常識のウソ 

 先日の午後,当院の入っている神戸芸術センタービルの6階にあるふきあい文化センター主催の健康セミナーの講師として,市民の皆さん向けに講演をさせていただく機会に恵まれました.

 通常の健康セミナーでありがちな,心臓病とか高血圧とか,病気に絞ったテーマもあまり面白みがないので,少し変わった趣向で,「医療における常識のウソ」という題名で講演をしました.

 このブログにもさんざん書いてきましたが,メディアやインターネットの驚異的な進歩により,ありとあらゆる情報が洪水のごとく氾濫している昨今,自分にとって本当に必要で有益な,そして何よりも正しい情報をその中から選択することは,極めて容易ならざる事態になっています.
 特に医療情報は,自身や家族の健康にかかわることだけにより深刻です.

 講演では,私の長年の医師生活で培ってきた経験をもとに,巷にあふれる医療に関する情報とどう対峙していくかということをテーマに,「医療の常識」とされていることの中には実は「ウソ」の情報があまりにも多いという意味で,このようなタイトルにして,市民の皆さんへの啓蒙の意味も込めて,面白おかしく(けっこう笑い声も聞こえたので,まあまあウケたと思うのですが(笑)),講演いたしました.
 内容としては,「風邪の常識のウソ:風邪には抗生物質は効かないし特効薬もない」,「腫瘍マーカーのウソ:腫瘍マーカーは癌の早期発見には役立たない」,「ヒアルロン酸のウソ:ヒアルロン酸やグルコサミンをいくら飲んでも,吸収されるときに分解されてしまうので,いくら飲んでも膝がよくなるはずはない」,「サプリメントのウソ:サプリは安全で副作用のないというのはウソ」など,18項目ほど,目からウロコとなるような?話をいたしました.

 当院の患者さんたちも駆けつけて下さり,評判はおおむね良好でしたが,中には「難しかった」とか「少し早口すぎた」などという助言も下さった方もおられ,今後の反省点となりました.

 このような貴重な機会を設けて下さったふきあい文化センターのUさんはじめスタッフの方々,参加してくださった方々にこの場を借りて御礼申し上げます.



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一期一会 

 今年も美しい桜の季節が終わって,もうすぐゴールデンウイーク,気候もよく過ごしやしい日々が続いています.

 この季節,当院の患者さんたちの中にも,卒業,就職,転居と,節目を迎える方々が多々おられます.
福岡から単身赴任で神戸に来られて,クリニックのオープンの頃から通院されていた,私と同世代のKさん,定年を迎えて今春ご家族の元に帰られることになりました.単身なので健康維持には尚のこと気をつけられていたようで,少しでもお役に立てたならば幸いですし,人生の後半,奥様始めご家族と久しぶりの生活を楽しまれれば,と我が事のように思います.

 もともと東京は中野のご出身で,ご主人さんと神戸に来られていた,チャキチャキの東京弁を話される年配のNさん,この方もクリニックのオープン以来,高血圧や喘息など持病の治療のため,当院を贔屓にしてくださっていましたが,このたび中野に戻られることになりました.
 彼女には,仙台時代に共に働いていた優秀な循環器内科医のH先生の現在の勤務先がご自宅に近かったので,紹介させていただきました.東京でも,ご主人さんと,仲良く余生を楽しまれればと思います.

 そして,逆に今春から神戸に赴任されたり転居されてきた方々も多数おられます.
医療機関のひしめくこの地域で,わざわざ当院を選んでくださったことに心から感謝し,このご縁を大切にし,彼らの健康維持,そして時には人生相談(笑)に少しでもお役に立てればと思います.

 医師というのは一生の間に数え切れないほどの患者さんと出会います.
 風邪や怪我で一度来られただけの方,私のオペにより元気になられた方,一生懸命に治療をしたけれども残念な結果になってしまった方,私をかかりつけ医師として信頼してくださっている方,慢性疾患で何年も通院されている方,等々,形は様々ですが,どの出会いも一期一会と思い,大切にしていきたいと思います.


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人生の選択 

 先日の土曜日,母校である岐阜大学医学部の,毎年恒例の関西同期会が行われました.今年も西宮の某病院で内科医として活躍しているA先生の音頭のもと,私を含めて関西在住の同期7人ほどが集まり,尼崎にあるてっちり料理の店で,楽しいひとときを過ごしました.
 月日の経つのは早く我々も既に卒後35年,普通のサラリーマンであればもう定年間近ですが,皆元気に医療の第一線で活躍しており,大変刺激を受けました.

 思えば私が,それまで縁もゆかりもなかった岐阜の地に6年間も住むことになったのは,全くの運命のいたずらでした.

