禁煙後進国ニッポン

   我が国の受動喫煙対策として,今年3月,店舗面積30平方メートル以下のバーやスナックなどに限り例外的に喫煙可とする厚労省案が提出されましたが,自民党のタバコ議連等がこれに反発したため,新たな案が提案されたようです.
 それによると,飲食店内は原則禁煙だが,店舗面積150平方メートル以下は喫煙可とできる,ただ新規開業や大手チェーンの店舗では喫煙を認めず,既存店舗の営業影響を考慮した臨時措置と位置づける,とのこと.

 この案が実現すれば,例えば東京都内なら結局は90%の飲食店で喫煙ができることになるようです.

 タバコ規制の遅れている我が国は,オリンピックに向けて他の先進国並みにそれを進めるべきなのに,あろうことか与党自民党から反対意見が出てこんなバカげた骨抜きの折衷案が出されていることに,開いた口が塞がらないと思ったのは私だけではないでしょう.
 タバコ議連のみならず,JT(日本タバコ)など,本心は喫煙者を減らしたくない様々な利権団体が絡んでいるのは明白です.

 これはまさに,悲惨な銃犯罪が多発していても,政府に対して圧倒的な影響力を持つ全米ライフル協会の圧力により全く銃規制が進まない米国の状況と変わらないのではないでしょうか?

 そもそも喫煙が,受動喫煙も含めて多大なる健康被害と国家的損失をきたしていることは既に揺るぎなき事実です.私も長年の医師としての経験で,喫煙がいかに大きな健康被害を及ぼしているかを身を以て経験してきました.

 驚くべきことに,喫煙による経済的損失は,医療や介護費,それによる労働力の損失などを含めて年間6兆円を超えるといわれ,タバコ税等による収益約2.5兆円を遙かに凌駕しています.喫煙者の社会保険料や医療費の個人負担を上げるべきだという意見もありますが,至極真っ当な意見だと思います.

 日本という国は,少しでも画期的なこと,抜本的な改革をやろうとすると,かならず反対意見がでます.もちろんそれが民主主義の常道であり,健全なことなのでしょうが,厄介なのは既得権益を守ろうとする利己的な抵抗勢力の存在や,戦後長らく続く平和にすっかりあぐらをかいてしまい,急速な変化を望まない国民性が根底にあることは否定できないでしょう.

 日本人が世界に誇る和の精神は素晴らしいものですが,これが時と場合によってはマイナスに働き,物事が遅々として進まなかったり,外国とのタフなビジネス交渉でも負けてしまうわけですが,今回の件もまさにその典型でしょう.

 禁煙の推進はもう世界的な流れであり,地球温暖化対策と同じくらい喫緊の重要な課題であるにもかかわらず,時代に逆行するような姿勢は,世界中の笑い者になるだけでしょう.こんな国にオリンピックなど開催する資格などないのではないでしょうか?


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医学部,医学部というけれど…

 今年は残念ながら日本人の科学系のノーベル賞の受賞はなく,さすがに四年連続の快挙とはいきませんでした.
 今世紀に入ってから我が国はノーベル賞ラッシュですが,最近の我が国の研究者を取り巻く環境は悪化の一途で,中国や韓国からの留学生やメジャーな雑誌への論文数が増加しているのとは対照的に日本人のそれは全く増えていないとのこと,このままでは今後ノーベル賞の受賞者は輩出されなくなるのではないかと危惧されているのは周知の通りです.

 ところで最近は,かつてないほどの医学部受験ブームのようです.

 私の時も医学部は最難関ということで特別視されてはいましたが,今はさらに拍車がかかり,高校の大学進学率のランキングに,東大京大のような一流大学の合格者数と並んで,国公立大学の医学部の合格者数を競うような状況になっています.

 医師になりたいという意思はさておき,学業成績がいいから医学部を受けるという風潮は以前からある程度はあります.
 しかし,特に今のように先の見通せない時代になってなおのこと,安定した収入と高い社会的ステータスを得られる(実際はそうでもないと実感しますが)資格職として目指す人間が増えているようです.

 もちろん医学というのは膨大な知識と高い技術を要する分野ですし,日進月歩の進歩についていくために日頃の勉強が欠かせませんから,やはり学業成績が低い人間や向学心のない人間は不適格でしょう.

