在宅,在宅というけれど…

2018.04.07(22:00)

 今年は2年に一度の診療報酬改訂の年です.
 先日,中央区医師会の医療保険担当理事である私は同副会長(今年度より会長)の米田先生とともに,中央区の会員向けに説明会を行いました.

 世界に例を見ない急速な少子高齢化に対応するため,厚労省は,ますます在宅医療の裾野を広げるべく,我々のような開業医がその担い手となる様に,在宅関係の診療報酬を嵩上げしたり施設基準を緩くしたりと,躍起になっています.

 医師会でも,地域包括ケアだの医療介護連携だのという言葉を聞かない日はありませんし,今後は在宅医療を行わない医療機関は淘汰されていくだろう,などと徒らに危機感を煽るような論調さえ目にします.

 ただ在宅医療を真面目にやろうとすると,まず24時間対応が前提です.もちろん患者さんが増えてくると1人では困難ですから,訪問看護ステーションや地域の病院と連携するのはもちろん,他の医師を雇ったり,何人かの医師でグループを組んだりして対応するという選択肢も出てきます.

 しかし,どういう方法であれ,状態が悪くなりがちな要介護や終末期の患者さんを抱えるので日常的に拘束されている状態に近くなるわけで,在宅医療専門の同業者に話を聞いても,海外はおろか国内旅行でさえ行きにくいという声もききます.

 わたしとて在宅医療の必要性は十分理解していますし,人生の最期を自宅で過ごしたいという患者さんがいれば,出来る限り意に沿うように援助していくべきとは思います. 現に当院にも,定期的に訪問している患者さんが数人いますし,自宅での看取りも何回かしました.御本人やご家族から感謝の言葉をいただくと嬉しいものです.

 けれども個人的には,自分の守備範囲はやはり専門の循環器の病気を中心とした外来医療がメインだと考えていますし,在宅医療を手広くやっていくようなキャパシティもモチベーションもあまりないというのが正直なところです.

 わたしは外科医としての勤務医時代,それこそ正月も盆もないような生活をしていました.緊急オペや急変で時と場所を問わず呼び出されることは日常茶飯事,労働基準法などどこ吹く風,残業100時間以上は当然でした.でもこの仕事にやり甲斐も感じていましたし,特に若い頃は私生活を犠牲にしても気力と体力そして使命感とで頑張れました.

 しかし年齢と共に体力的にも精神的にもきつくなり,何よりも,こんな生活をいつまで続けられるのかという漠然とした不安が身をもたげ始めました.
 不純な動機と言われるかもしれませんが,正直いうとその状態から脱却したかったというのが開業医になった理由のひとつです.

 もちろん開業も予想以上に多忙ですが,何よりもオンとオフがはっきりしているからこそ,肉体的にも精神的にも勤務医時代に比べれば遥かに楽なので,長期の海外旅行なども出来るようになりました.自分の体調も良好ですから,患者さんにも良い医療を施せていると自負しています.
 それに批判を覚悟で述べれば,もう自分は四半世紀の勤務医時代に十分滅私奉公しましたし,人生の後半くらい少しは自分や家族のために使わせてもらってもバチも当たらないだろうと思っているのです.

 医師とてその職業である前にひとりの人間であり,働き方改革が声高に叫ばれている昨今,医療従事者特に医師だけがその蚊帳の外で,あいも変わらず自己犠牲の精神と使命感だけで私生活さえ犠牲にせざるを得ないというのはどうかと思います.
 
 そもそも国が入院医療を減らして在宅医療を推進する本当の目的は,なによりも膨れ上がる医療費の抑制であり,結局我々開業医が,在宅医療の普及という錦の御旗の元にその負担を強いられていると言っても過言ではありません.今は勤務医の負担ばかりが大問題となっていますが,このままではいずれ逆に開業医の方が疲弊しきってしまうでしょう.
 厚労省が診療報酬を少しいじるくらいの小手先の方法では在宅医療に踏み出す医師がなかなか増えないのは当然です.在宅,在宅と声高に叫ばれてもすべての医師がマザーテレサのようにはなれないのです.

