神戸市中央区、新神戸駅近くの循環器科専門医が綴るブログです。
  新しい年が明けました.

  この正月は,昨夏にハワイで結婚式を挙げた長女夫婦が結婚後初めて2人で来訪してくれました.また,MBA(経営学修士)の資格を取るために1年少し前からパリに留学している次女の夫も一時帰国して合流,6人が揃い楽しいひと時を持てました.
  義理の息子となった2人の青年は,タイプこそ異なりますが共に明朗闊達,頭脳明晰で人柄も申し分なく,話しをしていても実に気持ちがいいし,こちらも勉強になります.娘ふたりとも本当に良い伴侶に恵まれたものだと思います.

  夏休みや年末年始と言えば,幼少時は父母の故郷である姫路にあった祖父母の広い家に行って泊まるのが恒例で,叔父叔母や従兄弟たちに会うのがとても楽しみでした.東京の狭い社宅に帰る日が近づくと,とてつもない寂しさを感じたものです.

  結婚して子供が出来てからは,今度は私たち夫婦が娘たちを連れて明石の父母や川西の義父母の家を訪れるのが恒例となりました.父母たちも小さな孫達をよく可愛がってくれましたし,米国に住んでいる時は,両家とも日本からはるばる訪れてくれました.

  そして今,いよいよ自分たちがあの頃の親の年齢になり,結婚した子供たちに訪問される側になったことを考えると,これまでの月日の流れに想いを馳せて本当に感慨もひとしおです.

  今はまだそこそこ元気な父母も義父母も,そう遠くない将来,鬼籍に入るでしょうし,私たち夫婦にも孫が出来ているかもしれません.

  テレビ番組の「ファミリーヒストリー」ではありませんが,私たち人間もこの世の生きとし生けるものの一員として,こうして命を紡いでいくのだということを実感させられます.

  今,世界情勢はますます混沌としてテロや内戦が頻発し,なんの罪もない数多くの一般庶民が一瞬にして命を奪われ続けています.この人たちにも掛け替えのない家族や恋人や友人たちがいて,肩寄せ合ってささやかに生活していたでしょう.
 しかしそれがあまりにも理不尽な理由で無惨にも奪い去られてしまっている現状を思うと,怒りと悲しみで本当に胸が張り裂けそうになります.

  こんな時代だからこそ,家族の誰もが元気で新年を迎えられたことを本当にありがたいと思いますし,この小さな幸せがいつまでも続くように祈るばかりです.

  今年こそは,世界の人々にとって少しでも平和な1年でありますように.


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【2017/01/10 00:01】 | 日々是エッセイ
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 今年も残すところあとわずかとなりました.
 毎年ながら,この時期クリニックは多くの患者さんの年末の駆け込み状態で大忙しですが,ありがたいことだと思います.

 先日の日曜日は,姪が在籍する京都芸術大学音楽学部の定期演奏会が京都コンサートホールでありました.
 今回の曲目は,尾高忠明氏の指揮のもと、フォーレのレクイエムとショスタコーヴィチの交響曲「革命」でした.
 モーツァルト,ヴェルディと並んで三大レクイエムと言われるフォーレのレクイエムは,私も大学合唱団時代に一部を歌ったことがありますが,魂を揺さぶられるような美しい曲です.ショスタコーヴィチは,有名なサビの部分は知っていましたが,全曲ナマで聴いたのは初めてでした.

 これから国内外で活躍しようとしている若い人たちの,若々しいエネルギーと未来への希望に満ちた演奏は,ウイーンフィルのような超一流のプロのオーケストラの演奏とはまた違う格別の味わいがあり,大変感銘を受けました.

 いよいよ来春卒業となる姪も,卒後はプロのコントラバス奏者を目指して国内外で頑張るとのこと,おおかど家初のプロの音楽家の誕生を心から楽しみに応援したいと思っています.

 音楽の世界のみならず,スポーツでも芸術でも科学でも,若い力が育たなければ国は衰退の一途を辿るでしょう.国内外に難題山積の我が国ではありますが,この国の将来を担う若い人たちこそが夢を持つことができる社会、努力が報われるような社会になって欲しいと常々思います.

 話変わって,今年もNHKの大河ドラマが感動のうちに最終回を終えました.
 大河ドラマについては,視聴率云々を含め毎回評価が分かれますが,多少の脚色はあるにせよ,歴史上の1人の人間にスポットをあて,その激動の人生を一年を通して丁寧に,かつ贅沢に描く手法はNHKだからこそ可能なわけであり,大河ドラマのファンとしては,今後とも是非続けて欲しいと思います.

 今年の「真田丸」は三谷幸喜さんの脚本の魅力に加えて堺雅人さんたち俳優陣の好演も手伝って,大変見応えのあるものとなりました.

 歴史の無情な流れに翻弄されながらも,波乱万丈の人生を力強く生きていく主人公とそれに関わる多くの人々の生き様は,それが決してハッピーエンドに終わるわけではない史実であるからこそ,そのリアリティーの中に感情移入してしまうのかもしれません.