 しかしその一方,特に臨床医学はその対象が生身の人間ですから,医師である前に人間としての基本的倫理観や高いコミュニケーション能力が欠かせません.
 この点,医学,特に臨床医学は,物理学,化学,生物学などと同様自然科学である一方,ある意味やや人文科学に近いところもあります.
 けれども一部の臨床医の中にはそういった基本的要素が欠けているのではないかと思われる例も多々あります.

 言い換えれば,学業成績がいいというだけで医学部に進んだ人間が,優れた臨床医になっているとは限らないわけです.

 たとえば灘や開成高校から東大理科三類(医学部)に進むような人たちは,凡人には想像できないほどの非凡な才能の持ち主が多いと思いますが,そういったエリート中のエリートが,誰しも良い臨床医になっているかどうかといえば,甚だ疑問です.

 もちろん,彼らを偏見の目で見ているわけではありませんが,そもそも最終的に私のような開業医になってしまうのならば,正直そこまでのエリートでなくてもいいのではないかと思いますし,たとえ臨床医としては不適格でも,適材適所という言葉の通り,基礎医学,あるいは全く他の理科系の分野でその能力を思う存分発揮できる場所があると思います.

 つまり,天才的なひらめきや凡人には思いもつかないような思考回路で何かを発見したりする能力,オタクと呼ばれるくらい一つのことに集中できる能力の人たちが,ただ生活の糧としての医師免許を獲るためだけにこぞって医学部だけに進んでしまうのであれば,優秀な頭脳が余りにももったいない,大袈裟に言えば,国家的損失なのではないかと思うわけです.

 でも今の日本の状況のように,いくら研究が好きでも,研究環境に大きな制約があったり自分の将来に経済的な不安があるようでは,誰も好き好んではその道を選ばないでしょう.

 ですから,こういう人たちには,国家が目先の利益に囚われず長期的視野を持って良い研究環境とふんだんな予算を提供し,将来の不安なく,好きな研究に没頭できるようにしてほしいと思います.それこそが科学技術立国としての日本の未来を救い,結果として今後もノーベル賞も輩出させる手立てとなるのではないでしようか.


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永遠の同志たち

 今年もはや9月,夏の暑さも過ぎ,過ごしやすい日々となりました.

 さて,先月末に,母校である岐阜大学医学部の卒後35年の同窓会に参加して来ました.

 今回は同窓生約90余りのうち,29人が岐阜の地に集合しました.前回の同窓会からはや5年,残念ながらこの間小児科医だったA君が突然死で鬼籍に入りましたが,その他はみな元気に第一線で活躍していました.

 卒後初めて再会した者同士も多く,学生時代の懐かしい思い出と近況報告に積もる話は尽きず,私を含め参加者の多くが二次会,三次会にまでなだれ込みました.

 この年齢ですから,私のようにすでに子息たちが結婚している者が多いのは当然ですが,中には孫ができた者もチラホラいましたし,子息がやはり医学部に入ったり既に医師として活躍している者も多く,子息の研修先での指導教官が実は私たちの同級生だったというような話も聞き,時の流れを感じずにはいられませんでした.

 私がそれまで縁もゆかりもなかった岐阜という地で暮らすことになった経緯は別のblog(人生の選択)で書いた通りです.県民の方々には申し訳ないのですが,決して垢抜けたイメージがあるとは言えないこの地も,志を同じくする多くの仲間たちと同じ釜の飯を食って6年間も暮らすと,やはり青春時代のかけがえのない思い出を作ってくれた場所として愛着が湧きます.

 ただ,今の日本で大きな社会問題となっている地方都市の衰退の波はこの街にも押し寄せているようでした.
 当時,岐阜を代表する繁華街である柳ヶ瀬は,多くの市民や観光客で賑わっていました.市内の中心部に鎮座してこの街の医療の中核を担っていた医学部及び付属病院からも,歩いてすぐでしたので,多くの医療関係者や私たち医学生にとって,柳ヶ瀬はいわばオアシス,溜まり場のような存在だったとも言えます.
 しかし噂には聞いていましたが,当時のような盛況ぶりは見る影もなくなって見るも無残なほど寂れてしまっており,人通りも少なく,シャッター街のようになっていました.

