今日は七夕,もし短冊に願い事をかくならば,やはり今は「クリニックが繁盛しますように」でしょうか.
今日の午前中は合気道の稽古で朝を流してきました.10年前よりはじめた合気道ですが,私の趣味の大きな一角を占めるものになっています.合気道には小学生からかなり年配の方まで,実に幅広い年齢の人々が集まってきます.職種もいろいろで,私のような医師も何人かいますが,警察官,ホテルの支配人,学校の教師,家具屋,サラリーマン…と本当にばらばらです.でもそういったことは合気道をやることとは何も関係ありません.いまだにお互い本当の職業を知らない人も多くいます.
普段の自分はどこにいてもたいてい医師であるという意識を捨てられません.というのも日常のつきあいは,どうしても同業者やその関係の人々との接触がほとんどだからです.しかし道場に入って道着と袴を着用すると,もうひとつの自分になったような気分になります.テレビのドキュメンタリーなどで,ある仕事のプロである主人公が,その仕事とは全く別の顔を持っている…というようなことを格好よく描いていますが,私もまさにそんな気持ちです.静寂な雰囲気の中,正座をして正面に向かって礼をすると敬虔な気持ちにもなります.この時間は私にとって医師という身分を忘れられる,かけがえのない心のオアシスでもあります.こういった時間があるからこそ,日常の仕事に対する活力も湧いてくるといっても過言ではありません.
今週も1週間,合気道で培った「気」を充実させて頑張ります.
今日の午前中は合気道の稽古で朝を流してきました.10年前よりはじめた合気道ですが,私の趣味の大きな一角を占めるものになっています.合気道には小学生からかなり年配の方まで,実に幅広い年齢の人々が集まってきます.職種もいろいろで,私のような医師も何人かいますが,警察官,ホテルの支配人,学校の教師,家具屋,サラリーマン…と本当にばらばらです.でもそういったことは合気道をやることとは何も関係ありません.いまだにお互い本当の職業を知らない人も多くいます.
普段の自分はどこにいてもたいてい医師であるという意識を捨てられません.というのも日常のつきあいは,どうしても同業者やその関係の人々との接触がほとんどだからです.しかし道場に入って道着と袴を着用すると,もうひとつの自分になったような気分になります.テレビのドキュメンタリーなどで,ある仕事のプロである主人公が,その仕事とは全く別の顔を持っている…というようなことを格好よく描いていますが,私もまさにそんな気持ちです.静寂な雰囲気の中,正座をして正面に向かって礼をすると敬虔な気持ちにもなります.この時間は私にとって医師という身分を忘れられる,かけがえのない心のオアシスでもあります.こういった時間があるからこそ,日常の仕事に対する活力も湧いてくるといっても過言ではありません.
今週も1週間,合気道で培った「気」を充実させて頑張ります.
早いものでもう7月です.新しく訪れる患者さんの中にはHPを見られて受診される方も多くおられます.一日で50以上もアクセスされることもありますが,中には私のこのつたないブログ目当てで見てくださっている方もおられるようで,何かくすぐったい感じです.
先週の土曜日はある会合に行ってきました.母校である六甲学院(中・高校)出身の医師で作る伯医会,歯科医師で作る伯歯会というのがあり(伯,というのは母校が伯母野山の中腹にあることからつけられました),それぞれ毎年1度懇親会を開いていますが,オリンピックイヤーにはこの2つが合同で懇親会をすることになっており,北京オリンピックの開かれる今年はまさに合同懇親会の年であったわけです.
母校は今年で創立70年を迎え,私は34期です.一応?進学校といわれる学校なので各学年の医学部・歯学部出身者は大概20名以上いますが,参加していたのはもちろんその一部,あわせて数十名でした.現校長や私の在学時代の恩師に加え,いつも常連で参加されている先輩,後輩のほかに今年から新しく参加された方々もいて,皆で久しぶりの再会を喜び合いました.近所で開業されておられる某整形外科クリニックの先生が実は六甲のOBだったことが判ったことも収穫で,さっそく名刺を渡してちゃっかり?あいさつしました.
