オバマ大統領誕生に思う

 オバマ大統領が就任しました.黒人初の大統領誕生は,米国だけでなく世界にとっても人類の歴史に残るような出来事になりそうです.米国の大統領候補は,本選挙まで1年以上もの間,何度も討論会を開いては議論を戦わせ,自分の政策を訴えます.議論はいかに自分の意見を論理的に構築し,最終的には投票者を納得させられるかということに尽きるでしょう.もちろん白人の半数強はオバマに投票しなかったことなどをみれば,最後の投票行動は政策や人柄だけではなく,人種,感情など他の要素も大きいとは思いますが,それでも大統領選の過程こそは欧米人の行動や思考様式が最も具現されているのではないかと思います.
 90年代初めに米国のピッツバーグ大学で,いまや世界的な心臓外科医であるDr.del Nidoのもとで研究生活をしていた時の私の経験は,筆舌に尽くしがたいほど衝撃的でした.
 心臓移植に使用するドナー心をいかに長時間保存出来るかということは,当時もっともホットな話題のひとつであり,私はボスのチームの一員として研究に没頭しました.研究には心臓の糖代謝やエネルギーなど幅広い生化学の知識が必須であり,生化学など学生時代に習っただけで忘却の彼方にあった私は,そのバイブルであるハーパーの分厚い教科書を原書で読み込まざるを得ませんでした.
 週一度のミーティングでは,研究成果について徹底的に話し合われます.大学を飛び級で卒業したほど秀才のボスは,臨床医にもかからず生化学や生理学の知識も玄人はだしで,次から次へと出てくる物質名や反応式は,最初は呆気にとられて聞いているしかありませんでした.他の同僚たちの知識も驚くべきもので,みなガンガンと意見を言い合い,そこに上下関係はありません.何か意見を言うと必ず「Why?」と訊かれます.実験結果やその解釈から統計手法の検討にいたるまで,熱い議論の中でも論理的に進められていく様は,私にとっては眼からうろこの落ちる思いで,すがすがしいとさえ思いました.
 もちろん論理ですべての物事が進むわけではなく,ベストセラーになった藤原正彦の「国家の品格」にも,欧米が中心になって発展してきた現代社会の矛盾は,論理だけですべての物事を運ぼうとしてきた結果であると述べています.
 私も,人間やその社会を「情」や「感性」を抜きにして「論理」だけで説明できるなどという傲慢な考えには反対です.人間の心というものは1+1=2となるような単純なものではないからです.
 しかしそうはいっても,相手と対等の立場で感情を抜きに率直に議論をできるような環境があれば,特に学問などの面では良い結果を生むのは明白で,それこそが欧米で多くのノーベル賞が出ていることの証だと思います.
 まあ,それでも日常の診療では,お年寄りの患者さんなどにあまり意気込んで「論理的に」話をしようとすると,嫌われてしまうかも?と思ってしまうのも事実で,時と相手を選ばなければならないと感じています(^_^;)