 また,いくら地域包括ケアシステムを確立して我々医療従事者が密に連携して援助したところで,核家族が進む昨今,やはり一番普段のかかるのは家族です.親の介護のために健康を害したり,仕事はおろか結婚さえも諦めざるを得ないケースは枚挙にいとまがありません.

 特養や老健,サービス型高齢者住宅などに続いて今年度から介護医療院という新しい形態の介護施設が創設されるそうですが,どうしても最期まで自宅で過ごしたいという人はいるにせよ,状況的に施設入居の方が望ましい,また本人も家族も入居を希望しているにもかかわらず,順番待ちや費用の面でなかなか叶わないという例があまりにも多すぎます.

 今,入居金も毎月の費用も驚くほど高額で富裕層しか入居できないような介護付き有料老人ホームが雨後の筍のごとく増えていますが,こういった施設を誰もが手の届くようなようものにし,家族がいつでも気軽に会いに行き一緒に泊まることも出来るようにすること,そして介護士などの待遇をもっともっと良くして仕事のモチベーションを上げること,そんなことの方が,介護する側,される側,そして我々の医療従事者にとってもよほどハッピーなのではないかと思うのですが,どうでしょうか?


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涙のスポーツマンシップ

2018.03.10(00:34)

   いよいよ今年も3月に入り,三寒四温の日々となりました.猛威を振るっていたインフルエンザも少しは落ち着いてきた感じです.

 さて,先日,成功裡に幕を閉じた平昌オリンピックでは,今回も数々の感動のドラマが生まれました.

   女子ノーマルヒルで日本のエース高梨沙羅が渾身のジャンプを跳んで銅メダル獲得を決めた瞬間,真っ先にかけつけてしっかりと抱きしめ,号泣する彼女に暖かい言葉をかけたもう1人のエース,伊藤有希の姿.

   高梨とともに日本女子ジャンプ陣の二代看板だった彼女とて,悲願のメダリストになりたかったに違いありません.しかし不運にも彼女の跳ぶ時は二本とも不利な追い風が吹いて実力を出しきれなかったこともあり,勝利の女神は彼女には微笑まなかったのです.

    4年間この日のためだけに全てを捧げてきたのは伊藤とて同じだったでしよう.他人に察するに余りある悔しさと,そして意地悪な言い方をすれば,高梨に対する嫉妬もあったかもしれません.にもかかわらず,その気持ちを抑え,ただただ盟友高梨のもとに駆け寄ったその姿には,そして試合後の涙ながらのインタビューには,私を含め誰もが心打たれたに違いありません.

  それから,スピードスケート女子500メートルで日本の第一人者,小平奈緒がオリンピック記録を出すほどの圧倒的な滑りをした時,大歓声で盛り上がった会場の観客に対し,その後に滑る選手たちに気を配って,そっと指を立てて静かにするようにとのジェスチャーを行なった姿.
   そしてこの直後に出場した前回,前々回のオリンピック覇者である韓国の絶対王者,イ・サンファが残念ながら僅差で小平に敗れて号泣している時,金メダルが決まった小平が寄り添うように駆けよって暖かい声をかけ,ライバル同士健闘を称えあって共に爽やかな表情でウィニングランをした姿.

   小平にとってイ・サンファは憧れかつ目標としてきた選手であり,いつしか2人は互いに尊敬する良きライバル,そして掛け替えのない親友になっていたのです.

   イ・サンファの涙は,負けた悔しさもあるにせよ,地元開催のオリンピックで3度目の金メダルを期待される重圧からの解放感や,それに応えるべく怪我を乗り越えて必死に頑張ってきたことなどに,万感の思いがこみあげた結果だったに違いありません.

  この時ばかりは日韓双方の観客とも心からの大きな拍手を送っていましたし,普段は国家の代弁者として日本への対抗心むき出しの韓国マスコミも,最大限の賛辞を送ったようです.