 当時の国立大学の入試は,大学によって試験の時期が一期校(前期),二期校(後期)に分かれていました.
一期校には,東大,京大,阪大といった旧帝国大学系の大学が軒を並べ,後期には,主に岐阜大学,信州大学,愛媛大学といった地方大学が含まれていました.
 今となっては言い訳にしかなりませんが,当時私が受けた地元の一期校の医学部は,高校の合格判定でもAに○が2つもつくくらいで,落ちるはずはないと思っていました.岐阜大学には申し訳ないのですが,とりあえず関西に近い二期校として滑り止めに志願しただけで,どんな大学かも知らず行く気などさらさらありませんでした.

 しかしここが人生の面白いところ,一点のミスが命取りになる狭き門,よもやの些細なミスで見事にふられてしまい,二期校であった岐阜大学医学部の入試を受ける運びになったのです.
 初めて訪れた岐阜の地,ホテルでは他の受験生たち3人と相部屋でしたが,うち2人は二浪,三浪とまさに強者ぞろいで,ベテランのオーラに圧倒されそうでした.
 京大や東大を落ちたような受験生も多い上,競争率は23倍というとんでもない高さで偏差値もむしろ一期校より高く(ちなみに今年は100倍だそうです!),とても受かる自信などあろうはずもなく,既に浪人 覚悟でした.

 ところがここがまた人生の面白いところで,火事場の馬鹿力とでも言いましょうか,合格してしまったのです.
すでに予備校の入学試験にも合格し,一浪してリベンジするつもりでいましたが,同じ医師になるならどこの大学でも同じであるし一年でも早く医師になりたいと考え直し,岐阜の地で大学生活を送ることを決心したのです.

 その後の生活は今までブログで書いてきたとおりです.中京圏の学生が多いのはもちろんですが,それでも当時は関西を中心に全国から集まってきた色々な仲間に刺激を受けて,楽しく充実した学生生活でした.
 もしも一期校に合格していたら,高校の続きのような感じで相変わらず親元から規則正しく通学していたでしょうから,岐阜へ行くことは早く独立しなさいという神様からのメッセージだったのでしょうし,私にとって人生最初の大きな決断ではありましたが,今となっては本当によかったと思います.

 その後も,卒後7年で米国に留学して世界中の人たちと出会ったこと,帰国後は前の医局に嫌味を言われながらも思い切って東京女子医大に移籍し最先端の心臓血管外科の世界に浸ったこと,そして50歳を前に意を決して開業したことと,すべて背水の陣で決断選択し,大変な苦労も重ねましたが,全ての経験,全ての出会いが,私の血となり肉となっていると感じます.

 もちろんこれらの選択が自分の人生にとって最善だったかどうかなど,パラレルワールドのようにもう一人の自分がいるわけではありませんから今となっては分かりません.
 けれども,私はその都度自分が正しいと思った選択を思い切ってできた,そして一度選択したからには死に物狂いで頑張れた,という意味においては,間違っていなかったと思います.

 そして何よりも,こうした「我儘な」選択を辛抱強く?支えてくれた父母や弟,かみさん,娘たち,その他数え切れないほど多くの人々に,今となっては心から感謝するばかりです.

 多くの人たちがかつての私のように新しい船出を迎えるこのシーズン,今後どんな人生が待っているかはわからないでしょうし,重大な選択を迫られる機会も多々あるに違いありません.
 でも,先のわからない人生ではあっても,一日一日を大切に,懸命に生きること,これが悔いなき人生を送れたと後になって思えるキーワードであることは間違いありません.


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いつまでも美酒を 

  遥か古代,人類の文明の発祥とともに生まれ育まれてきたきたお酒は,単なる飲み物という存在を超えて,今や私たち人間の文化に欠かせないものとなっています.

 過度の飲酒により健康を害したり飲酒運転で人の命を殺めてしまうなどはもってのほかですが,適度な飲酒は健康に利することも知られており,また何よりも人間社会における何者にも代え難いコミュニケーションツールでもあります.

 わたしはゴルフもギャンブルもしませんしタバコも嗜みませんが,お酒を飲むことは好きで,それが随分と社交にも役立ってきました.

  最近の若い人たちは冷めているのかお行儀がよくなったのか,あまり無茶をしなくなったようですが,ネットもスマホもなかった私の学生時代は,何かにかこつけては悪友や先輩後輩たちと集まっては呑んだくれること数知れず,朝まで飲んで一升瓶を開けてしまうことなどザラでした.
  私のいた医学部は,当時岐阜市内最大の繁華街であった柳ヶ瀬(美川憲一の柳ケ瀬ブルースで有名です.古〜っと言われそうですが(笑))のすぐ北にあったので,よく皆で繰り出したものです.貧乏学生ですから安い居酒屋くらいしか行けませんでしたが,それでも本当に楽しい,そしてちょっぴりほろ苦い思い出となっています.

 医師になってからも,病棟,医局,オペ室,外来など各部署の飲み会がなんだかんだとあり,いつも楽しませてもらいましたが,自宅での晩酌はあまりしませんでした.特に心臓血管外科に転向してからは,翌日の長時間のオペのことや,夜間に緊急で呼び出される可能性が高いことを考えると,あまりそんな気にはなれませんでした.