スポンサーサイト

眼は心の窓

 今年こそは世界が平和でありますように,と誰しも年の初めには思うでしょう.しかしそんな願いもむなしく,中東での今回のイスラエルとパレスチナとの愚かな戦争はエスカレートこそすれ,いっこうに収まる気配もなく,ガザではすでに1200人以上が死亡,しかもその半分近くが民間人だと聞きます.先日テレビで,ガザの人たちを以前から様々な形で支援してきたあるNPOの活動家を紹介していましたが,彼がその安否を心から心配しながら見せる写真に写ったガザの子供たちの,底抜けに明るい笑顔と,そして何よりもそのきらきらした眼が印象的でした.
 「眼は心の窓」とか,「眼は口ほどにものをいう」などという言葉があるように,眼ほどその人の心の状態や性格を表しているものはないと言われます.
 赤ちゃんの眼の美しさはまさに穢れを知らない,純粋ということばがぴったり当てはまりますし,元気なこどもたちの眼は民族や貧富の違いにかかわらず,思わずこちらの心を和ませます.
 人形やこけしの作家が一番緊張するのは最後に眼を入れる時だといいますし,少女マンガでおなじみの,本当にこんな人間がいたらエイリアンやろ!と思われるような,星がきらきらいくつも光った巨大な瞳も,少女の純粋さを表すには必須なのでしょう.名俳優が役柄を演じる時は,悪役なら悪役,刑事なら刑事,と眼がその雰囲気を見事に醸し出しているから感動してしまいます.また,ひとが嘘をついているかどうかは眼を見れば大概は判るともいいます.
 先日ある患者さんからこんなことを言われました.「先生,私は今までいろんなお医者さんに診てもらってきましたが,先生ほどしっかり私の眼を見て話してくれる人はいませんでしたよ.」と.ちなみにその患者さんは若くて美人の女性というわけではなく,ふつうの中年の男性です(^_^;)
 当院もそうですが最近は電子カルテが普及して,パソコンの操作が苦手な医師は画面ばかり見て患者さんの顔を見ないと批判されることが多いと聞きます.私はといえば,後でもよい入力は診療後にすることにして,細かい問診などは患者さんの正面を向いて話しながら別のノートに書いています.結局二度手間になってしまうのですが,「患者さんの眼を見て話す」という私の信条をこの患者さんが評価して下さったのは嬉しく,やはり人の眼を見て話すことの大事さを再確認しました.
 私が米国に住んでいた頃も,アメリカ人は私と話す時にしっかり眼を見て話すのが印象的でした.彼らは自己表現の仕方やコミュニケーションの重要性を幼少時から叩き込まれているということがあるにしても,やはり相手の眼を見て話すことによってその人の考え方や感情を知るということは,人種を越えて世界共通なのでしょう.


徳のある仕事

 新年が明けました。年末年始はといえば、いったい何年ぶりでしょうか、勤務医時代には考えられなかったほど気分的にも肉体的にもゆったりと過ごせました。クリニックは今週より診療を開始し、新たな気持ちで患者さんたちと向き合っています。
 昨年を象徴する漢字は「変」だったとのこと、思えば日本も世界もあらゆる意味で変化の激しかった年でした。アメリカでは黒人初の大統領が誕生し、そのアメリカに端を発した金融危機はまたたく間に世界中を駆け巡り、今や日本も未曾有の不景気となって、失業者が激増しています。突然解雇された人々は仕事はおろか住む家さえなく、ネットカフェ難民や、この寒風吹きすさぶ季節にホームレスになる人も多く、本当に気の毒です。医療の世界も後期高齢者医療制度、特定検診、標榜科目の改変など、現場の実態を知ってか知らずか厚労省は次から次へと奇妙な?制度を打ち出し、批判の嵐が吹い荒れているのは周知の事実です。われわれ医療に携わる人間もこれらの新制度や根拠の希薄な医療費抑制策に苦しめられており、その苦労たるやひと昔前とまえとは雲泥の差です。
 そうはいってもわれわれの仕事が、患者に可能な限り最高の医療を施して病気を治し、それによって報酬を得て自分の属する病院や自分の診療所が潤うという構図であることは昔も今も変わりません。つまり医療従事者の行いたいこと、行っていることが,直接患者や医療機関の利益につながる(はずである)という意味で、それぞれのベクトルが一致しているわけです。
 かたや世の中、そうとは限りません。会社などでは,利益が出ないものであればどんなに良いアイデアでも実現することはありません。つまりどんな形であれ,またいずれ世の中のためになると自分が思っても,すぐに会社の利益として反映されないものであれば実現しないわけです。
 そういった意味では、どんな状況であっても、医療の仕事というものは、技術があれば実行は容易で、やっただけそれなりに(十分かどうかは別ですが)報われるという意味では,非常にやりがいがあるものだと思います。
 かつて東京のある病院に勤務していた時、私が手術をさせていただいた患者さんから、「先生、お医者さんの仕事ってのは本当に大変ですよね、でも徳のあるお仕事だと思いますよね。」と言われたのが印象に残っています。この患者さんが「徳」という言葉にどんな意味を持たせていたのか正直わからなかったので、その時は何となく聞き流していたのですが、この歳になって何となくわかるような気がします。
 今年はどのような年になるかわかりませんが、どのような状況でも医師になった時の気持ち、開業したときの気持ちを忘れずに精進したいと思います。