   オリンピックというのはついついメダルの数や勝者の姿ばかりが目立ちがちですが,本来は,出場の栄誉を得られたオリンピアンたちが,国籍や勝敗に関係なく,その鍛え上げた技をスポーツマンシップに則って披露することのできる最高の場です.観る者たちも,その技にだけではなく,彼等がこの日のために人生をかけて歩んできた血の滲むような努力の日々に想いを馳せたり,素晴らしいフェアプレーに感動するのです.

   残念ながら今回はドーピング疑惑でロシアの選手が国を代表しては参加できず,また大会を政治利用したい北朝鮮が「微笑み外交」とやらで韓国を翻弄するなど,オリンピック精神を大きく汚してしまうような負の側面も露呈してしまいました.

   しかし前述した心温まるエピソードは,私たちに,崇高なスポーツマンシップを通して,人と人との絆とは何か,他人への思いやりとは何かという,我々が決して忘れてはならない何よりも大切なことを教えてくれたのではないでしょうか?


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複雑な気持ち

2018.02.04(22:22)

 今年もはや2月,日本列島は今最も寒い時期です.1月中旬からインフルエンザが猛威をふるっており,クリニックでも毎日検査キットが飛ぶように使われています.

 さて先日,あるご高齢の男性が,最近歩行時などの息切れがひどくなったとの訴えで,その方の友人であり当院に通院中の別の患者さんに連れられて受診されました.

 男性によれば,自分は今までたいした病気もしたことがなく普段はいたって健康だとのこと.しかし,薬手帳をみると降圧剤や抗血小板剤など多くの循環器系の薬が毎月きちんと処方されているではありませんか.そのことを問うと,その先生はかかりつけ医なので,風邪などの時はもちろん,毎月通院して薬をくれるのでとりあえず飲んでいる,でもなんの薬かは全然知らないと平気でおっしゃるのです.

 果たして,胸部レントゲン写真では右肺野に大量の胸水が認められ,心不全や癌性胸水が疑われました.かかりつけの先生にも電話をして事情を説明,入院が必要と思われたため直ぐに近隣の病院に紹介しました.

 別の日,あるご高齢の女性が来院されました.長らく近隣の医院に通院していたがそこの院長先生が高齢にて引退,閉院となったので,今後当院で診て欲しいとのこと.

 降圧剤の他にビタミン剤,制酸剤など数種類の薬が投与されているようでした.
この患者さんに,前医での通院間隔を尋ねたところ,なんと毎週通院していたとのこと.また普段の健康状態や薬の内容について尋ねたところ,やはり前述の男性と同じような答えでした.患者さん曰く,毎週通って血圧を測ってもらうだけだが,すっかり他の患者さんたちと仲良くなり,待合室で話をするのが楽しみだったとのことです.

 実はこんな例は,枚挙にいとまがありません.
 少子超高齢化社会となり,しかも核家族化で独居老人が増える中,医療機関が病気を治すために訪れる場所というよりも,いわば社交の場と化しているということでしょう.
「最近〇〇さん,来てまへんなぁ」,「病気とちゃいますかねぇ」なんていう冗談のような話になるのです.

 二番目の患者さんについては,血圧が安定していたら毎週通う必要など全くないし,混んでいる時に長く待っていただくのも気の毒なので,月1回で十分ですよ,と彼女の負担も慮ってお話ししたのですが,彼女にとっては「社交の場」を減らされてしまったのではないかと考えると,本当にそれでよかったのかとさえ思ってしまいます.

 介護だ在宅だとかしましく叫ばれている昨今ですが,彼女にとっては,医療機関に毎週通って他の患者さんたちと話に花を咲かせることが,実は効果的なリハビリになっていたのではないか?医療費の無駄といってしまえはそれまでですが,通院が少なくなって足腰が弱り他人と話す機会も減ってボケてしまい,介護が必要になってしまったら結局同じことではないか?と考えると,複雑な気持ちになります.

