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信頼あっての「かかりつけ」

2018.06.17(21:21) 276

 意外なことですが日本は人口あたりの医師数が先進国の中でも少なく,逆に病院の数や年間の受診回数はダントツでトップクラスです.これは,1人の医師が診る患者数が他国に比べて驚くほど多いということを意味するわけで,我が国の医師の過重労働の大きな要因となっています.

 日本の医療は,世界に誇れる国民皆保険制度と,医療従事者の身を削るような献身的な働きによって支えられてきたと言っても過言ではありません.
 しかし,世界に類を見ない超高齢化社会の到来による医療のニーズのますますの高まり,患者サイドの権利意識の高まり,さらに何よりも今まで野放し状態だった大病院志向が,医療現場をあまりにも疲弊させてしまってきたことは周知の通りです.

 そこで国が力を入れだしたのが,かかりつけ医制度です.風邪などの軽傷の疾患や高血圧などの慢性疾患の管理,簡単な外傷,医療相談,在宅医療,介護支援など,医療や介護に関することはまずゲートキーパーとしての「かかりつけ医」で対処し,必要に応じて設備の整った病院に紹介するという仕組みです.かかりつけという言葉自体は以前からあり別に目新しいものではありませんが,これを諸外国における家庭医やGP(General physician)のようによりはっきりと定義付けようというものです.

 今回の診療報酬改定でもますますその方向が明確になり,在宅医療を始めかかりつけ医としての機能を果たせば報酬が増える仕組みがますます強化されています.また国も諸外国のGPや家庭医の制度に倣って,幅広い診療を担う総合診療専門医を専門医制度の中に創設しました.

 しかし,私は,こういった制度が無節操な大病院志向に歯止めをかけるのに役立つのはともかくとして,かかりつけ医というものを,他の専門医と同様に何か特殊な資格として位置づけることにやや違和感を覚えます.

 そもそもかかりつけ医というのは何か意図的に作るものではないのではないかと思うからです.

 最初は風邪でかかったけれども,専門の病気はもちろん,高血圧でも糖尿病でも幅広くみてくれる,運動や栄養やサプリなど健康に関することはもちろん,自分はもちろん家族の介護のことまで相談に乗ってくれる,はたまたプライベートの話など雑談も出来る,そして逆にこちらが教えられることもある,そんな風にして信頼関係が醸成されていく過程で,少しずつかかりつけ医として患者さんに認められていくのではないでしょうか?

 親身になって話しもろくに聞いてくれない医師が,いきなり,なにがしの資格を取ったからといって,今日から私があなたのかかりつけ医でござい,と言ったところで両者の間に信頼関係がなければ机上の空論なわけです.

 もちろん,そのためには我々医師も不断の勉強が欠かせませんし,どちらかといえば医学以外にもいろいろなことに興味を持ったり勉強したり,そして何よりも色々な人生経験を積んで人間力を磨いた方がいい.

 医学部を出たての二十代後半くらいの独身の医師が,たとえ決められた研修か何かを受けて資格の上では認められたとしても,それだけで患者さんが,自分のかかりつけ医として認めるかどうかというのは別の話しだと思うわけです.

 私はといえば,もともと外科医であったことも奏功してけっこう守備範囲が広く,ありふれた内科的疾患はもちろん,簡単な外傷あるいは整形外科的処置や手術もこなしていますし,英語が通じるので外国人も多く訪れます.また,よほどの特殊な例は別として,自分の専門外であっても取り敢えず受けつけるというスタンスを取っているので,それこそあらゆる症状の方が訪れますが,もちろん手に負えない場合は,今まで様々な手段で培ってきた人脈を利用して,適切なところへ紹介しています.

 「どこへ受診したらいいかわからないので,とりあえず先生に診てもらおうと思いました」と言われたり,「いい先生だから」とのことで家族も連れてきてくれたりすると嬉しいものです.

 いずれにせよ,これだけの情報化社会,医師も選ばれる時代になっています.
 そういう意味では我々も気を引き締めて仕事をしないと,かかりつけ医として選ばれないどころか,医師としてさえも淘汰されてしまうような時代になったことは間違いありません.


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花嫁の父(パート2)

2018.05.20(21:44) 275

 5月12日の土曜日は,次女の結婚式でした.
 以前のブログでも書いた通り(歓びと寂しさと),次女はすでに1年ほど前から東京で結婚生活を送っていますが,一昨年ハワイで長女が挙げたような正式な式は挙げていなかったため,親族へのお披露目の意味も兼ねて大阪の結婚式場,「ザ・ガーデンオリエンタル」で実現の運びとなりました.

