい数の失敗や挫折が必ずある.失敗例を無数に重ねる中で最終的な発見,発明の細い道がかろうじて見つかる性質のものだ.なせそれが大切かといえば,資源小国の我が国の力の基盤は知恵と技にあるからだ.」との談話を発表したとのことです.
 今すぐに国民の利益に結びつかないもの,利益にならないものは切り捨てる,それは一見非常にクリアカットな論理には見えます.しかし科学や教育といったものは長期に亘って持続してこそようやく成果が見えるもの,けれどもそれこそが国家やそこに住む人々を支える一種の強固なインフラとなるわけであり,それを一朝一夕に成果が出ないからと言って切り捨てるような近視眼的なものの見方しかしないのであれば,この国の未来はないと思います.
 今回の事業仕分けの結果がもし現実のものになれば,それはまさに今後も技術立国として生きていくしかない我が国の手足を,無残にももぎ取ることになるようなものだと感じざるを得ません.