 実はあちこちにキャンパスの散らばるタコ足大学だった岐阜大学は,私たちのいた頃から岐阜市郊外への統合移転計画が進行中で,医学部も私たちの卒業後まもなくして移転を余儀なくされたのですが,そのことも柳ヶ瀬の衰退の大きな一因になったのになったのは間違いありません.
 時代の流れとはいえ,私たちの思い出の場所が寂れていくのは正直残念の極みではあります.

 話変わって,世間ではこの年齢になると,定年や引退という話題で持ちきりになるようですが,医師に関しては,幸か不幸かあまりそういうことがありません.
 私のような開業医はもちろんですが,勤務医も定年はあるものの,60代そこそこで医師を引退するようなことはまずなく,健診医,老人ホームの管理医師,産業医,診療所の雇われ医師など,いくらでも需要があり,ほとんどの医師が次のキャリアを選択します.
 退職金や企業年金が少ないので働かざるを得ないという一面もありますが,何よりもこの仕事が好きなのかもしれませんし,良いか悪いかは別として生涯現役ということです.

 それゆえに,粗大ゴミなどと言われ奥様方に嫌われるようなこともない代わり,クルーズ船で世界一周など見果てぬ夢ではありますが,おそらく,好きなこと,他人に感謝されることを仕事として続けられるが故に,他の職業に比較して認知症などにもなりにくいのかもしれません.

 さて次の同窓会はまた5年後くらいでしょうか?
 その頃はもう高齢者の一歩手前ですが,それまで級友たちが1人も欠けることなく,まだまだ現役の医師としてお互い元気な姿で再会出来ればと思います!️

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最前列向かって右から4人目が私


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東洋の真珠

 このお盆,かみさんとフィリピンに旅行してきました.

 話しは遡りますが,昨夏に結婚した長女夫婦に,今年2月とうとう海外赴任の命が下されました.旦那さんはフィリピンのマニラ,長女はインドネシアのジャカルタです.大手商社ゆえ,世界中に支社があり,しかも夫婦だからといって同じところに赴任させてくれるという甘い世界ではないものの,さすがに新婚早々数年間も異国で離れ離れというのはあまりにも苛酷ということで,長女はあっさり退職(このあたりが彼女らしいのですが)を決断しました.会社もかなり慰留したようですが,以前から海外出張等を通じて人脈を築いていた旦那さんの伝手でアメリカ資本のインフラ会社に採用され,めでたくそのマニラ本社の要職を得ました.
 というわけで2人とも,持ち前のバイタリティーと鍛え上げた語学力を生かして,新天地で多くの外国人たちに混じって働きだしたというわけです.

 フィリピンやマニラというと,どうしても貧困や治安の悪さや発展途上というマイナーなイメージばかりがつきまといますが,今回この先入観は覆えされました.

 彼女たちの住んでいる,マニラ中心部からやや東にあるボニファシオ(Bonifacio )という地区は,今後マニラの副都心的役割を担うべく外国からの投資も呼び込んで計画的に作られた人工都市で,広い道路に沿って,高級ホテルや高層オフィスビル,マンション,巨大でおしゃれなショッピングモール,数え切れないほどの洗練された店々や様々な施設が立ち並んでいます.ハイストリートと呼ばれる美しい目抜き通りは,目を楽しませる様々なイベントも相まって人々の憩いの場となっています.
 街はさらに外へ向かってまだまだ拡大途上のようで,あちこちでビル建設の槌音が響いていました.

 フィリピンの人口構成は,出生率が日本の倍もあるため若い人が多く,街全体が高揚感と活気に溢れています.まさにこれは日本の高度成長期に当たるのかもしれませんが,少なくとも肌で感じるエネルギーだけ見れば,既に成熟期を過ぎて下り坂に入った日本を完全に凌駕しています.
 彼女たちの住むセレンドラという企業の人々などが多い高層コンドミニアムは,広々とした居住空間に,メイドつき,運転手さんつきで,敷地内には自由に使える綺麗なプールやジム,スパなどの施設も完備され,大手企業に勤めている恩恵とはいえ,羨ましい限りでした.