 両家の親族十数名の見守る中,ハープやヴィオラ,ソプラノの歌声による美しい生演奏の中,次女を連れてバージンロードを歩きました.
  長女の時のバージンロードでは知らぬ間に緊張していたのか,私の歩き方があの漫才コンビ「オードリー」の春日みたいだったと笑われましたが(笑)(花嫁の父),今回は上手くいったようです.


  写真撮影の後に行われた小さな披露宴では,花婿が歓迎と感謝の挨拶,私が乾杯の音頭を取った後,テーブルに飾られた綺麗な花々,美味しい食事とお酒に会話も弾み,終始和やかなムードで宴は進みました.
  誰からも愛される癒し系の次女の人柄と,優しく明朗闊達な花婿のそれも,場の雰囲気をよりいっそう暖かみのあるものにしたようです.

  長女の時もそうでしたが,今回次女がくれたメッセージの中にも,この家族に生まれてよかったという言葉がありました.

  私は多忙な仕事がら家を空けることも多く,決して良き父親ではありませんでした.しかしその分かみさんが愛情を注いでくれ,2人とも本当に明るく天真爛漫な女性に育ってくれました.

  経済的にも大変な苦労をかけた時期もあり,2人とも幼稚園の時は米国留学から帰国したばかり,あまりにも薄給で市から補助金をもらっていましたし,大学生の時は,これまたちょうど開業したばかりで資金繰りも大変な時で,こんどは奨学金のお世話になりました.また彼女たちが生まれてから国内外に7回もの引越しをしましたが,グレもせず,むしろたくさんのかけがえのない経験を積み,そしてどんな環境でもやっていける適応能力も得てくれたようです.

  長女夫婦にはもちろん,次女夫婦にもこれからの長い人生,様々な苦労も待ち受けているに違いありません.しかし2人で力を合わせて乗り越えて,素晴らしい家庭を築いていってほしいと思いますし,この2人なら大丈夫だと信じています.

  なお,結婚式当日は,後輩の女医さんであるH先生が代診に来てくれました.
  開業以来初めての代診で,正直最初は不安でしたが,しっかり勤めて下さったようでスタッフや患者さんたちの評判も上々でした.H先生,ありがとうございました!


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神代の時代へ

2018.05.10(16:35) 274

  このゴールデンウイークに,かみさんと九州は高千穂と黒川温泉に旅行してきました.
  出雲や伊勢と並んで日本人にとって神話の故郷として知られる高千穂,また,由布院と共に九州北東部の温泉地として有名な黒川温泉も,いつかは訪れてみたかったところです.
  実は2年前のゴールデンウイークにこの旅行を予定していたのですが,直前にあの熊本地震が起こり,急遽台湾旅行に化けました(笑).
 今回の旅は,そのリベンジと,少しでも地震に遭われた方々への助けになればという思いでした.

  以前日本書紀と古事記の概要について書かれた本を読み,失礼ながら荒唐無稽とさえ思える神代の時代から,いつの間にか実在の天皇家につながっていく物語に不思議さを感じましたが,高千穂では,有名な天の岩戸神社とその御神体である天の岩戸はもちろん,高千穂峡,高千穂神社などを訪れ,その神代の時代に思いを馳せてスピリチャルなオーラをいただいてきました.
 
  黒川温泉郷では,すこし贅沢をして「優彩」というハイグレードなホテルに宿泊,温泉や食事や部屋の設備はもちろん,行き届いた,それでいてごく自然なもてなしが日頃の疲れを癒してくれました.
  温泉街は,地域の中心を流れる川沿いの細い路地に小洒落た土産物屋や雑貨店,カフェ,足湯などが程よい距離で立ち並び,こじんまりとはしているものの,ゆったりとした癒しの風情を醸し出しており,その雰囲気は,以前訪れたベネチアの狭い路地を彷彿とさせていました.

  天気もすこぶるよく, 車窓から見える阿蘇山麓や久住高原に広がる,延々と続く眩いばかりの緑の絨毯も心洗われるようでした.

  旅の途中,未だ残る地震の爪痕をあちこちに眼にしましたが,苦難を乗り越えてこの日本有数の観光地を再起させるべく奮闘している人々の意気込みも感じました.

  相変わらず東京一極集中と地方の衰退が進んでいる昨今,この国の未来は,ひとえに地方の復権発展にかかっていると言われます.「地方創生」が掛け声倒れに終わらぬよう,国も地方の活性化にもっともっと力を注ぎ,この国が津々浦々に至るまで元気を取り戻せるようにしていただきたいと思います.