 医療機関は病気を治すために利用するところであり,国家財政を脅かすほど高騰している社会保障費を考えると,少しでも無駄な投薬や通院を減らした方がいいのは自明の理ですし,国の方針もその方向です.

 しかし,特にご高齢の方々にとって医療機関が一種の「見守り」の役目を果たしていると考えれば,ある程度「社交の場」であることが許容されてもいいのかもしれません.

 ただ,自分が何の病気でどんな薬を飲んでいるのか,せめてそれくらいのことは知っておいて欲しいと思います.さもなければ一生懸命治療している側としてもやり切れない気持ちですし,きつい言い方をさせて貰えば,国民の血税や保険料で支えられている医療保険制度に対して失礼だと思うのですが,いかがでしょうか.薬は犬のエサではないのですから(笑)


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忘れられぬ年明け

2018.01.10(00:07)

 新しい年が明けました.

 正月2日は,マニラの長女夫婦と東京の次女夫婦が我が家に集まってくれ,楽しいひと時を過ごせました.また4人とも公私ともに元気に充実した生活を楽しんでいる様子で安心しました.

 夜には三宮に繰り出して新年会を行なったのですが,なんとここで新年早々,人生初の貴重な経験をしました.

 初詣客で賑わう生田神社の少し南にあるビル5階の居酒屋に予約通り6時半に入店,乾杯のあと,一品目を楽しんでいた時です.いきなり非常ベルが鳴り響きました.店員曰く,ブレーカーが落ちたようなので安心してくださいとのことだったのでそのまま食事を続けていたのですが,またもや非常ベルの音.しかも少し焦げ臭い匂いが立ち込めて来たので,客も少しザワつき始めました.店員もバタバタと慌て出し,さすがにこれはおかしいと思っていたら,店の中に煙がどんどん立ち込めてくるではありませんか.
 この時点で,とうとう店員からすぐに避難してくださいとのこと,我々も他のお客さんたちに混じって避難口に向かいました.店の中には多くの客がいたようですが,幸い避難はスムーズに行われ,階下に降りて全員の無事を確認,安堵しました.上を見上げると我々のいた居酒屋の窓から煙が吹き出ており,ビルの周りには多くの人だかり,そして間もなく消防車がけたたましいサイレンを鳴らして数台集まってきて,辺り一帯は騒然となりました.

 この火事は,やはり我々がいた居酒屋の厨房から出火したことが原因であったとのことを直後にネットで知りましたが,幸い大きな火災には至らず,怪我人もいなかったようです.

 ちなみに「宴会難民」となった我が家でしたが,幸い近くに同じ様な他の店が見つかり,このびっくりするような出来事も酒の肴にしながら楽しい話しに花が咲きました.

 正月早々火事に会うなど運が悪いと言ってしまえばそれまでですが,貴重な経験を誰一人として傷つくことなく出来ましたし,日頃から避難路などはきちんと確認しておいた方がいいということを身を以て感じられたとポジティブに考えたいと思います.

 翌日,店の責任者が謝罪の電話をくれましたが,責任云々はともかくとして,兎にも角にもボヤ程度で済んだのは幸いでした.

 さて,今年はクリニック開院10周年,そして私もなんと還暦を迎えるという大きな節目の年になり,改めて身の引き締まる思いです.

 今年も,私や家族が,そして日本や世界の人々誰しもが少しでも平穏で幸せな日々を過ごせますように.


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年末雑感 …「ひと」が全て…

2017.12.23(23:35)

 今年もあっという間にあとわずかとなってしまいました.

 時節がらということもあって,患者数がものすごく増えており,土曜日などは立ち見席状態になってしまうこともしばしばです.長時間の待ち時間で大変なご迷惑をおかけすることも多く,申し訳ないと思っております.

 クリニックは来春,いよいよ開業10周年を迎えます.苦労も重ねつつここまでやって来ましたが,今までの経験を通じて痛感した,何よりも大事なこと,そして一番苦労することは,何と言っても「ひと」だと痛感しています.
 組織というものはその大小に関わらず,どんなにハードが良くても,それを動かすのは結局個々の人間です.特に生身の人間を相手にするこの仕事は,私も含めたスタッフの人間力が全てと言っても過言ではありません.