 もちろんこのように近代的に整備された地域を離れると,やはりそこは他のアジア諸国と同様,雑踏と喧騒に満ち溢れています.
 道々には自動車(大半は日本製)や庶民の足であるカラフルなジプニー,パイク,トライシクルが競うように走り,クラクションがけたたましく鳴り響いていますし,信号待ちをしていると,貧しい物売りが寄ってきたりします.治安の悪いところも多々あるのも言うまでもありません.
 沢山の洗濯物がはためく粗末なバラック屋根の家屋の群れと,その間から雨後の筍のように立ち並ぶ近代的なビル群とのコントラストが,怒涛のように押し寄せる近代化の波と,激しい貧富の差を感じさせました.
 日本などよりはるかに大きな格差社会の解消はもちろんですが,,マニラから遠く離れてはいますが,南部ミンダナオ島でIS傘下のイスラム系原理主義が不気味に台頭してきていることも,今後のフィリピンに残された大きな課題です.

 最初の3日間はマニラ地区や郊外のスポットを2人がまるで添乗員のようにあちこち手際よく案内してもらい(これも運転手さんつきでした),普通の観光旅行では味わえないような貴重な経験となりました.
 旅の4日目は2人に別れを告げ,国内便で楽園セブ島に移動,この島での滞在はたった1日でしたが,海沿いのひろびろとしたリゾートホテルで,日常の喧騒からのがれ,静かな波の音を聴きながらゆったりとスパを受け,美味しい食事に舌鼓を打った至福の時間はこれまたかけがえのないものでした.

 旅の面白さは,それまで抱いていた先入観を打ち砕いて,目からウロコの発見をできること,そしてつい狭小になりがちな視野を拡げてくれることでもあります.
 私の心は,早くも次の旅先選びに向いています.


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「襟裳岬の~~♪」はもうエエわ

  今年ももうすぐお盆ですが,例年になく厳しい猛暑にさすがの私も身体がついていけなかったからでしょうか,夜間のエアコンをドライの連続運転にしていたのをきっかけとして,7月の最終週あたり,軽度の咽頭痛と,少し声がおかしいのに気付きました.
普段は風邪というものには無縁で,診察室で毎日のように風邪やインフルエンザの患者を診ていてもうつったことがなく,スタッフには,「先生は時々お腹を壊すけど,風邪をひいたのはみたことがない」といわれてきました.

  今回も,まあ2~3日適当に薬を飲んで様子を見ていれば治るだろうとタカをくくっていたのですが,発熱や鼻汁などはほとんどないものの,声だけが1週間経ってもなかなか治らず,まるで森進一のようです.音譜でいうと,ドからソくらいまでは出るのですが,ラシドあたりが全く怪しい.

  これは流石にヤバイと思い,会合や医師会の理事会,サックス,合気道など,声や体力を使うものは全て可能な限りキャンセルしましたが,診療だけは休むわけにはいきません.
別に身体がしんどいわけではないのですが,絞り出すように声を出している姿は,患者さんに逆に「お大事に」と言われる始末.

  手持ちの薬を色々飲みましたが声だけがどうしてもなおらないのは流石におかしいと思い,8月7日,向かいのビルにある岡耳鼻咽喉科の岡しおり先生のところに午前診後ギリギリで駆け込みました.ファイバーで覗いてもらったところ,やはり,声帯が炎症で真っ赤で,抗菌剤と去痰剤でフォローアップでいいが,完治にはしばらくかかるとのこと.まあ,切開排膿を要するような状態ではなかったのが幸いでした.岡先生には感謝です.

  というわけで,初期の頃に比べればだいぶマシにはなりましたが,商売道具の声だけはごまかせず,まだ患者さんたちに「お大事に」と言われる辛抱の日々が続いています.

  開業してまる9年,とにかくただただ前を向いて,馬車馬のように頑張ってきましたし,それを体力的精神的に辛いなどと思ったことはありませんでしたが,今回の件はきっと神様から,身体のことも考えて少しはペースダウンするようにとの思し召しなのかもしれません.

  いつまでも,「襟裳岬の〜♫」とか冗談言っている場合ではないということですね(笑)
  ただ,「先生はマグロ(泳ぐのをやめて止まってしまうと死んでしまうといわれます)みたいです.」と普段から称されている私,いきなりマンボウのようになったら,たぶん余計に怪しがられるかもしれません(笑)


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