Dr.OHKADO's Blog

. 永遠の同志たち

 今年もはや9月,夏の暑さも過ぎ,過ごしやすい日々となりました.

 さて,先月末に,母校である岐阜大学医学部の卒後35年の同窓会に参加して来ました.

 今回は同窓生約90余りのうち,29人が岐阜の地に集合しました.前回の同窓会からはや5年,残念ながらこの間小児科医だったA君が突然死で鬼籍に入りましたが,その他はみな元気に第一線で活躍していました.

 卒後初めて再会した者同士も多く,学生時代の懐かしい思い出と近況報告に積もる話は尽きず,私を含め参加者の多くが二次会,三次会にまでなだれ込みました.

 この年齢ですから,私のようにすでに子息たちが結婚している者が多いのは当然ですが,中には孫ができた者もチラホラいましたし,子息がやはり医学部に入ったり既に医師として活躍している者も多く,子息の研修先での指導教官が実は私たちの同級生だったというような話も聞き,時の流れを感じずにはいられませんでした.

 私がそれまで縁もゆかりもなかった岐阜という地で暮らすことになった経緯は別のblog(人生の選択)で書いた通りです.県民の方々には申し訳ないのですが,決して垢抜けたイメージがあるとは言えないこの地も,志を同じくする多くの仲間たちと同じ釜の飯を食って6年間も暮らすと,やはり青春時代のかけがえのない思い出を作ってくれた場所として愛着が湧きます.

 ただ,今の日本で大きな社会問題となっている地方都市の衰退の波はこの街にも押し寄せているようでした.
 当時,岐阜を代表する繁華街である柳ヶ瀬は,多くの市民や観光客で賑わっていました.市内の中心部に鎮座してこの街の医療の中核を担っていた医学部及び付属病院からも,歩いてすぐでしたので,多くの医療関係者や私たち医学生にとって,柳ヶ瀬はいわばオアシス,溜まり場のような存在だったとも言えます.
 しかし噂には聞いていましたが,当時のような盛況ぶりは見る影もなくなって見るも無残なほど寂れてしまっており,人通りも少なく,シャッター街のようになっていました.

 実はあちこちにキャンパスの散らばるタコ足大学だった岐阜大学は,私たちのいた頃から岐阜市郊外への統合移転計画が進行中で,医学部も私たちの卒業後まもなくして移転を余儀なくされたのですが,そのことも柳ヶ瀬の衰退の大きな一因になったのになったのは間違いありません.
 時代の流れとはいえ,私たちの思い出の場所が寂れていくのは正直残念の極みではあります.

 話変わって,世間ではこの年齢になると,定年や引退という話題で持ちきりになるようですが,医師に関しては,幸か不幸かあまりそういうことがありません.
 私のような開業医はもちろんですが,勤務医も定年はあるものの,60代そこそこで医師を引退するようなことはまずなく,健診医,老人ホームの管理医師,産業医,診療所の雇われ医師など,いくらでも需要があり,ほとんどの医師が次のキャリアを選択します.
 退職金や企業年金が少ないので働かざるを得ないという一面もありますが,何よりもこの仕事が好きなのかもしれませんし,良いか悪いかは別として生涯現役ということです.

 それゆえに,粗大ゴミなどと言われ奥様方に嫌われるようなこともない代わり,クルーズ船で世界一周など見果てぬ夢ではありますが,おそらく,好きなこと,他人に感謝されることを仕事として続けられるが故に,他の職業に比較して認知症などにもなりにくいのかもしれません.

 さて次の同窓会はまた5年後くらいでしょうか?
 その頃はもう高齢者の一歩手前ですが,それまで級友たちが1人も欠けることなく,まだまだ現役の医師としてお互い元気な姿で再会出来ればと思います!️

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最前列向かって右から4人目が私


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. 東洋の真珠

 このお盆,かみさんとフィリピンに旅行してきました.

 話しは遡りますが,昨夏に結婚した長女夫婦に,今年2月とうとう海外赴任の命が下されました.旦那さんはフィリピンのマニラ,長女はインドネシアのジャカルタです.大手商社ゆえ,世界中に支社があり,しかも夫婦だからといって同じところに赴任させてくれるという甘い世界ではないものの,さすがに新婚早々数年間も異国で離れ離れというのはあまりにも苛酷ということで,長女はあっさり退職(このあたりが彼女らしいのですが)を決断しました.会社もかなり慰留したようですが,以前から海外出張等を通じて人脈を築いていた旦那さんの伝手でアメリカ資本のインフラ会社に採用され,めでたくそのマニラ本社の要職を得ました.
 というわけで2人とも,持ち前のバイタリティーと鍛え上げた語学力を生かして,新天地で多くの外国人たちに混じって働きだしたというわけです.