 開業前まだ四十台だった私もあと2年足らずで還暦という年齢となり,月日の流れの速さをますます実感しています.
 つい惰性に流れがちになる毎日を,演奏会で出会った若い人たちのように心身ともに若々しく,そして真田幸村のように力強い志を持って一生懸命に生き,あとで振り返って悔いのないような人生を送れたら本望だと思います.

 さて,来年はどんな年になるでしょうか.


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【2016/12/23 23:46】 | 日々是エッセイ
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 今年もあと1カ月少し,先日は私が理事を務める神戸市中央区医師会の総会と少し早めの忘年会があり,地元の他の先生方や医療関係の人々と交流を含めてきました.
 これから私にとっては,毎年ながら目が回るほど忙しくもかけがえのない楽しい季節となります.

  さて先日,午前の診療が始まったばかりの頃,予想外の来客がありました.
 
 その男性は,かれこれ15年以上も前,私が仙台循環器病センターにいたころ,主治医として担当していたYさんでした.
 平成13年の2月,東北地方は神戸では想像できないくらいの寒い季節ですが,そんなある日の早朝,突然の激しい胸痛で近隣の医療機関から救急搬送されてきたのがYさんでした.
 はたして胸部CTや心臓エコー検査から下された診断は,急性大動脈解離でした.心臓直上の上行大動脈の内壁が大きく裂けているスタンフォードA型というタイプである上,心臓の出口である大動脈弁に病変が及んで急性の大動脈弁逆流をきたして重篤な心不全となっており,救命するには一刻も早い緊急オペが必要でした.
 すぐに関係スタッフ全員が集合,私の上司であったS部長が執刀,私が第一助手を務め,上行大動脈と大動脈弁を同時に置換するベントール手術を行いました.
 オペは成功,一命を取り留めた患者さんは,その若さも手伝ってその後順調に回復されて退院,その後私が外来で定期的に診ていました.

 約2年ほどして私が同センターを辞して神戸に戻ったあとは,Yさんの診察は他の医師が引き継ぎましたが,Yさんはその後も私のことを気にかけてくださっていたとのことでした.

 今回は奥様と四国に旅行に来られたとのことですが,帰路直前に神戸に寄る事情ができ,それならば,またとない機会なので!ということで思い切って私を訪れてくださったそうです.
 あれから16年,私と同い年くらいのYさんは,今は岩手県一関に住まれ,地元の医師に引き続き診てもらっているとのこと,血色もよく,とてもお元気そうでした.

 積もる話は尽きないものの,すでに患者さんがどんどん来院しており,名残を惜しみつつ,私とのツーショット写真を土産に岩手に帰って行かれました.

 自分が担当した患者さんがそのことをずっと忘れず心に留めて,こうしてわざわざ訪ねてきてくださるということ,これほど医者冥利につきることはありません.
 医師にとって一人一人の患者さんはone of themですが,患者さんにとって医師は自分の人生を大きく左右するonly oneとなり得るということでしょう.

 今回のYさんのご訪問は,日常の業務に忙殺されてつい惰性に流れがちな日々にとても素敵なサプライズとなりましたし,また,患者さん一人一人に真摯に向き合わなければならないという当たり前の心構えを再確認させてくれる,よい機会となりました.

 Yさんへ,ますますのご健勝,ご活躍を,遠い神戸よりお祈りしております.


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【2016/12/01 08:30】 | 日々是エッセイ
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 今年もあと1ヶ月半となってしまいましたが,今年を表す漢字1文字は「変」にしてもいいのではないかと思うほど,世界を揺るがすような大きな出来事がありました.
 イギリスのEU離脱の決定もそうですが,なんと言っても最大の驚きは,先頃決着の着いた米国の大統領選の結果です.トランプ次期大統領の政策が,すべてその過激な発言内容どおりに実行されることはあり得ないというのが大方の見方ですが,米国という国が世界での立ち位置において歴史的な転換点を迎えていること,そして世界情勢もその影響をもろに受けることは間違いないでしよう.

 しかし,周囲の国々がどうこう言っても米国人自らが選択した結果なのですがら,しかたありません.
 重要なのは,米国政治の行く末を固唾を飲んで見守りながらも,来たりくるであろう世界情勢の変化に,いかに柔軟にうまく対応していくかということです.

 特に日本は,お得意の「和を以て尊しと成す」の精神で,世界が再び誤った方向に向かわないようにしっかりと世界平和に貢献していかなければならないと思います.

 長い歴史を振り返れば,国々や民族の興亡,指導者や政治体制の交代,と,世の中というのは常に変化していくのが当たり前で,永遠に同じ状態が続くことなどむしろあり得ないわけです.

 レベルは違いますが,民間レベルでも,我が世を謳歌していた世界的大企業でさえ絶対に安泰というわけではなく,時代の流れに上手く対応していかなければあっという間に凋落の道を辿っているような例にもこと欠きません.

 医療の世界とて同じです.

