新内閣に思う

 9月も残すところ1週間です.すでに少しずつインフルエンザの予防接種の申し込みが入って来ており,季節の移り変わりをそんなところにも感じます.
 さて,これはある大病院の話です.
 J病院は経営状態が悪い上,患者からの評判もきわめて悪く,この2年の間に2人も院長が辞任しました.そこで何とか病院を改革することの出来る新しい院長を選ぶため,院内で選挙を行いました.院長候補には5人が立候補しましたが,結局A氏が圧倒的な支持で院長に赴任いたしました.院長は各診療科のトップも刷新しましたが,自分の地位を守るため,出来るだけ自分に従順な人選をしました.しかし中にはサプライズ的な人事もありました.たとえば今まで剛腕の外科部長であったI医師を,なんと産婦人科部長にしました.産婦人科は訴訟が多く,次から次へと部長が辞任していったため,誰も成り手がなかったからということと,幸い彼は以前に産婦人科も少しはかじったことがあるからでした.さらに,なんと臨床研修を卒業したばかりの新米女医であるO医師を小児科の部長にしました.これにはかつてJ病院の院長であった彼女の亡き父親への義理もあったようです.
 …このはちゃめちゃな話,もちろん今回の新内閣発足の顛末のパロディです.ちなみに「少子化」を「小児科」と文字ったのを見抜いてくだされば最高ですが…(*^_^*)
 福田首相の突然の辞任劇のゴタゴタの後,今日ようやく新しい内閣が発足しましたが,国民不在の派閥争いや選挙目当てのパフォーマンスは国民全体がもう辟易しています.国内外の問題は山積みで,医療に関しても,医療費抑制,医師の過重労働,増え続ける医療訴訟,高齢者医療,医療の地域格差…と頭の痛い,けれども早急に解決しなければ大変な問題ばかりです.
 世界一の医療水準を誇る日本の医療もこのままでは近いうちに完全崩壊してしまうといわれています.我々医療を施す者,そしてそれを受ける者どちらもが少しでも幸せになれるよに,政治家の皆さんには不退転の決意で全身全霊を傾けて努力していただきたいものです.


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感動の島

9月もはや半ばとなりました.クリニックのほうも少しずつですが患者さんも増えてきており,スタッフ皆にも励みとなっています.
 さて,今月13日(土)午後から15日(祝)にかけて,家族ともども沖永良部島に旅行してきました.
6月26日のブログでも書いたように,本土から遠く離れたこの島に在住されているIさんを,神戸労災病院にいた私が縁あって手術をさせていただきました.元気になられたIさんは,私にぜひ自分の生まれ育った島を訪れて欲しいとずっと話されておられ,今回ついに実現したわけです.短い旅行ではありましたが,私や家族にとって一生忘れられない感動の旅となりました.空港ではIさん夫妻自身が迎えてくださり,滞在中はずっと自らの車で島中を案内してくださいました.椰子の木,美しく澄んだ海,鮮やかなハイビスカスの花々,サトウキビ畑など,南国特有の豊かな自然は感動的でしたが,観光地とはいえ沖縄や与論のように大規模な観光地化がなされておらず,島全体が本当に静寂と素朴な雰囲気で満ちていました.
 しかし何より私を感動させたのは,この島に住む人々でした.この島では70歳以上の高齢者を地域の人たち皆でお祝いする敬老会を行うとのことで,14日がちょうどその日でした.この島を構成する2つの町の一つである和泊町の地区長であるIさんは当然その会の世話役もやっておられ,私たちもその会に参加させてくださいました.今回は260名以上のお年寄りが参加したとのこと,地区の人々が大勢集まって彼らと共に地元の焼酎片手に楽しそうにやっておられ,舞台では若い人たちが地元の踊りや歌を披露し,本当に賑やかでした.夜は今年70歳を迎える人々(新入生と呼ばれていました!)がいる家でもそれぞれ敬老会をやるとのこと,当然Iさんも何軒もの家々に誘われており,なんと私にもぜひ来て欲しいとのことで,お供いたしました.各家々では親戚や友人はもちろんですが,町長さんや,今は島を離れてしまったこの島出身の人々までもが盆正月さながらに帰省して集まっており,本当ににぎやかな宴が夜遅くまで続いていました.地区長であるIさんはどの家々でも挨拶をされましたが,その時なんと,「この先生が私の命の恩人です.はるばる神戸から来てくださいました.先生には本当に感謝しています.」と私のことを皆の前で紹介して下さいました.Iさんが瀕死の重傷で私の手術を受けて復活したことは既にこの小さな島では皆が衆知の事実らしいですが,それでも改めて紹介されると何か気恥ずかしい思いがしました.でも人々は心からの感謝と歓迎の言葉をかけて次々と私に話しかけて酌をしてくださいました.しかもそれらの言葉にはなんの気取りやてらいもなくこの島の風景のように自然で,暖かさに満ちていました.
 またIさんは島の人々全てに心から愛されていることを強く感じ,そんな大事な人が病の淵から抜け出すのに微力ながらもお手伝いできたことを改めて感謝しました.彼らの陽気で人懐っこい笑顔や素朴さは私には本当に輝いてみえ,他人への思いやりとか感謝とか,目上の人たちへの尊敬といった,この殺伐とした世相の中で日本人がすっかり忘れてしまった大切な美徳がこの島にはしっかり残っていることを感じました.お年寄りたちもいつまでも地域社会の中で大切にされ,身体が動かなくなっても近隣の人々が支えてくださるとのこと,人間の本当の幸せというのはこんな島にこそあるのかもしれません.
 飛行機に乗り込む時に握手を交わしたIさんの手のぬくもりや奥様の目に浮かんだ涙も忘れることが出来ません.そして私も家族もIさんがわざわざこの遠い島に招待して下さった訳が判ったような気がしました.