 フィリピンやマニラというと,どうしても貧困や治安の悪さや発展途上というマイナーなイメージばかりがつきまといますが,今回この先入観は覆えされました.

 彼女たちの住んでいる,マニラ中心部からやや東にあるボニファシオ(Bonifacio )という地区は,今後マニラの副都心的役割を担うべく外国からの投資も呼び込んで計画的に作られた人工都市で,広い道路に沿って,高級ホテルや高層オフィスビル,マンション,巨大でおしゃれなショッピングモール,数え切れないほどの洗練された店々や様々な施設が立ち並んでいます.ハイストリートと呼ばれる美しい目抜き通りは,目を楽しませる様々なイベントも相まって人々の憩いの場となっています.
 街はさらに外へ向かってまだまだ拡大途上のようで,あちこちでビル建設の槌音が響いていました.

 フィリピンの人口構成は,出生率が日本の倍もあるため若い人が多く,街全体が高揚感と活気に溢れています.まさにこれは日本の高度成長期に当たるのかもしれませんが,少なくとも肌で感じるエネルギーだけ見れば,既に成熟期を過ぎて下り坂に入った日本を完全に凌駕しています.
 彼女たちの住むセレンドラという企業の人々などが多い高層コンドミニアムは,広々とした居住空間に,メイドつき,運転手さんつきで,敷地内には自由に使える綺麗なプールやジム,スパなどの施設も完備され,大手企業に勤めている恩恵とはいえ,羨ましい限りでした.

 もちろんこのように近代的に整備された地域を離れると,やはりそこは他のアジア諸国と同様,雑踏と喧騒に満ち溢れています.
 道々には自動車(大半は日本製)や庶民の足であるカラフルなジプニー,パイク,トライシクルが競うように走り,クラクションがけたたましく鳴り響いていますし,信号待ちをしていると,貧しい物売りが寄ってきたりします.治安の悪いところも多々あるのも言うまでもありません.
 沢山の洗濯物がはためく粗末なバラック屋根の家屋の群れと,その間から雨後の筍のように立ち並ぶ近代的なビル群とのコントラストが,怒涛のように押し寄せる近代化の波と,激しい貧富の差を感じさせました.
 日本などよりはるかに大きな格差社会の解消はもちろんですが,,マニラから遠く離れてはいますが,南部ミンダナオ島でIS傘下のイスラム系原理主義が不気味に台頭してきていることも,今後のフィリピンに残された大きな課題です.

 最初の3日間はマニラ地区や郊外のスポットを2人がまるで添乗員のようにあちこち手際よく案内してもらい(これも運転手さんつきでした),普通の観光旅行では味わえないような貴重な経験となりました.
 旅の4日目は2人に別れを告げ,国内便で楽園セブ島に移動,この島での滞在はたった1日でしたが,海沿いのひろびろとしたリゾートホテルで,日常の喧騒からのがれ,静かな波の音を聴きながらゆったりとスパを受け,美味しい食事に舌鼓を打った至福の時間はこれまたかけがえのないものでした.

 旅の面白さは,それまで抱いていた先入観を打ち砕いて,目からウロコの発見をできること,そしてつい狭小になりがちな視野を拡げてくれることでもあります.
 私の心は,早くも次の旅先選びに向いています.


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. 「襟裳岬の~~♪」はもうエエわ

  今年ももうすぐお盆ですが,例年になく厳しい猛暑にさすがの私も身体がついていけなかったからでしょうか,夜間のエアコンをドライの連続運転にしていたのをきっかけとして,7月の最終週あたり,軽度の咽頭痛と,少し声がおかしいのに気付きました.
普段は風邪というものには無縁で,診察室で毎日のように風邪やインフルエンザの患者を診ていてもうつったことがなく,スタッフには,「先生は時々お腹を壊すけど,風邪をひいたのはみたことがない」といわれてきました.

  今回も,まあ2~3日適当に薬を飲んで様子を見ていれば治るだろうとタカをくくっていたのですが,発熱や鼻汁などはほとんどないものの,声だけが1週間経ってもなかなか治らず,まるで森進一のようです.音譜でいうと,ドからソくらいまでは出るのですが,ラシドあたりが全く怪しい.

  これは流石にヤバイと思い,会合や医師会の理事会,サックス,合気道など,声や体力を使うものは全て可能な限りキャンセルしましたが,診療だけは休むわけにはいきません.
別に身体がしんどいわけではないのですが,絞り出すように声を出している姿は,患者さんに逆に「お大事に」と言われる始末.

