和みの風景

 今年も桜の開花が話題になる季節となりました.早いものでクリニックもあと1ヶ月でついに1周年を迎えます.
 先日ある患者さんがこんなことを言われました.

 最近の人々は人が街で倒れたり具合悪そうにしていても声をかけようとさえしない,以前はもしそういう人がいたら「どうしたんですか?大丈夫ですか?」と必ず声をかける人がいたものだ,もしこういう人がいなくなってしまったら,もうこの国は終わったと思った方がよい,と.

 その方は80歳をとうに超えておられますがかくしゃくとしておられ,今でも現役で働いています.しかしある日道を歩いていたら少し具合が悪くなってしまったとのこと,その時のことを話されたわけです.

 私が通勤に利用している市営バスの沿線には学校が多く,毎朝その学生たちで非常に混み合います.ドアがある側は二人掛けの座席が縦に並んでいるので,窓側に座った人が降りる時には通路側の人に体をよけてもらう必要があります.よって他人同士ならば「すみませんが降ります.」とでも言うのが当然なのでしょうが,学生の中にはこういった挨拶を全くせず,強引に出ようとする者がいることがあります.私も通路側に座っていた時に同じ目に逢い,あまりに失礼だと思い思わず叱責してしまいました.

 ただ先日バスに乗っていた時には,とても微笑ましい光景に出会いました.小学校入学前ぐらいの小さな男の子が母親とともに降りる際,運転手に向かって深々と頭を下げ,大きな声で「ありがとうございました.」と言ったのです.運転手さんもそれを見ていたわれわれ乗客も自然に微笑んでしまい,バスの中には和んだ空気が満ち溢れました.

 バスには女子高生たちも多く,箸が転んでもおかしい年代だけあって,時にはうるさいなァと思うほど下らない(と私のような中年年代には思えますが(^_^;))話題で盛り上がっています.しかしそんな彼女たちも,降車時にとても元気よく運転手さんにお礼を言っている様子をみると,拍手を送りたくさえなります.

 また,私は通勤途中に小さな旅館の前を通るのですが,ある日いつものようにそこを通りかかると,スポーツの大会か何かで神戸に宿泊しているとおぼしき学生達がユニフォーム姿で出て来たのに出くわしました.すると彼等は,全くの他人であるはずの私に向って一斉に「おはようございます!」と元気よく挨拶したではありませんか.私は一瞬呆気にとられましたが,本当にすがすがしい気持ちで自然に挨拶を返していました.

 人間というのは言語という素晴らしい意思伝達能力を獲得した唯一の動物です.コミュニケーションには言葉そのものだけではなく,態度や表情も重要な要素であるのは当然ですが,やはり言葉に出せる時は出す方がわかりやすいに違いありません.そして少しでも他人のことに気を向けるという気持ちがあれば,道端で人が倒れていても,乗り物が混雑していても,ちょっと声をかけるだけでお互いいやな気持にならず,それどころか幸せな気持ちになれるにのと思います.景気も悪く人の心も殺伐となりがちな昨今ではありますが,自戒の念をこめて自分自身も気をつけたく思います. 


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創造力が欲しい!

 桜の開花の話題もちらほらと聞こえる季節となりました.早いものでクリニックもあと1ヶ月でついに1周年を迎えます.最近は口コミで来院される患者さんがとみに増え,当院もようやく地元に認知されだしたと感じています.

 ところでこの時期になるとテレビ番組も改編期を迎えます.先日はNHKで9年間も続いた「その時歴史が動いた」という番組がとうとう終わってしまいました.歴史を動かしたさまざまな人々に焦点を当て,松平定知アナウンサーの淡々としたナレーションで語られるこの番組は,いつも感動と勇気をもらえる,私の好きな番組でした.また何よりも番組の最後に演奏される谷川賢作作曲のテーマ音楽の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものでした.この曲を聴くたびに心が洗われ,落ち着くような気持ちになるので,クリニックの外来手術のときのBGMのオープニングにしてしまいました.かみさんには,私が死んだら葬式にはこの曲をかけて欲しいなんて冗談で?言ったことさえあります.

 それにしても大河ドラマしかり,映画しかり,ドキュメンタリーしかり,いつもそれにぴったりなテーマ曲を作る作曲家の能力にはいつも本当に感服してしまいます.映像を見てその曲を聴くと,「この曲以外はあり得ないやろ!」とさえ思わせてしまうからです.10年近くも前にやっていたNHKスペシャル「世紀を越えて」のアディエマス作曲の幻想的なテーマ曲は,今でも聴くたびにぞくぞくしますし,木村拓也が主演した「華麗なる一族」の服部隆之作曲の荘厳なテーマ曲も忘れられません.映画「三丁目の夕日」の佐藤直紀作曲の心温まるほのぼのとしたテーマ曲もあの時代を語るにはぴったりでした.古いところでは「新日本紀行」の富田勲作曲のテーマ曲など,これほど古き良き日本の素晴らしさを描き,日本人の魂をゆすぶる曲があろうかと思うぐらいの名曲で,第二の日本の国歌にして欲しいなどという声もあるようです.