高千穂峡全景を遊歩道よりワイドビューで(クリックで拡大)

高千穂峡2

ボートに乗り峡谷の下から滝を眺める(クリックで拡大)

高千穂峡1



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在宅,在宅というけれど…

2018.04.12(22:00) 273

 今年は2年に一度の診療報酬改訂の年です.
 先日,中央区医師会の医療保険担当理事である私は同副会長(今年度より会長)の米田先生とともに,中央区の会員向けに説明会を行いました.

 世界に例を見ない急速な少子高齢化に対応するため,厚労省は,ますます在宅医療の裾野を広げるべく,我々のような開業医がその担い手となる様に,在宅関係の診療報酬を嵩上げしたり施設基準を緩くしたりと,躍起になっています.

 医師会でも,地域包括ケアだの医療介護連携だのという言葉を聞かない日はありませんし,今後は在宅医療を行わない医療機関は淘汰されていくだろう,などと徒らに危機感を煽るような論調さえ目にします.

 ただ在宅医療を真面目にやろうとすると,まず24時間対応が前提です.もちろん患者さんが増えてくると1人では困難ですから,訪問看護ステーションや地域の病院と連携するのはもちろん,他の医師を雇ったり,何人かの医師でグループを組んだりして対応するという選択肢も出てきます.

 しかし,どういう方法であれ,状態が悪くなりがちな要介護や終末期の患者さんを抱えるので日常的に拘束されている状態に近くなるわけで,在宅医療専門の同業者に話を聞いても,海外はおろか国内旅行でさえ行きにくいという声もききます.

 わたしとて在宅医療の必要性は十分理解していますし,人生の最期を自宅で過ごしたいという患者さんがいれば,出来る限り意に沿うように援助していくべきとは思います. 現に当院にも,定期的に訪問している患者さんが数人いますし,自宅での看取りも何回かしました.御本人やご家族から感謝の言葉をいただくと嬉しいものです.

 けれども個人的には,自分の守備範囲はやはり専門の循環器の病気を中心とした外来医療がメインだと考えていますし,在宅医療を手広くやっていくようなキャパシティもモチベーションもあまりないというのが正直なところです.

 わたしは外科医としての勤務医時代,それこそ正月も盆もないような生活をしていました.緊急オペや急変で時と場所を問わず呼び出されることは日常茶飯事,労働基準法などどこ吹く風,残業100時間以上は当然でした.でもこの仕事にやり甲斐も感じていましたし,特に若い頃は私生活を犠牲にしても気力と体力そして使命感とで頑張れました.

 しかし年齢と共に体力的にも精神的にもきつくなり,何よりも,こんな生活をいつまで続けられるのかという漠然とした不安が身をもたげ始めました.
 不純な動機と言われるかもしれませんが,正直いうとその状態から脱却したかったというのが開業医になった理由のひとつです.

 もちろん開業も予想以上に多忙ですが,何よりもオンとオフがはっきりしているからこそ,肉体的にも精神的にも勤務医時代に比べれば遥かに楽なので,長期の海外旅行なども出来るようになりました.自分の体調も良好ですから,患者さんにも良い医療を施せていると自負しています.
 それに批判を覚悟で述べれば,もう自分は四半世紀の勤務医時代に十分滅私奉公しましたし,人生の後半くらい少しは自分や家族のために使わせてもらってもバチも当たらないだろうと思っているのです.

 医師とてその職業である前にひとりの人間であり,働き方改革が声高に叫ばれている昨今,医療従事者特に医師だけがその蚊帳の外で,あいも変わらず自己犠牲の精神と使命感だけで私生活さえ犠牲にせざるを得ないというのはどうかと思います.
 
 そもそも国が入院医療を減らして在宅医療を推進する本当の目的は,なによりも膨れ上がる医療費の抑制であり,結局我々開業医が,在宅医療の普及という錦の御旗の元にその負担を強いられていると言っても過言ではありません.今は勤務医の負担ばかりが大問題となっていますが,このままではいずれ逆に開業医の方が疲弊しきってしまうでしょう.
 厚労省が診療報酬を少しいじるくらいの小手先の方法では在宅医療に踏み出す医師がなかなか増えないのは当然です.在宅,在宅と声高に叫ばれてもすべての医師がマザーテレサのようにはなれないのです.

 また,いくら地域包括ケアシステムを確立して我々医療従事者が密に連携して援助したところで,核家族が進む昨今,やはり一番負担のかかるのは家族です.親の介護のために健康を害したり,仕事はおろか結婚さえも諦めざるを得ないケースは枚挙にいとまがありません.

 特養や老健,サービス型高齢者住宅などに続いて今年度から介護医療院という新しい形態の介護施設が創設されるそうですが,どうしても最期まで自宅で過ごしたいという人はいるにせよ,状況的に施設入居の方が望ましい,また本人も家族も入居を希望しているにもかかわらず,順番待ちや費用の面でなかなか叶わないという例があまりにも多すぎます.