ついに半世紀

 今日は9月11日です.9月11日といえばあの忌まわしい同時多発テロが起こった日としてすっかり有名になってしまいましたが,私にとって,しかも今年のこの日は,大きな節目の日です.今日は40台最後の日,つまり明日はついに50歳の誕生日を迎えてしまうからです.
 当たり前のことですが,20代,30代の頃は,自分もいずれ50歳になることは頭ではわかっていても,遠い未来のこととしてしか想像できず,まさに他人事でした.しかし時の流れというものは残酷なもので幾ら抗ってもこれに逆らうことは出来ません,自分もその例外ではありえず着実に年を重ね,とうとうその時を迎えてしまいました.
 50歳といえば一昔前ではもう人生の終焉です.織田信長が世阿弥の「敦盛」の一節「人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり…」と詠んだのはあまりにも有名ですが,当時は男子は15歳で元服,結婚し,合戦にも出陣できる立派な成人でした.
 それが今ではどうでしょう,医学の発達で寿命は驚異的に延び,人生80年時代となり,90年時代も間近です.私が診てきた患者さんたちも80歳台などザラ,90歳以上も珍しくありません.彼らからみれば私などまだまだ赤子です.これまた論語の「十五にして立つ…四十にして惑わず,五十にして天命を知る…」というあまりにも有名な一節がありますが,今の世の中でこんな人がどれほどいるでしょうか?私など天命を知るどころか,いまだに惑いまくっています.若い人を見てもそうです.成人式の式典で騒ぎまくる幼稚なバカ新成人たちを見るにつけ,平均寿命も延びたのだから,成人式はいっそのこと25歳,いや30歳に遅らせてもいいのではないかとさえ思います.
 そうはいってもやはり,50歳という年齢は自分では意識しなくともかなり重みのある響きです.
 私は見かけが若く見えるらしいので,周囲の人からは自分の年齢を言うとびっくりするされることが多いのですが,それを嬉しそうにかみさんにいうと「要するに貫禄がないってことよね(笑)」と一蹴される始末です.確かに世の中の会社経営者初め上に立つような人は年齢と共にそれ相応のオーラというか貫禄が出てくるようですが,幸か不幸か,凡人の私にはまだその資格はないようです(^_^;)
 ところで新聞を見ると「50歳代からの新しい生き方…云々」とかで「いき○○」とか「ふく○○」とか「ゆほ○○」とか「毎○が発見」とかいう雑誌の広告がやたらと載っており,かみさんには「あなたもそろそろこれを読まなきゃね(笑)」などとからかわれています.でもこの類の雑誌をみると,なぜか「手軽に作れる布ぞうり」とか「きものリフォーム」とか「重曹で掃除を楽しく」とか「俳句の楽しみ」といったお決まりの記事と,「森○子さん」とか「瀬○内○聴さん」といったお決まりのゲストばかりです.
 読む読まないはもちろん自由なのですが,正直言って「なんで50歳以上の全員が,こんな年寄りくさい(というと怒られますが)内容の雑誌の読者層に十把一絡げにくくられてるの?それにいまどきの高齢者は,読む本も打ち込む趣味も着る服ももっともっと多様で,若いやろになあ…」と思ってしまいます.愛読者には悪いけれども自分は絶対に愛読者にはなりたくないなあ(~_~;)と,未だに,いやこれからも煩悩多き50歳です.


健康診断も楽じゃない

 8月の末は急速に秋もようになっていたのに,9月になってから暑さがぶり返した感じで,気候の変化に身体が順応するのが大変です.身体といえば医者も生身の人間,商売がら普段は他人の健康ばかりを気にしていますが,自分の健康を維持するのも大きな課題です.なにせ開業医は自分の代わりがいないのでなおさらでです. 若い頃は結構無理をしましたがこれからはそういうわけにもいかず,身体を鍛えつつもいたわっていかねばなりません.
 というわけで,今日は医師会主催による開業医のための人間ドックに行って来ました.定番の血圧,採血,視力,聴力,心電図,レントゲン,肺機能…と次々に進み,最後は胃の透視検査です.誰しも好きな人はいないでしょうが,私もこの検査は好きではありません.開業する直前に神戸労災病院の消化器内科で胃カメラも大腸カメラも受けて異常なし,その後半年しか経たないのですが.せっかくだからということで受けました.例によって発泡剤に続いてげっぷが出るのをぐっとこらえてバリウムを飲み,あとはまな板の上の鯉状態,技師さんの指示に従って右や左を向いたり,うつ伏せになったり,腰を上げたり,回転したりと忙しいことしきり,そろそろ終わりかなと思っていたら,台を頭の方に少し傾けますとのこと,横のバーを握って準備していたら…どんどん頭のほうに傾いて,身体が手だけでは支えきれず頭のほうにずりずりと落ちてきたのです.なんじゃこれは,ちょっと待ってくれ!という感じで,思わず「身体がずれていってます!!」と訴えていたのでした.技師さん,「あっすみません,ちょっと傾けすぎました」とのことでした.
 というわけで思わぬハプニングもあった健診でしたが何とか終了し,その後三宮で用事があったためかみさんと待ち合わせて買い物や食事をしたのですが,バリウムを出すためにもらった下剤(ラ○○ベロン)が良く効いて,街中でもところかまわずしょっちゅうトイレに駆け込む始末,トホホな一日でした.