Dr.OHKADO's Blog

. 頼もしい武器

 昨日は株式会社ツムラの主催する漢方の勉強会に参加しました.

 以前のブログにも書きましたが,開業してからは積極的に漢方を診療に取り入れるようになりました.最初は試しに使ってみるという程度でしたが,今では日常診療に欠かせないものとなっています.
 今でこそ医学部でも東洋医学のまとまった講義があるようですが,私自身は開業するまで漢方と聞いただけで取っ付きにくい感じで,自分で処方することなどごく限られたケースのみでした.気血水とか虚実とか六病位とか,言葉を聞いただけでアレルギー反応を起こしそうでした.

 しかし開業してさまざまな訴えの患者さんを診るようになると,西洋医学的考えや処方だけではどうしようもないケースに日常的に出くわします.例えば,最近動悸やイライラが激しい,手足が冷えるのに顔はのぼせる,便秘がひどくてお腹が張る,肩こりや頭痛がひどく夜も眠れない,など本当に多くの不定愁訴を訴え,しかもあらゆる検査を行っても何も異常がないというような患者さんに出くわすことも多々ありますが,西洋医学では結局更年期障害とか心理的なものとして扱われて対症療法に終始し,全く太刀打ちできません,しかしこういったケースにこそ漢方が非常に有効で,漢方薬がぴたりと合えば,ほとんどの症状がたちどころに消失するといったことも珍しくはありません.

 漢方は2000年以上もの歴史の中ではぐくまれてきた経験医学で,そのメカニズムは最近までは解明されていませんでした.しかしここ数十年の基礎医学や薬理学の進歩で,それらも次々と明らかにされ,今はやりの「エビデンス」も着実に積み重ねられています.そもそも西洋薬の成分の多くも元はと言えば植物から得られたもので,それらの化学構造をヒントにして薬となる化合物が人工的に合成されているわけです.つまり漢方薬と西洋薬は決して相容れないものではないとえます.ただ漢方薬では多くの生薬すなわち成分が先人の経験に基づいて微妙な割合で調合されており,それらが相乗的に働いて西洋薬では得られないような素晴らしい薬効を発揮すると考えられています.

 そんなわけで私もすっかり漢方のファンになってしまい,重宝していますが,奥は深くまだまだ初心者です.
 昨日は腹診の練習もあり,いつものようにモデルの患者さん(ツムラさんの趣味か,講師の先生の趣味か,どういうわけかいつも女性なのですが)のお腹を講師の先生に教えてもらいながら,順番に触らせていただきました.

 ただ,参加者の中でかなりお年を召されたある先生,講師の先生の言うことを聞いてか聞かずか,全く教えられたのと違うやり方で触診をされているのです.講師の先生も最初は「いや,そこはもう少し指の腹を使ってですね…」などと教えていたのですが,あまりに無視されるので黙ってしまいましたし,見ていた私たちも苦笑せざるを得ませんでした.その先生,ひょっとして漢方の大家で独自のやり方を開発されているのか,講師とはいえ自分の子供みたいな医者になんぞ教えられたくないわいと思っているのか… でもせっかく教えてもらってるのに素直になったらエエのになあ,などと思ってしまった私でした.
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. 病理解剖の思い出

 7月も半ばとなり,本格的に暑い日が続いています.暑い中でもクリニックを受診してくださる患者さんたちには感謝するばかりです.待合室で少しでも快適に過ごしていただけるように今週から冷水のサービスを始めました.非常においしい水がレバーひとつですぐに飲めるので,喜んでいただいています.

 さて先日,世界的大スターであるマイケルジャクソンが謎の死を遂げたのはまだ記憶に新しい出来事ですが,その死因をさぐるために病理解剖が行われ,真相が究明されようとしています.

 私も勤務医時代に病理解剖には何度も立ち会いました.薄暗い明かりの殺風景な解剖室の真ん中に鎮座した解剖台は,浅い箱のような形をしており,周囲には血液や水が溜まらない様に溝が設けられ,排水溝につながっています.その上に横たえられた物言わぬ遺体は今にも眼を醒まして起き上がりそうなほど生々しい,といいたいところですが,実際には解剖にいたるまで数時間は経過しており,少し前まで生きていたとは思えないほど死後硬直が進み,流れることを止めた血液が重力の影響で下方に移動するため,背中や脇腹には広範囲に紫斑が広がっていました.特に長い闘病生活を経て亡くなった患者さんの遺体は,壮絶な闘いに明け暮れて精も根も使い果たし,まさに満身創痍ということばがぴったりでした.解剖を行うことに承諾してくださった家族も,もしこの姿をみたら,もう身体にこれ以上残酷なことはしないでほしいと言うのではないかと感じることもしばしばでした.