 開業当初は,私以外は女性ばかりの職場をトップとしてどう切り盛りしていいか試行錯誤の連続でした. しかし,私やかみさんの「ひと」を見る目が徐々に出来てきたのか?あるいは良い循環が出来ているのか,ここ数年当院には本当に素晴らしい人材が集まって来てくれており,仕事はやりやすいしクリニック内の雰囲気も頗る良好で,患者さんにも評判は上々のようです.

 そのオーラが良い影響を与えているのか,今年の当院はスタッフのおめでた続きでした.
 まず,長年事務の中心として勤めてくれてきたOさんが結婚,そして7月に元気な男の子を出産しました.それに続くかのように,なんと若手の看護師のSさん,Tさんが,ほぼ同時におめでたとなったのです.
 特に看護師のTさんの方は,長年不妊に苦しみ,一時は諦めかけていましたが,仕事の合間を縫って不妊治療に勤しんだ挙句,ようやく待望のベビーを授かり,先日少し早産ではありますが,元気な女の子を出産しました.

 実は当院は,それまでなかなかベビーを授からなかった職員が当院で勤務してから授かったことが多々あり,これまでも上記以外に事務スタッフ2人,看護師1人が当院で働きだしから幸せを掴んでいます.
 看護師のSRさんや事務のMさんもその1人で,出産後にいったん退職しましたが,今回の件で人手不足になったのを知って,今度は自分が役立ちたいとのことで,お子さん達を保育園などに預けて手伝いに来てくれています.

 若い世代の女性を雇用する時は,いずれおめでたとなって退職または産休となってしまう可能性があり,ただでさえ人手不足の昨今,当院のような小さな医療機関にとっては,ある意味「リスク」でもあります.退職や産休となればその間残ったスタッフの負担が増えますし,新しいスタッフを雇用するにしても,いいひとが来てくれるかどうか,悩みはつきません.
 しかし,よくありがちな人間関係のトラブルなどではなく,こんなおめでたいことが理由であれば,残ったスタッフも喜んで送り出すことができますし,いったん産休や退職になったスタッフも,育児が終わればまた戻ってきて助けてくれようというものです.それに少子高齢化が急速に進んでいるこのご時世,世の中に幸せの種を巻いたと思えば憂しい気持ちにもなれます.

 さて,今年も国内外で様々なことが起きましたが,紙面を賑わせているのは良い記事より圧倒的に悲しい記事の方が多いというのが誰しもの印象ではないでしようか?
 世界を見渡せば欧米を中心に自国第一主義のような排他的な勢力が次々と台頭し,相も変わらずあちこちで紛争やテロが頻発しており,北朝鮮問題にいたってはすでに戦争前夜とさえ言われている物騒な状態です.人々の経済格差はますます拡大し,地球温暖化による天災の多発は待ったなしの大問題です.国内でも経済,外交,安全保障,社会保障などあらゆる面で未曽有の難題に直面しているのは言わずもがなです.

 この先人類はいったいどこへ向かうのか?
 先行きの見えない不安と混沌と緊張に満ち溢れ,少しでも舵取りを誤れば人類の破滅にさえ向かいかねないこの時代,今こそ私たちの叡智が試されています.「世界」という巨大な組織も,結局は70億以上もの「ひと」の集まり,この組織が生き残るも滅びるも,すべてそれを構成する我々一人ひとりの責任ということです.

 来年は少しでも良いニュースが紙面を飾るように,心より祈るばかりです.


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日々是エッセイ

  1. 在宅,在宅というけれど…(04/07)
  2. 涙のスポーツマンシップ(03/10)
  3. 複雑な気持ち(02/04)
  4. 忘れられぬ年明け(01/10)
  5. 年末雑感 …「ひと」が全て…(12/23)
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