 医学の驚異的な進歩はもちろんですが,特に我が国は急速に進む少子超高齢化や人口減少,膨れ上がる社会保障費に対する政府の厳しい施策により,ひと昔前のように普通の医療を平凡にやっているだけでは,大きな医療機関でさえ生き残れません.
 私のように従業員10人足らずの小さなクリニックを経営する身としてさえ,患者さんたちにより良い医療を提供するという医療者としての姿勢は当然のこととしても,経営者としての手腕がそれと同様に問われていると日々感じます.

 国際政治からクリニックの経営まで,規模は全然違えど,常に先を見据えた戦略が必須ということなのでしょう.

 名将武田信玄の軍略,「風林火山」という言葉に凝縮されるように,特にめまぐるしく状況の変化する現代社会では,好むと好まざるに関わらず,何事にも臨機応変に,変幻自在に対応していくことが求められているのだと思います.


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【2016/11/19 17:52】 | 日々是エッセイ
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 先日の早朝,まだ夢の中にいた私は,突然の電話で起こされました.
 「先生,朝早くすみません!母がなんかすごく吐きそうだって言ってるんです.救急車で病院行った方がいいですか!?」
狼狽した口調から,娘さんの慌てた様子が目に見えるようでした.

 ところが,電話口の向こうから「もう治った」という,シャキッとしたいつもの甲高い声が‥‥
私は目が点になってしまい,娘さんも決まり悪そうにしておられましたが,取り敢えず状況を具にお聞きし,救急車を呼ぶような事態では全くなさそうなので様子を見ましょうとお話しして電話を切りました.

 クリニックの近くに住んでおられるこの女性はすでに98歳という超高齢ですが,少し血圧が高いことを除けば大変お元気で,大病も患ったことがありません.たださすがに最近は足腰が弱ってきている上,軽い認知症も出てきているようなので,私が月1回ほど訪問診療し,訪問看護師さんも毎週のように訪ねて入浴介助などをしてくれています.

 仕事で米国に何十年も住んだあと数年前に帰国してこの患者さんと二人暮らしの娘さんは,日頃から,今はまだ元気とはいえ余命幾ばくもないであろう母には無駄な医療や延命措置は受けさせたくない,ここまで生きたのだから自然に任せたい,と口癖のようにおっしゃっています.

 けれども,この日の様にいざ予想外のことが起こってしまうと,このような慌てぶりになってしまわれたのです.

 数日後に訪問した時はいつも通りお元気でしたが,さすがに最近は食が細って体重も落ちており,このままでは衰弱していくことは目に見えていました.

 ただ,問題は今後です.

 自然に任せる,治療は一切しないのはいいが,では痛みや熱が出た時にはどう対処するのか?食べ物を誤嚥して肺炎になった時の抗生物質は?痰が引っかかって苦しんでいる時の吸引は?褥瘡(床ずれ)が出来た時の処置は?そして何より娘さんひとりで介護できるか?訪問看護の回数は増やすのか?等々,娘さんにとっては全く初耳のことばかりだったようで,かなり困惑されていました.

 取り敢えずは後日ケアマネージャーや訪問看護師さんたちも含めて今後の方針を相談して決めていくこととしました.

 今や我が国は未曾有の超高齢化社会を迎え,寝たきりや認知症の高齢者も激増していますが,膨れ上がる社会保障費を抑制するため在宅医療をさらに促進したい国の思惑もあって,介護保険制度の充実や地域包括ケアシステムの構築などが待ったなしの課題となっています.

 しかし,いくら制度が充実しても,結局一番負担のかかるのは,他ならぬ介護をする家族です.

 そもそも核家族化の進んだ我が国では,ひと昔前のように大家族で助け合って世話をし,皆で最期を看取るというようなケースは少なくとも都会では望めません.

 人の死に様というものを身近に感じる機会もないので,いくら自然に,無駄な医療はせずに,と考えても,では具体的にどのように看取って行くのかということになると,皆目判らないのは当然です.

 そして何よりも切実なのは,介護をする側に人生設計さえ狂わせ兼ねない多大な犠牲を強いているということです.
 家族の介護のために会社を辞めざるを得ない人,結婚のチャンスも逃してしまった人,親の介護疲れで殺害にまで及んでしまった人等々,悲惨な話しを聞くにつけ,在宅,在宅と声高に叫ばれている風潮の陰には,決して見逃せない悲惨な代償を払っている多くの人々がいるということを痛感させられます.

 人は誰でも例外なく年老い,死を迎えます.今私たちがなすべきことは,自分や家族が介護を要する状態になり,そして死を目前にした時,どうすべきか,どうして欲しいか,ということを,決して他人事とは思わず日頃から真剣に考えておくこと,そして国には,在宅医療の推進は否定するものではありませんが,多大な負担を強いられる介護者にも十分に配慮した施策を,現在日本では議論するのさえタブーとされている安楽死の選択も含めて真剣に考えて頂きたいと思います.


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【2016/10/20 17:01】 | 日々是エッセイ
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