 私も子供のころからエレクトーンをやったり,学生時代には混声合唱団の指揮者までやっていた縁で音楽には日常的に接し,編曲なども多く手がけました.しかし自分に決定的に欠けているもの,それは創造力だということには以前より気づいていました.人を感動させられるような後世に残る曲を1曲でも作曲できたらどれほど素晴らしいか?そう思って自分もいい音楽を聴くたびに風呂の中などで思いつくメロディーを口ずさんでは五線譜にしたためてみるのですが,気がつけばどういうわけかなんとなく自分の知っている他の曲に似ていたりして(^_^;)…

 人間の才能にはきっと2種類あるのでしょう.ひとつは創造力(creativity)の強い人,もう一つは応用力(application)の強い人.両者とも必要であり,優劣はないとは思いますが,私は少なくとも前者ではないと思います.

 ただ,話はやや飛躍しますが,企業ほどではないにしろ,クリニックの経営にも創造力もある程度はないと,開業ラッシュのこの時代に他院と差別化を図って伸びていくことは困難だとは感じており,何とかしてユニークなことにチャレンジして行くべく,ない知恵を絞ってがんばりたく思ってはいます.
 


心臓が動かない!

 私は医者や病院を舞台にしたテレビドラマを見るのは,実はあまり好きではありません.

 先日たまたまテレビで「チームバチスタの○○」とかいうドラマをやっており,例によってあまり見る気はしなかったのですが,かみさんが見ていたのでついつい眼に入ってしまったこんな場面がありました.このドラマはバチスタ手術という心臓の難手術を行っている医療チームの話です.多くの心臓の手術では心臓を一時的に止める必要があり,そのため心臓や肺の代わりをする人工心肺を装着した上で,心臓の出口にある大動脈という部分を鉗子ではさんで心臓を止めるのですが,手術が終わればこれをはずすことにより心臓が再び動き出します.

 さてこのドラマ,手術は着々と進み,いよいよその鉗子をはずすのですが,すぐには心臓が動き出さないのです.すると10秒もしないうちに医師たちが無残なほど慌てふためき,手術室は天地がひっくり返ったような大騒ぎになりました.私はそれを見ていて,苦笑してしまいました.鉗子をはずしてもすぐに心臓が動かないことはいくらでもあり,しかも人工心肺を使っているのですからすぐに慌てる必要はないからです.これは心臓外科を少しでもかじった者ならば誰でも知っている常識です.もちろん心臓が全く動かないということがこのドラマのテーマに関係するのですが,それにしても,奇異に感じました.

 しかしテレビの医療ドラマではこういったことはいくらでもあります.

 たとえば人工呼吸器をつけているのに口には気管チューブが入っておらず酸素マスクだった場面があり,「それやったら人工呼吸の意味がないやろ」と苦笑.

 また病人の臨終の場面では,それまでピッ,ピッ,と正常だった心電図がいきなりピーッとなって止まり顔がガクッとなる,でもそんな死に方はほとんど見たことがありません.

 オペの場面で佳境に入ったとき,術者が「汗!」というとナースが額の汗をさっと拭く,でも「ちょっと待って,そのナースって手洗いをして清潔になっているナースとちゃうの?不潔やろ!」と唖然!

 ERの緊迫した場面で医師がナースに「塩酸ドーパミン持ってきて!」などと一般名で薬を指示するのですが,これも,ふつうは「そんな急いでるんならイノ○○!のように商品名で言うやろになあ!?」と.(もっともこれはそれでは宣伝になってしまうということで不可能なのでしょうが…).

 そうかと思えば,大学病院の外科のカンファレンスの場面で,教授が「この患者には膵頭十二指腸切除術を行うことにする.」と言えば,ある医局員が「膵頭十二指腸切除術といえば,胃の一部と十二指腸,膵臓をいちどに切ってしまう,消化器外科の手術の中でも最も困難な手術ですよね…」などともっともらしく説明したりする.でも「なんでお前らプロ同士がいちいちそんな基本的なことを解説し合っとるんや?」と思わず爆笑.これはもちろん一般視聴者を意識したものであるとは思いましたが…

 まあこういったことは医療のドラマに限ったことではありません.たとえば刑事ものなどはその典型のようです.ドラマの刑事は本当に格好よく描かれています.以前人気を博した「西部警察」という刑事ドラマでは,渡哲也扮するサングラスの似合う渋い刑事が,暴力団とピストルでバンバンとを撃ち合う場面がよくありましたが,現実の日本の刑事は本当に地味で,ピストルにしても威嚇射撃をしただけで社会問題になるかもしれないという有様です.

