Dr.OHKADO's Blog

. すばらしい出会い

6月ももう数日で終わりです.季節がら当院のみならず内科系はどこの開業医も患者が少なくなるとのことですが,先日税理士さんからも,今は苦しい時期ですが何とかこの時期を乗り越えれば大丈夫です,と叱咤激励されました.
 今日は約2年前に神戸労災病院時代に手術をさせていただいた,ある患者さんが受診されました.なんと鹿児島県沖永良部島からです.鹿児島といってももうほとんど沖縄の近くの小さな島です.親戚がこちらに住んでおられるのと,向こうで心臓の手術が出来るような施設がないということなどの理由でこちらで手術を受けられ,私がたまたま担当医となったのが縁でした.非常に重篤な病気でほとんどイチかバチかのような状態での大変な手術で,奥様や親戚の方々も最悪の場合を覚悟されておられましたが,手術の効果と,なんと言ってもご本人とご家族の頑張りで経過は予想外に良好で非常に元気になられました.さらにその後わざわざ私のところに定期的に受診を続けてこられ,こちらが恐縮してしまうほどでした.
 久しぶりにお会いした今日も本当に元気そうでした.沖永良部はもう真夏で真っ黒に日焼けされておられ,毎日みなで楽しく焼酎で宴会をしているぐらい元気とのこと,奥様からは「先生,少しお酒を控えるように言ってくださいよ(笑)」と言われるほどでした.ご本人・奥様とも南国独特のおおらかなお人柄で,「先生のお陰で本当に元気になってよかった,先生は命の恩人です」とまで言ってくださり,医者冥利に尽きるとはまさにこのことでした.
 今の世の中,われわれ医師にとって決して働きやすい環境とは言えません.治療はうまく行って当たり前で,そうでなければ重箱の隅をつつくようにあら捜しをして,やれ情報開示だ,医療ミスだと騒ぎ立てる人たちも少なくありません.しかもこれを低俗なマスコミが医師だけをを悪者として偏った報道をするから始末が悪い.学校にとんでもない要求をつきつけるモラルの低下した親のことを「モンスターペアレント」というようですが,私はそれをもじってこういう人たちのことを「モンスターペイシャント(patient=患者)」と呼んでいます.以前私もひどい目にあったことが何回かありました.
 しかし今日の患者さんのように本当に素朴で,なんのてらいや飾り気もなく心からの感謝のことばをくださると,こちらも本当にほっとします.この殺伐とした世相の中で日本人が忘れてしまった大事な心,思いやりとか感謝の気持ちといった基本的道徳を教えてくださっているような感じさえしたのは,私だけではなくうちのスタッフ全員であったと思います.
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. それぞれの使命

 6月もあっという間に3週間が過ぎました.今日もHPを見たとのことで新しい患者さんが来てくださり,感謝しています.一日の来院数はまだまだですが,スタッフやかみさんも頑張ってくれているので,損益分岐点が一日でも早くくるように頑張るのみです.
 昨日は心臓血管外科関係のある学会誌が届き,ぱらぱらとめくっていましたが,かつて一緒に仕事をした後輩の論文が掲載されており,第一線で頑張っているな!と感慨に耽ってしまいました.
 思えば15年以上も前,私も心臓血管外科医となることをめざし,あこがれの米国に留学してすばらしい環境のもとで研究に打ち込み(この成果は一流の英文雑誌に掲載され,今も私の宝物です),その後は当時心臓血管外科のメッカといわれた東京女子医大に移って,寝る間も惜しんでがむしゃらに頑張りました.その頃は日本でも心臓移植が再開されることになり,女子医大も国立循環器病センター,大阪大学とともに移植の施設に選ばれていましたから,私もいつか心臓移植という大事業に参加できることを夢見ていました.
 もちろんその頃は,自分が将来開業することになるなどとは夢にも思っていませんでした.開業することは第一線から退いた医師のすることで,何か落ちこぼれであるとの偏見のようなものさえありました.
 しかしそれから15年以上が経ち,こうして開業した自分の人生を振り返ると,人生とは本当に不思議なものだと感じざるを得ません.
 誰かが述べていましたが,どの人の人生も天から与えられたものである,優劣などなく,その人生を懸命に生きることが使命なのである…と.私が開業することになることは,実は始めから決まっていたのかもしれません.そしてこれまでに紆余曲折した人生の中で培った数多くの経験が,無駄になるどころか,実はこれからの自分の人生にとってとてつもなく大きな糧になっていくのかもしれません.
 今開業してみて,なるほど私には医師という職業,そして開業してプライマリーケアの第一線で働くことが使命であり,そして実はいちばんあっているのかもしれないと感じています.今は,「一流の開業医」になるべく使命感に燃えて日夜研鑽を積むのみです.