  手持ちの薬を色々飲みましたが声だけがどうしてもなおらないのは流石におかしいと思い,8月7日,向かいのビルにある岡耳鼻咽喉科の岡しおり先生のところに午前診後ギリギリで駆け込みました.ファイバーで覗いてもらったところ,やはり,声帯が炎症で真っ赤で,抗菌剤と去痰剤でフォローアップでいいが,完治にはしばらくかかるとのこと.まあ,切開排膿を要するような状態ではなかったのが幸いでした.岡先生には感謝です.

  というわけで,初期の頃に比べればだいぶマシにはなりましたが,商売道具の声だけはごまかせず,まだ患者さんたちに「お大事に」と言われる辛抱の日々が続いています.

  開業してまる9年,とにかくただただ前を向いて,馬車馬のように頑張ってきましたし,それを体力的精神的に辛いなどと思ったことはありませんでしたが,今回の件はきっと神様から,身体のことも考えて少しはペースダウンするようにとの思し召しなのかもしれません.

  いつまでも,「襟裳岬の〜♫」とか冗談言っている場合ではないということですね(笑)
  ただ,「先生はマグロ(泳ぐのをやめて止まってしまうと死んでしまうといわれます)みたいです.」と普段から称されている私,いきなりマンボウのようになったら,たぶん余計に怪しがられるかもしれません(笑)


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. 歓びと寂しさと

 昨日はクリニック恒例の夏の納涼会でした.三宮にあるお洒落なベルギービールの店で行いましたが,スタッフ皆,日頃の忙しさを忘れて美味しい食事とお酒を存分に楽しみ,会話も弾みました.

 そしてこの日は,私たち夫婦とずっと同居していた次女が,いよいよ住み慣れた我が家を出て東京に旅立った日でもありました.

 次女は昨年ハワイで結婚式をあげた長女より一足先に結婚,入籍しましたが,旦那さんは経営学修士(MBA)をとるため,一念発起して勤めていた大手の会社を退職し,単身フランスはパリに渡り,約2年弱,勉学に励みました.彼女は大手金融機関の秘書室勤務という重責を担っていたため同行はせず,新婚早々我が家に残りました.
 今春,旦那さんが念願の東京のコンサルタント会社に就職が決まり帰国したため,次女も東京に転勤を希望して受理され,晴れて遅い新婚生活を東京で送ることとなったというわけです.

 大学入学時から自宅を離れた長女と違い,大学,勤務先も大阪で,結果的に今までずっと自宅にいた次女は,一際目立つ170㎝近い身長と八等身のモデル体型とは対照的に,誰からも愛される穏やかで優しい性格と,ちょっとお茶目なところが,我が家でも癒しの存在でした.

 いよいよ彼女も家を出て行き,とうとう私たち夫婦だけになってしまうので,しばらくはポッカリと穴の空いたような気持ちになるかもしれませんし,特に同性で良い話し相手だったかみさんは辛いでしょう.

 「もう1人女の子を作っておいたらよかった,三人姉妹だったら絵になったなあ」とか,「いっそのこと,留学生を受け入れよか!ジェニファーちゃんとか(まあ,別にエミリーでもエマでもいいのですが)青い目の女の子が来たりしたら,可愛いやろなあ」なんて半分冗談で言い合っています.
 まあ,後者は完全に私の趣味ですが(笑)

 まあそれはともかく,長女にしても次女にしても,昨今結婚出来ずいつまでも家から出ていかないような若者が増えていることを考えると,本当に親孝行だと思います.
 それに今は昔と違い,LINEのグループメールやビデオ通話で連絡がとれるので,現に我が家は長女夫婦とも毎日のようにコミュニケーションしています.そんな状態なので,良し悪しは別として,娘たちも遠くへ行ってしまった感がなく,IT技術の進歩には感謝するばかりです.

 新しい生活を始めるまだ新婚ホヤホヤの次女夫婦にも,これからの長い人生,山あり谷ありに違いありません.
 でも次女の天性の明るい,悪く言えば能天気な(笑)キャラと,旦那さんのこれまた楽天的なキャラとバイタリティとで人生の荒波を乗り越えて行って欲しいと思います.