六甲学院は6年間一貫教育の男子校で,共学で育ったかみさんなどには「6年間も女の子がいない生活なんてつまらないわねエ」と言われる始末ですが,一学年180人という少人数で6年間同じ釜の飯を食ったというのは何者にも変えがたい団結力や仲間意識を生みます.特に母校はカトリック精神に基づいた人間教育で有名で,300m近くもの標高にある学校への登山のような毎日の通学,授業前の黙想,上半身裸での毎日の中間体操,短パン一丁・はだしでの便所掃除(便番といわれ有名でした),年1回の36キロ!マラソン,礼拝,共同募金などの奉仕活動…と,勉強以外にも「六甲精神」を徹底的に鍛えられました.その時学生だった私たちには,そのことの良さなど判る由もなく反抗することもしばしばでしたが,今となっては,六甲を卒業して良かった,今の自分の丈夫な足腰と粘り強い精神はここで培われた,と確信しています.
社会で生きていく上で「コネ」というのはあまり清潔なイメージを伴いませんが,やはり同じ学校で苦楽をともにした,というのはいい意味での「コネ」であり,こういった人と人とのつながりは一生大事にしたいと思っています.
なお,男子校であったということの不利な点は,確かに大学に入学した当初は何か女の子と接するのにやや違和感を感じてしまったということでしょうか,でもだからといって結婚出来ない人や,ちょっと違った道?に進んでいるという人が多いわけでもなく,結果としては問題なかったと思っているのですが,かみさんには,「やっぱりあなたは男子校出身よね…」などと呆れられることもあります(笑).
先週の土曜日はある会合に行ってきました.母校である六甲学院(中・高校)出身の医師で作る伯医会,歯科医師で作る伯歯会というのがあり(伯,というのは母校が伯母野山の中腹にあることからつけられました),それぞれ毎年1度懇親会を開いていますが,オリンピックイヤーにはこの2つが合同で懇親会をすることになっており,北京オリンピックの開かれる今年はまさに合同懇親会の年であったわけです.
母校は今年で創立70年を迎え,私は34期です.一応?進学校といわれる学校なので各学年の医学部・歯学部出身者は大概20名以上いますが,参加していたのはもちろんその一部,あわせて数十名でした.現校長や私の在学時代の恩師に加え,いつも常連で参加されている先輩,後輩のほかに今年から新しく参加された方々もいて,皆で久しぶりの再会を喜び合いました.近所で開業されておられる某整形外科クリニックの先生が実は六甲のOBだったことが判ったことも収穫で,さっそく名刺を渡してちゃっかり?あいさつしました.
六甲学院は6年間一貫教育の男子校で,共学で育ったかみさんなどには「6年間も女の子がいない生活なんてつまらないわねエ」と言われる始末ですが,一学年180人という少人数で6年間同じ釜の飯を食ったというのは何者にも変えがたい団結力や仲間意識を生みます.特に母校はカトリック精神に基づいた人間教育で有名で,300m近くもの標高にある学校への登山のような毎日の通学,授業前の黙想,上半身裸での毎日の中間体操,短パン一丁・はだしでの便所掃除(便番といわれ有名でした),年1回の36キロ!マラソン,礼拝,共同募金などの奉仕活動…と,勉強以外にも「六甲精神」を徹底的に鍛えられました.その時学生だった私たちには,そのことの良さなど判る由もなく反抗することもしばしばでしたが,今となっては,六甲を卒業して良かった,今の自分の丈夫な足腰と粘り強い精神はここで培われた,と確信しています.
社会で生きていく上で「コネ」というのはあまり清潔なイメージを伴いませんが,やはり同じ学校で苦楽をともにした,というのはいい意味での「コネ」であり,こういった人と人とのつながりは一生大事にしたいと思っています.
なお,男子校であったということの不利な点は,確かに大学に入学した当初は何か女の子と接するのにやや違和感を感じてしまったということでしょうか,でもだからといって結婚出来ない人や,ちょっと違った道?に進んでいるという人が多いわけでもなく,結果としては問題なかったと思っているのですが,かみさんには,「やっぱりあなたは男子校出身よね…」などと呆れられることもあります(笑).
6月ももう数日で終わりです.季節がら当院のみならず内科系はどこの開業医も患者が少なくなるとのことですが,先日税理士さんからも,今は苦しい時期ですが何とかこの時期を乗り越えれば大丈夫です,と叱咤激励されました.