. 漢方を学んで

 この日曜日にある製薬会社が協賛する漢方の勉強会に行ってきました.
 福島県にある,漢方で有名な某クリニックの先生が講師になり,分かりやすい実戦的な講義をしてくれました.
 漢方では腹診が非常に重要な診察手段の一つのとことで実習もありました.なぜか2人の若い女性がモデルになり(これは先生の趣味でしょうか(笑)),我々全員がマクドナルドのように行列を作って並んで1人ずつお腹を触らせてもらいましたが,自分も含め,たくさんの中年すぎのおっさんらに(女医さんたちもいましたが…)何度も触られて,さぞ気持ち悪かったでしょう(笑).
 漢方はもともと少しは興味があったのですが,どうもとっつきにくい印象を持っていました.それは東洋医学が西洋医学と異なり,「気」といったような眼にみえない概念を扱うからということもあります.
特に私は長く外科医として手術をやっていましたから,より俗物的とでもいいましょうか,内科以上に「実際に眼に見えて,かつ存在する」ものを扱うことに慣れてきたという側面も否定できません.
 ところで私は10年ほど前から合気道をやっていますが,この武道でも「気」という概念を使います.小さな人間が大男を投げ飛ばせる理由を,相手の力を利用して投げる,といってしまえば簡単なのですが,物理的に説明するよりも,「気」の出ているほうが勝るという考え方をした方が簡単です.もちろんこの「気」も,眼に見えるものではありませんが,合気道を長くやっていると,その存在を認めざるを得ません.もちろん将来的にはひょっとしたら電磁波のようなものであるということが科学的に立証されるかもしれませんが,いずれにしても漢方の「気」とも相通ずるところがあるような感じがします.
 「病は気から」ということばはまさにそれを表しているのでしょう.病気になっても「頑張って早く治そう!」と積極的に頑張っている人は,「もうあかんわ…」と愚痴ばかりこぼしている人よりも明らかに回復力が早いのは身をもって体験してきました.要は,「気」の充実していない人にいくら薬や手術を施しても回復しないわけで,漢方はそういった「気」を充実させることにより病気を「根本的に」なおしていくことがその真髄なのだと思います.
 今後私も積極的に漢方を自分の診療に生かしていきたいと思います.

. されどムンテラ

 6月も半ばになりました.春に開業した内科系のクリニックにとっては,これから夏にかけては患者さんが少ない季節なのでなかなか大変と聞きましたが,少ないならば一人ひとりへの診療が時間をかけてしっかり出来るわけですから,できる限り丁寧な診療を行いたいと思います.
 先日ある患者さんが飛び込みでこられました.ある病気で近所の医師を受診したが,はっきりした説明もなしにただ薬ばかりがやたらと増えて行き不安だということでした.病気自体は私の専門領域でもありましたので,模型や図を利用して可能な限り詳しく,分かりやすく説明いたしました.
 するとその患者さんは,本当によく理解できてすっきりしました,これから当院に通院しますと言ってくださり,今後リピーターになってくれそうです.
 私は勤務医時代毎日のように患者さんやその家族に対する説明(インフォームドコンセント.我々はそれを俗にムンテラ=ムンドテラピー:ドイツ語,直訳すれば「口頭での治療」などと呼んでいましたが)を行っていましたが,その技術は手術や診断の能力と同様,医師によって相当な差があります.もちろん医師としての風格,経験,患者さん側とのそれまでの信頼関係の良否がかなり大きな要素になりますが,説明の内容や方法自体が悪ければ論外です.
 インターネットの普及でこれだけ情報過多の時代になっても,やはり専門外のことは理解しにくいものです. 
 一般の人々が相対性理論や量子力学の話を物理学の専門家からいくら聞いても,おそらく10%も理解できればいい方でしょう.
 医療も同様です.一般の方がいくら本やインターネットで勉強しても,6年間の医学教育とその後の実際の臨床現場での経験により裏打ちされた知識と技術を持つ医療のプロにかなうわけがありません.
 ただ,だからこそ,患者さんにそれをいかにわかりやすく伝えるか,という「説明術」とでも呼ぶべき技術をも身につける必要があると思われます.
 たとえば「心肥大を指摘された」ということばを説明するとき,医師は心臓の解剖学や生理学,検査方法などの知識がありますからいつのまにかそれをベースにして話をしています.しかし一般の人にはそもそも心臓の解剖,動脈と静脈の違い,など基本的なことからしてイメージが湧きません.
 ですからインフォームドコンセントとは,このギャップをいかにに埋めるかということに腐心することに他ならないと思っています. それによって患者さんたちには説明したことの,10割とはいいませんが,せめて3割でも分かっていただければ上出来だと思っています.そしてその3割によってでもいいので自分の病気のことを理解してくださるようにすればよいのだと思っています.