 今,入居金も毎月の費用も驚くほど高額で富裕層しか入居できないような介護付き有料老人ホームが雨後の筍のごとく増えていますが,こういった施設を誰もが手の届くようなようものにし,家族がいつでも気軽に会いに行き一緒に泊まることも出来るようにすること,そして介護士などの待遇をもっともっと良くして仕事のモチベーションを上げること,そんなことの方が,介護する側,される側,そして我々の医療従事者にとってもよほどハッピーなのではないかと思うのですが,どうでしょうか?


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涙のスポーツマンシップ

2018.03.10(00:34) 272

   いよいよ今年も3月に入り,三寒四温の日々となりました.猛威を振るっていたインフルエンザも少しは落ち着いてきた感じです.

 さて,先日,成功裡に幕を閉じた平昌オリンピックでは,今回も数々の感動のドラマが生まれました.

   女子ノーマルヒルで日本のエース高梨沙羅が渾身のジャンプを跳んで銅メダル獲得を決めた瞬間,真っ先にかけつけてしっかりと抱きしめ,号泣する彼女に暖かい言葉をかけたもう1人のエース,伊藤有希の姿.

   高梨とともに日本女子ジャンプ陣の二代看板だった彼女とて,悲願のメダリストになりたかったに違いありません.しかし不運にも彼女の跳ぶ時は二本とも不利な追い風が吹いて実力を出しきれなかったこともあり,勝利の女神は彼女には微笑まなかったのです.

    4年間この日のためだけに全てを捧げてきたのは伊藤とて同じだったでしよう.他人に察するに余りある悔しさと,そして意地悪な言い方をすれば,高梨に対する嫉妬もあったかもしれません.にもかかわらず,その気持ちを抑え,ただただ盟友高梨のもとに駆け寄ったその姿には,そして試合後の涙ながらのインタビューには,私を含め誰もが心打たれたに違いありません.

  それから,スピードスケート女子500メートルで日本の第一人者,小平奈緒がオリンピック記録を出すほどの圧倒的な滑りをした時,大歓声で盛り上がった会場の観客に対し,その後に滑る選手たちに気を配って,そっと指を立てて静かにするようにとのジェスチャーを行なった姿.
   そしてこの直後に出場した前回,前々回のオリンピック覇者である韓国の絶対王者,イ・サンファが残念ながら僅差で小平に敗れて号泣している時,金メダルが決まった小平が寄り添うように駆けよって暖かい声をかけ,ライバル同士健闘を称えあって共に爽やかな表情でウィニングランをした姿.

   小平にとってイ・サンファは憧れかつ目標としてきた選手であり,いつしか2人は互いに尊敬する良きライバル,そして掛け替えのない親友になっていたのです.

   イ・サンファの涙は,負けた悔しさもあるにせよ,地元開催のオリンピックで3度目の金メダルを期待される重圧からの解放感や,それに応えるべく怪我を乗り越えて必死に頑張ってきたことなどに,万感の思いがこみあげた結果だったに違いありません.

  この時ばかりは日韓双方の観客とも心からの大きな拍手を送っていましたし,普段は国家の代弁者として日本への対抗心むき出しの韓国マスコミも,最大限の賛辞を送ったようです.

   オリンピックというのはついついメダルの数や勝者の姿ばかりが目立ちがちですが,本来は,出場の栄誉を得られたオリンピアンたちが,国籍や勝敗に関係なく,その鍛え上げた技をスポーツマンシップに則って披露することのできる最高の場です.観る者たちも,その技にだけではなく,彼等がこの日のために人生をかけて歩んできた血の滲むような努力の日々に想いを馳せたり,素晴らしいフェアプレーに感動するのです.

   残念ながら今回はドーピング疑惑でロシアの選手が国を代表しては参加できず,また大会を政治利用したい北朝鮮が「微笑み外交」とやらで韓国を翻弄するなど,オリンピック精神を大きく汚してしまうような負の側面も露呈してしまいました.

   しかし前述した心温まるエピソードは,私たちに,崇高なスポーツマンシップを通して,人と人との絆とは何か,他人への思いやりとは何かという,我々が決して忘れてはならない何よりも大切なことを教えてくれたのではないでしょうか?


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日々是エッセイ
  1. 信頼あっての「かかりつけ」(06/17)
  2. 花嫁の父(パート2)(05/20)
  3. 神代の時代へ(05/10)
  4. 在宅,在宅というけれど…(04/12)
  5. 涙のスポーツマンシップ(03/10)
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