 その他弁護士にしろ,裁判官にしろ,パイロットにしろ,海上保安官にしろ,ドラマで描かれるとみなその道のプロが見たらおかしいことだらけのようです.私も医療の世界に関しては自分がプロなのでよく分かるとはいえ,きっと他の職業についてはドラマを見て結構誤解しているのかもしれません.

 テレビドラマは視聴率が命,インパクトや面白さ,かっこよさが必要なのは理解できます.それにドラマを見てその職業に憧れて多くの若い人たちが目標を持つのは別に悪いことではありません.数年前に放送された「Good luck」というドラマでは,あの木村拓也扮するパイロットがこれまたカッコよく描かれており,その年は航空会社に就職希望の人が激増したそうです.

 だからまあ,少しぐらいおかしくてもいちいち目くじらを立てることもないとは思うのですが,あまり現実と乖離した描かれ方をされると,ちょっと滅入ってしまいますし,現に患者さんや友人たちから誤解されることも少なくありません.
 もっともそれはテレビドラマに限ったことではなく,マスコミの報道のやり方全般について言えることだとも思いますが… 



ゴールデントライアングル

 先日テレビで,すっかりお馴染みになったアメリカ人出身の黒人演歌歌手,ジェロの特集をやっていました.
 彼が生まれ育ったのは私がかつて研究生活を送ったペンシルバニア州ピッツバーグだということは知っていましたが,2本の川が合流する三角洲の部分にあることからゴールデントライアングルと呼ばれる美しいダウンタウンの街並みや,町のシンボルでもあるピッツバーグ大学の講堂がテレビにうつったとき,懐かしさのあまりかみさん共々身を乗り出して画面に釘づけになってしまいました.またその少し前に米国出身の女性が食中毒で当院を受診し,彼女の夫がピッツバーグ郊外のマッキースポートという町の出身であることを聞かされ,この町行きのバスがいつも家の近くを通っていたことを思い出して懐かしさに感慨に耽ってしまったところでした.

図1

人には誰でもそれぞれ珠玉の思い出があると思いますが,私や家族にとっては,あの2年間はまさにそれでした.20時間近いフライトのあとに機上から初めてゴールデントライアングルが見えた時,それから始まる新しい生活への不安と期待とが交錯した,なんとも言えぬ胸の高まりは忘れ得ません.その後の2年間の米国生活は見るもの聞くものすべてが新鮮で,井の中の蛙であった私の見聞を大きく広めてくれました.

 ピッツバーグは全米でもベスト5に入るほど治安が良く,私の住んだ90年代前半には既にかつての鉄鋼の街のイメージはなく,ハイテクとアカデミズムの町でした.自然も本当に豊かで私の住んでいた家はSquirrel Hill(リスの丘)と呼ばれる美しい地域にあり,その名のとおり庭の木々には時々リスやノウサギが可愛い顔をひょっこり出していました.

 私は毎日研究室で仕事に励む傍ら,妻はまだ幼かった娘たちを連れてすっかり現地に溶け込んで多くの仲間を作り,海外生活を満喫していました.週末には緑豊かな郊外まで車を走らせて,当時は日本ではまだほとんどなかった大きなモールに買い物に行き,巨大なショッピングカートで買い物をしました.時々ボスの家の広大な庭でBBQパーティーがあり,ラボ(研究室)の仲間で楽しんだり,大学や教会が主催する感謝祭やクリスマスなどのパーティーにもよく行きました.休暇には家族であちこちに感動の旅をしました.
 もちろん大変な苦労もなかったわけではなく,経済的にも決して豊かではありませんでしたが,広大な国土とおおらかな心の人々に囲まれて,かけがえのない日々を過ごせました.2年の日々があっという間に過ぎ,帰国のため空港へ向かう車の窓から遠ざかっていくゴールデントライアングルが見えた時,目がしらが熱くなるのを禁じえませんでした.

 ともに研究を行ったボスのDr. del Nidoやその家族,若いけれども秀才医師だったEric,少し頑固なベトナム人生化学者のDr.Cao,いつも本当にやさしかったルーマニア人女性研究者のLiliana,ラボに学生実習に来ていたインド人のGoerve,ひょうきんな黒人秘書のGlenda,2階に住んでいた愉快な大家のPete, 隣に住んでいた一家の可愛い一人娘のSarahちゃん,よく家に招待してくれた親切なBakerさん一家,Charles夫妻,長女が幼稚園で大好きだったかっこいい男の子のMichael,そして初めての海外生活の心強い味方だった日本人協会の人々…彼等は今頃どうしているでしょうか…… 

 光陰矢の如し,あれから15年以上が過ぎてしまいましたが,私の心の中にはあの2年の思い出がいつでも走馬灯のように甦ります.