. 人生の大先輩に…

昨日はあいにくの大雨でしたが,初めての経験をしました.在宅医療です.ちょとしたご縁があって,クリニックの近くにある老人ホームに入居されている御老人を定期的に訪問診療することとなり,当院の看護師とともに出かけてきました.
設備の行き届いたきれいな個室におかれたベッドに横たわっておられたその御婦人は,すでに齢80歳をとおに越えられ,不知の病に侵されているとのことでした.けれどもそんなことは御存知ないのか,いやおそらく既に達観しているのでしょう,額や手の甲に刻まれた多くの深い皺は,大正,昭和,平成と激動の時代を生き抜いてこられた証を示し,表情は柔和で受け答えもシッカリされておられました.私はその方の手を握り,言葉を交わしたとき,なにか畏怖のようなものさえ感じました.このように全てを受け入れた人生の大先輩に,医師とはいってもわたしのような者に何が出来るというのか,そんな感じさえしました.でも私や看護師が来ることによりこの方が少しでも楽しい思いをしてくださるのであればすばらしいことだと思い,出来る限りのことはさせていただこうと思いました.
 思えば外科医として手術をすることを中心に考えていた時代は,このような心境になったことはほとんどありませんでした.大げさに言えば,今回はまさに人生50年にして,初の体験でした.

. 雑感

6月になりました.開業して1ヶ月,クリニックもようやく最初のレセプトの時期を迎えました.レセプトは最初は非常に大変だとは聞いていましたが,まだ数が少ないこと,電子カルテにしたこと,スタッフたちが皆優秀で!経験者であることなどにより,思いのほかスムーズに進んでいます.
 クリニックに訪れる患者さんたちの中には,いわゆる「不定愁訴」的な症状を訴える人たちも多く見受けられます.こういう人たちは.いろいろな医院や病院をかかっていろいろと検査を受けるのですが,結局どうもないと言われ,途方にくれていることがあります.
 検査は必要であれば止むを得ませんが,ただそれで必ず診断がつくとは限りません.ですから検査で異常がないこと=病気ではない,ということにはならないわけです.問題はそこからです.
 彼らのことばから読み取れるのは,ではいったい自分はどういう状態なのか,どうすればよいのか,という今後の方針なり考えを,かかった医師から,はっきり聞かせてもらえなかったということが大半です.医師も万能ではありませんから,わからないことも多いのは当然ですが,それなればそれで,現時点ではどういう状態が考えられるのか,今後どのようにしていけばよいのか,例えばより精密検査の出来る施設に紹介するのか,それともまず経過を見るのか,などなど,はっきりと話すことが大切と思われます.中には,いろいろと訴えても,受診してさんざん話をしたら治ってしまったというようなケースもあるでしょう.でもそれはそれでよいと思います.
 開業して自分の専門外のみならずいろいろな患者さんを診させてもらっていると,そんなことを考えてしまいます.
. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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