今日は約2年前に神戸労災病院時代に手術をさせていただいた,ある患者さんが受診されました.なんと鹿児島県沖永良部島からです.鹿児島といってももうほとんど沖縄の近くの小さな島です.親戚がこちらに住んでおられるのと,向こうで心臓の手術が出来るような施設がないということなどの理由でこちらで手術を受けられ,私がたまたま担当医となったのが縁でした.非常に重篤な病気でほとんどイチかバチかのような状態での大変な手術で,奥様や親戚の方々も最悪の場合を覚悟されておられましたが,手術の効果と,なんと言ってもご本人とご家族の頑張りで経過は予想外に良好で非常に元気になられました.さらにその後わざわざ私のところに定期的に受診を続けてこられ,こちらが恐縮してしまうほどでした.
久しぶりにお会いした今日も本当に元気そうでした.沖永良部はもう真夏で真っ黒に日焼けされておられ,毎日みなで楽しく焼酎で宴会をしているぐらい元気とのこと,奥様からは「先生,少しお酒を控えるように言ってくださいよ(笑)」と言われるほどでした.ご本人・奥様とも南国独特のおおらかなお人柄で,「先生のお陰で本当に元気になってよかった,先生は命の恩人です」とまで言ってくださり,医者冥利に尽きるとはまさにこのことでした.
今の世の中,われわれ医師にとって決して働きやすい環境とは言えません.治療はうまく行って当たり前で,そうでなければ重箱の隅をつつくようにあら捜しをして,やれ情報開示だ,医療ミスだと騒ぎ立てる人たちも少なくありません.しかもこれを低俗なマスコミが医師だけをを悪者として偏った報道をするから始末が悪い.学校にとんでもない要求をつきつけるモラルの低下した親のことを「モンスターペアレント」というようですが,私はそれをもじってこういう人たちのことを「モンスターペイシャント(patient=患者)」と呼んでいます.以前私もひどい目にあったことが何回かありました.
しかし今日の患者さんのように本当に素朴で,なんのてらいや飾り気もなく心からの感謝のことばをくださると,こちらも本当にほっとします.この殺伐とした世相の中で日本人が忘れてしまった大事な心,思いやりとか感謝の気持ちといった基本的道徳を教えてくださっているような感じさえしたのは,私だけではなくうちのスタッフ全員であったと思います.
今日は約2年前に神戸労災病院時代に手術をさせていただいた,ある患者さんが受診されました.なんと鹿児島県沖永良部島からです.鹿児島といってももうほとんど沖縄の近くの小さな島です.親戚がこちらに住んでおられるのと,向こうで心臓の手術が出来るような施設がないということなどの理由でこちらで手術を受けられ,私がたまたま担当医となったのが縁でした.非常に重篤な病気でほとんどイチかバチかのような状態での大変な手術で,奥様や親戚の方々も最悪の場合を覚悟されておられましたが,手術の効果と,なんと言ってもご本人とご家族の頑張りで経過は予想外に良好で非常に元気になられました.さらにその後わざわざ私のところに定期的に受診を続けてこられ,こちらが恐縮してしまうほどでした.
久しぶりにお会いした今日も本当に元気そうでした.沖永良部はもう真夏で真っ黒に日焼けされておられ,毎日みなで楽しく焼酎で宴会をしているぐらい元気とのこと,奥様からは「先生,少しお酒を控えるように言ってくださいよ(笑)」と言われるほどでした.ご本人・奥様とも南国独特のおおらかなお人柄で,「先生のお陰で本当に元気になってよかった,先生は命の恩人です」とまで言ってくださり,医者冥利に尽きるとはまさにこのことでした.
今の世の中,われわれ医師にとって決して働きやすい環境とは言えません.治療はうまく行って当たり前で,そうでなければ重箱の隅をつつくようにあら捜しをして,やれ情報開示だ,医療ミスだと騒ぎ立てる人たちも少なくありません.しかもこれを低俗なマスコミが医師だけをを悪者として偏った報道をするから始末が悪い.学校にとんでもない要求をつきつけるモラルの低下した親のことを「モンスターペアレント」というようですが,私はそれをもじってこういう人たちのことを「モンスターペイシャント(patient=患者)」と呼んでいます.以前私もひどい目にあったことが何回かありました.