 私は外科医でしたので,「血を見るのがこわくないですか」と言うような定番の質問を,いやと言うほどされました.しかし手術と解剖では全く違います.手術の場合は,目的とする手術部位以外はすべて清潔な敷布で覆ってしまうので,たとえば心臓の手術ならば胸の真ん中以外は視野に入りません.生きているので切開を入れれば出血し,その下の胸骨を切断すれば拍動している心臓が見えるのは当然で,術前に診断したとおりの風景が広がっていることや,動脈や静脈の美しいほど整然とした走行に感動(一般の方には理解できないとは思いますが)することはあっても,「恐い」とか「気持ち悪い」という心情を抱いたことは皆無でした.

 しかし病理解剖は,外科手術を数千回以上も経験しているさしもの私も,何回立ち会っても慣れることはありませんでした.それは,手術のみならず数え切れないほど多くの患者さんの「死」に立ち会ってきたことはあっても,その後の,最後の審判を待っているかのような遺体と,それにメスを入れるという行為に,何か言いようのない「畏怖」とでも言うべきものを感じてしまうからかもしれません.

 病理解剖は病理医が遺体に一礼した後に始まりますが,いったん始ま流った後はまさに流れ作業です.次から次へと現れる臓器は,すでに血の気を全く失っており,手術でお目にかかるそれとは全く別のものにさえ思えました.それらの臓器が「手際よく」取り出され,手伝っている私たちが重さを計ったり写真を撮って容器に入れ,顕微鏡による病理検査にまわされます.心臓の重さを量る時は,死んだファラオの善悪をその心臓の重さを量って判断したという,古代エジプトの冥界の支配者オシリスの神話さながらです.腹水の量を量るためにシャモジ様の道具でお腹の中からそれをすくってメスシリンダーに入れるときなど,まさにホラー映画ばりで,一般の人がみたら卒倒するやろなあなどと感じていました.

 けれどもそうして臓器がすっかり取り出された遺体も,最後には丁寧に縫合されて身体を清められ,死化粧をしてきれいになり,何ごともなかったように再び霊安室に戻されるのです.
 
 私はというと,病理医の先生には申し訳ないのですが,病理解剖が終わって解剖室を出る時は,血みどろの重労働と,遺体が発する一種独特のオーラに圧倒されて,いつも身も心も疲弊しきっていました.そんなわけで,死因の究明のために解剖が重要になることは頭では解っていても,手術とはちがいなぜかあまり気が進まなかったのを覚えています.



. アカデミズムを忘れない

 先日の日曜日に,ファイザー製薬とベーリンガーインゲルハイム株式会社の主催する「神戸COPD研究会」という研究会が,神戸クラウンプラザホテルで行われ,光栄なことに私は講演者のひとりとして招かれ,地元の先生方を相手に「開業医における禁煙外来の実際」として約15分の講演をさせていただきました.
 COPD(Chroni Obstructve Pulmonary Disease,慢性閉塞性肺疾患)というのは,肺気腫を代表とする病気の総称です.日本でも死因の10位以内にはいるほど増加しており,また何より喫煙がその発症の大きな原因であることから,最近とみに注目されています.クリニックでは開院以来,新薬であるチャンピックスによる禁煙外来を行って来ましたが,どういうわけか患者さんの数が近隣の医療機関の中でダントツに多いとのこと,開発したファイザー製薬から白羽の矢が立ったということです.開業してから自分が演台に立つのはこれが初めてでしたが,統計解析やスライド作成などは,勤務医時代に日常的にやっていたので慣れていました.

 勤務医時代は,相談出来る同僚も周囲におり,常に最新の医学知識や技術に接していましたが,開業するとなんといっても孤独で,すぐに相談できる相手もいません.しかも人間はつい安きに流れやすいもの,医療以外の雑事も多く,モチベーションがないとつい知識や技術をブラッシュアップする機会を失ってしまい,日進月歩の医学に遅れてしまうのではないかと感じています.

 医師会や製薬会社主催の勉強会や研究会はしょっちゅう開催されていますし,インターネットなどを利用すれば最新の医学知識を学ぶことは困難ではありません.しかしそれもあくまで医師個人に学ぼうとする姿勢があるということが前提です.

 先日,以前から動悸がするという患者さんが遠方から当院を受診され,心電図をとると心房細動という立派な不整脈でした.どう考えても最近発症したものではなさそうでしたが,患者さんに訊くと,月に2回通っている近所のかかりつけの医師は,毎月のように心電図をとっていた,しかもいつも異常なしとしか言われたことがないとのことですから驚きでした.その医師はいったい何のために心電図をとり,何を見ていたのでしょうか?医師の専門はもともと整形外科医だったとのことでしたが,患者さんにとっては関係ありませんし,医師の勉強不足といわれても仕方ありません.残念なことにしばしば開業医が勤務医に比べて下に見られることが多いのは,こういったことがあるからなのかもしれません.

 私も開業してからは自分の専門外の患者さんが来ることは日常茶飯事で,正直こんな診断や治療でよかったのかと,後でひやひやすることもしばしばです.「おおかど循環器科クリニックにかかったけれども全然よくならなかった」と,他院で批判されていることもあるかもしれません.私も前述のようなことを他山の石として,開業医とはいえ,というよりも開業医だからこそよけいに,いつまでもアカデミズムを失わないようにしたいと思います.
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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