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. メンテナンスもまた楽し

  私はよく他人から,若くて元気に見えるといわれます.もう来年は還暦で,娘たちは2人とも結婚していていつ孫ができてもおかしくないと打ち明けると,これまた驚きの目で見られ,まだ四十台だと思っていたとか,そんなに大きな娘さんがいるとは思えなかった,と言われることも多々あります.
  おそらく老化のシンボルである白髪や顔のシミなどが少なくて,しかも体型も若い時とほとんど変わっていないからだと思います.
   また,じっとしていられない性格もあって1日中動き回っているので元気に見られるのでしょう.言い換えれば落ち着きや貫禄がないということなのですが(笑).

  しかし,そうは言っても加齢には抗えず,肉体には着実に老化の波が押し寄せているのは自分でもわかります.若い時よりは明らかに疲れやすくなりましたし,アルコールも調子に乗って飲み過ぎると翌日に残ります.もちろん老眼もとっくに来ていますし,子供の頃は博覧強記で周囲を驚かせた得意の記憶力も,今は見る影もありません.

  医療の驚異的な進歩により,人間の寿命はどんどん伸び,今やアンチエイジング産業が花盛りです.
 しかし,どんなに抗ったところで,老化は誰にも避けられません.白髪やシワが増え,目は霞み,耳は遠くなり,脚力や体力が弱り,腰や膝が痛くなり,頭の働きも鈍くなる,それが遅く来るか早く来るかだけです.
  癌をはじめとした多くの成人病も老化が原因と言っても過言ではありませんから,長生きすればするほど次々と病気が出て来るのは当たり前なのです.

  電化製品しかり,自動車しかり,建築物しかり,どんな優れたものでも,年月を経ればあちこち傷んできて故障が多くなる.だからメンテナンスや修理が欠かせません.
  人間の身体も同じです.臓器移植や再生医療が日進月歩の勢いとはいえ,ポンコツになった身体全部を取り替えるわけにはいかないので,メンテナンスが尚更重要になるわけです.

  ご高齢の患者さんの中には,失礼ながら加齢は誰にでも訪れるのだということを認めたがらない方々もおられます.もちろん,痛みや苦しみを訴えている患者さんに歳のせいだから我慢して下さいというだけでは医療の倫理に悖ります.
  けれども,どんなに高度な医療を施しても,少なくとも今の医学のレベルでは,決して若い時の身体に戻れるわけではありません.

  つまり,誰しも老化に抗うことはできないまでも,最期の時まで少しでも人生を快適に全うできるように,日々メンテナンスしながら,そしてあちこち傷んだ箇所を“修理”しながら,生きていくということなのです.

  中には,風邪ひとつひいたことはない,医者にかかったことなどないというご高齢の方もおられ,膨れ上がる医療費で国家財政さえ脅かされている昨今,拍手喝采ものですが,その人たちも日常生活では自分なりに様々に心身をメンテナンスされているかもしれません.

 私はといえば幸い今まで大病を患うこともなく,丈夫な身体に産んでくれた親には感謝しています.
たまに片頭痛が起こることや,もともと過敏性腸炎気味なので突然腹具合がわるくなることもありますが,うまく付き合っています.
 普段はある程度のサプリメントを飲んだり簡単なスキンケア,ヘアケアはしていますが,それほどストイックなことはしていませんし,やはり基本はバランスのとれた食事や良質な睡眠,適度な身体活動,ポジティブな心,そして何にでも好奇心や感動する心を持ち続けることだと思っています.
 
 長く続けている合気道は,心身の健康維持に大いに役立っていますが,多忙な中それだけでは足りないので,なるべく日常生活における身体活動を増やしています.
 例えば,朝のバス通勤は敢えて途中から降りて歩いたり,エレベーターではなくなるべく階段を使うようにしています.
 また仕事中にはマッスルトレーナーという片足1.5Kgの靴(東急ハンズで売っています)を履いて脚に負荷をかけていますし,歯磨きの数分間はヒマなので片足立ちをしたりスクワットをしています.もちろんタバコは吸いません.サックス演奏や語学その他の趣味は脳の活性化とメンタル面での健康に役立っていると感じます.

 医療を施す身として,自分の心身が不健康ではとても偉そうなことはいえません.今後いつまで元気にこの仕事を続けられるかはわかりませんが,患者さんたちにも恥ずかしくないように,メンテナンスを怠らないようにしたいと思います.

 まあ,偉そうなことを言っても,ときにはつい飲みすぎて二日酔いに見舞われたり,つい安きに流れてダラダラとカウチポテト状態になってしまっていることもありますけどね(笑)
 ただ,ストイックに頑張りすぎて途中で脱落してしまう患者さんも多いのをみていると,それくらいの「緩さ」もないと長続きしないのではないかと,自分で自分を納得させています(これまた笑)


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. プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
ご意見下さい.

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