しかし今日の患者さんのように本当に素朴で,なんのてらいや飾り気もなく心からの感謝のことばをくださると,こちらも本当にほっとします.この殺伐とした世相の中で日本人が忘れてしまった大事な心,思いやりとか感謝の気持ちといった基本的道徳を教えてくださっているような感じさえしたのは,私だけではなくうちのスタッフ全員であったと思います.
6月もあっという間に3週間が過ぎました.今日もHPを見たとのことで新しい患者さんが来てくださり,感謝しています.一日の来院数はまだまだですが,スタッフやかみさんも頑張ってくれているので,損益分岐点が一日でも早くくるように頑張るのみです.
昨日は心臓血管外科関係のある学会誌が届き,ぱらぱらとめくっていましたが,かつて一緒に仕事をした後輩の論文が掲載されており,第一線で頑張っているな!と感慨に耽ってしまいました.
思えば15年以上も前,私も心臓血管外科医となることをめざし,あこがれの米国に留学してすばらしい環境のもとで研究に打ち込み(この成果は一流の英文雑誌に掲載され,今も私の宝物です),その後は当時心臓血管外科のメッカといわれた東京女子医大に移って,寝る間も惜しんでがむしゃらに頑張りました.その頃は日本でも心臓移植が再開されることになり,女子医大も国立循環器病センター,大阪大学とともに移植の施設に選ばれていましたから,私もいつか心臓移植という大事業に参加できることを夢見ていました.
もちろんその頃は,自分が将来開業することになるなどとは夢にも思っていませんでした.開業することは第一線から退いた医師のすることで,何か落ちこぼれであるとの偏見のようなものさえありました.
しかしそれから15年以上が経ち,こうして開業した自分の人生を振り返ると,人生とは本当に不思議なものだと感じざるを得ません.
誰かが述べていましたが,どの人の人生も天から与えられたものである,優劣などなく,その人生を懸命に生きることが使命なのである…と.私が開業することになることは,実は始めから決まっていたのかもしれません.そしてこれまでに紆余曲折した人生の中で培った数多くの経験が,無駄になるどころか,実はこれからの自分の人生にとってとてつもなく大きな糧になっていくのかもしれません.
今開業してみて,なるほど私には医師という職業,そして開業してプライマリーケアの第一線で働くことが使命であり,そして実はいちばんあっているのかもしれないと感じています.今は,「一流の開業医」になるべく使命感に燃えて日夜研鑽を積むのみです.
昨日は心臓血管外科関係のある学会誌が届き,ぱらぱらとめくっていましたが,かつて一緒に仕事をした後輩の論文が掲載されており,第一線で頑張っているな!と感慨に耽ってしまいました.
思えば15年以上も前,私も心臓血管外科医となることをめざし,あこがれの米国に留学してすばらしい環境のもとで研究に打ち込み(この成果は一流の英文雑誌に掲載され,今も私の宝物です),その後は当時心臓血管外科のメッカといわれた東京女子医大に移って,寝る間も惜しんでがむしゃらに頑張りました.その頃は日本でも心臓移植が再開されることになり,女子医大も国立循環器病センター,大阪大学とともに移植の施設に選ばれていましたから,私もいつか心臓移植という大事業に参加できることを夢見ていました.
もちろんその頃は,自分が将来開業することになるなどとは夢にも思っていませんでした.開業することは第一線から退いた医師のすることで,何か落ちこぼれであるとの偏見のようなものさえありました.
しかしそれから15年以上が経ち,こうして開業した自分の人生を振り返ると,人生とは本当に不思議なものだと感じざるを得ません.
誰かが述べていましたが,どの人の人生も天から与えられたものである,優劣などなく,その人生を懸命に生きることが使命なのである…と.私が開業することになることは,実は始めから決まっていたのかもしれません.そしてこれまでに紆余曲折した人生の中で培った数多くの経験が,無駄になるどころか,実はこれからの自分の人生にとってとてつもなく大きな糧になっていくのかもしれません.
今開業してみて,なるほど私には医師という職業,そして開業してプライマリーケアの第一線で働くことが使命であり,そして実はいちばんあっているのかもしれないと感じています.今は,「一流の開業医」になるべく使命感に燃えて日夜研鑽を積むのみです.
この日曜日にある製薬会社が協賛する漢方の勉強会に行ってきました.
福島県にある,漢方で有名な某クリニックの先生が講師になり,分かりやすい実戦的な講義をしてくれました.
漢方では腹診が非常に重要な診察手段の一つのとことで実習もありました.なぜか2人の若い女性がモデルになり(これは先生の趣味でしょうか(笑)),我々全員がマクドナルドのように行列を作って並んで1人ずつお腹を触らせてもらいましたが,自分も含め,たくさんの中年すぎのおっさんらに(女医さんたちもいましたが…)何度も触られて,さぞ気持ち悪かったでしょう(笑).
漢方はもともと少しは興味があったのですが,どうもとっつきにくい印象を持っていました.それは東洋医学が西洋医学と異なり,「気」といったような眼にみえない概念を扱うからということもあります.
特に私は長く外科医として手術をやっていましたから,より俗物的とでもいいましょうか,内科以上に「実際に眼に見えて,かつ存在する」ものを扱うことに慣れてきたという側面も否定できません.
ところで私は10年ほど前から合気道をやっていますが,この武道でも「気」という概念を使います.小さな人間が大男を投げ飛ばせる理由を,相手の力を利用して投げる,といってしまえば簡単なのですが,物理的に説明するよりも,「気」の出ているほうが勝るという考え方をした方が簡単です.もちろんこの「気」も,眼に見えるものではありませんが,合気道を長くやっていると,その存在を認めざるを得ません.もちろん将来的にはひょっとしたら電磁波のようなものであるということが科学的に立証されるかもしれませんが,いずれにしても漢方の「気」とも相通ずるところがあるような感じがします.
「病は気から」ということばはまさにそれを表しているのでしょう.病気になっても「頑張って早く治そう!」と積極的に頑張っている人は,「もうあかんわ…」と愚痴ばかりこぼしている人よりも明らかに回復力が早いのは身をもって体験してきました.要は,「気」の充実していない人にいくら薬や手術を施しても回復しないわけで,漢方はそういった「気」を充実させることにより病気を「根本的に」なおしていくことがその真髄なのだと思います.
今後私も積極的に漢方を自分の診療に生かしていきたいと思います.
福島県にある,漢方で有名な某クリニックの先生が講師になり,分かりやすい実戦的な講義をしてくれました.
漢方では腹診が非常に重要な診察手段の一つのとことで実習もありました.なぜか2人の若い女性がモデルになり(これは先生の趣味でしょうか(笑)),我々全員がマクドナルドのように行列を作って並んで1人ずつお腹を触らせてもらいましたが,自分も含め,たくさんの中年すぎのおっさんらに(女医さんたちもいましたが…)何度も触られて,さぞ気持ち悪かったでしょう(笑).
漢方はもともと少しは興味があったのですが,どうもとっつきにくい印象を持っていました.それは東洋医学が西洋医学と異なり,「気」といったような眼にみえない概念を扱うからということもあります.
特に私は長く外科医として手術をやっていましたから,より俗物的とでもいいましょうか,内科以上に「実際に眼に見えて,かつ存在する」ものを扱うことに慣れてきたという側面も否定できません.
ところで私は10年ほど前から合気道をやっていますが,この武道でも「気」という概念を使います.小さな人間が大男を投げ飛ばせる理由を,相手の力を利用して投げる,といってしまえば簡単なのですが,物理的に説明するよりも,「気」の出ているほうが勝るという考え方をした方が簡単です.もちろんこの「気」も,眼に見えるものではありませんが,合気道を長くやっていると,その存在を認めざるを得ません.もちろん将来的にはひょっとしたら電磁波のようなものであるということが科学的に立証されるかもしれませんが,いずれにしても漢方の「気」とも相通ずるところがあるような感じがします.
「病は気から」ということばはまさにそれを表しているのでしょう.病気になっても「頑張って早く治そう!」と積極的に頑張っている人は,「もうあかんわ…」と愚痴ばかりこぼしている人よりも明らかに回復力が早いのは身をもって体験してきました.要は,「気」の充実していない人にいくら薬や手術を施しても回復しないわけで,漢方はそういった「気」を充実させることにより病気を「根本的に」なおしていくことがその真髄なのだと思います.
今後私も積極的に漢方を自分の診療に生かしていきたいと思います.