  しかし開業して勤務医時代の激務から解放され,夜間の呼び出しもほとんどなくなってからは体力的に随分楽になり,少しずつ家呑みもできるようになりました.

  また,若い頃はとにかく肝臓の力に任せて量さえ飲めれば満足でした.
  でもさすがに50歳も過ぎると,深酒すると翌日に残るようになりましたし,何よりも飲むことの「質」にもこだわるようになり,生来の好奇心も頭をもたげて,お酒について色々と勉強するするようになりました.

  あいにく私は自他共に認める味覚音痴ですが,その点かみさんは鋭い味覚の持ち主で,娘たちは幸運にもそれを受け継いでいます.特に次女などは,炊いた米や味噌汁の味噌が少し変わっただけでもすぐに指摘するので,脱帽ものです.

  しかし,舌では叶わずとも,知識は勉強すればするほど自分のものになりますし,得意げにウンチクを垂れることも出来るのが楽しく(笑),ワインや日本酒をじっくり嗜む心の余裕ができてからは,新しい銘柄に出逢うたびにラベルをみてネットや本で調べたりするようになりました.
  特にワインは,産地 ,生産者,ブドウの品種,ビンテージ,それにまつわる物語など奥が深くて面白く,解説本もいつの間にか何冊にもなり,飲むたびにお世話になっています.
 もちろんソムリエのように気の利いた味の表現など出来ようはずもなく,サッパリとして飲みやすいとか,フルボディでしっかりしているとか大雑把なことしか言えませんが,難しいことはわからなくても,美味いものは美味いでえぇやないかと開きなおり,プロの書いた品評を読んで,その通りなやあなんて納得しているのです.

 日本酒もまた然りで,美味しい和食の味を引き立ててくれるような,これまた飛び切り美味しい地酒に出合えば,日本人でよかった,お酒の飲めない人には申し訳ないのですが,下戸でなくてよかった,なんて心から感動してしまいます.

  患者さんたちの中には飲み過ぎて肝機能や尿酸や中性脂肪の検査値が悪くなってしまっている方も多々おられ,そんな時は医師としては一時的な禁酒や節酒を指示せざるを得ません.
  けれども,仕事がらお酒の素晴らしさも怖さも知っている身としては,この先いつまでも大好きなお酒を美味しく楽しく飲めるためにこそ,適量を守って,頑張ってくれている肝臓をいたわりましょう,とお話ししています.

  これからも,豊かな時間を与えてくれる良き相棒として,楽しくお酒を嗜みたいと思っています.


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年頭の祈り 

  新しい年が明けました.

  この正月は,昨夏にハワイで結婚式を挙げた長女夫婦が結婚後初めて2人で来訪してくれました.また,MBA(経営学修士)の資格を取るために1年少し前からパリに留学している次女の夫も一時帰国して合流,6人が揃い楽しいひと時を持てました.
  義理の息子となった2人の青年は,タイプこそ異なりますが共に明朗闊達,頭脳明晰で人柄も申し分なく,話しをしていても実に気持ちがいいし,こちらも勉強になります.娘ふたりとも本当に良い伴侶に恵まれたものだと思います.

  夏休みや年末年始と言えば,幼少時は父母の故郷である姫路にあった祖父母の広い家に行って泊まるのが恒例で,叔父叔母や従兄弟たちに会うのがとても楽しみでした.東京の狭い社宅に帰る日が近づくと,とてつもない寂しさを感じたものです.

  結婚して子供が出来てからは,今度は私たち夫婦が娘たちを連れて明石の父母や川西の義父母の家を訪れるのが恒例となりました.父母たちも小さな孫達をよく可愛がってくれましたし,米国に住んでいる時は,両家とも日本からはるばる訪れてくれました.

  そして今,いよいよ自分たちがあの頃の親の年齢になり,結婚した子供たちに訪問される側になったことを考えると,これまでの月日の流れに想いを馳せて本当に感慨もひとしおです.

  今はまだそこそこ元気な父母も義父母も,そう遠くない将来,鬼籍に入るでしょうし,私たち夫婦にも孫が出来ているかもしれません.

  テレビ番組の「ファミリーヒストリー」ではありませんが,私たち人間もこの世の生きとし生けるものの一員として,こうして命を紡いでいくのだということを実感させられます.

  今,世界情勢はますます混沌としてテロや内戦が頻発し,なんの罪もない数多くの一般庶民が一瞬にして命を奪われ続けています.この人たちにも掛け替えのない家族や恋人や友人たちがいて,肩寄せ合ってささやかに生活していたでしょう.
 しかしそれがあまりにも理不尽な理由で無惨にも奪い去られてしまっている現状を思うと,怒りと悲しみで本当に胸が張り裂けそうになります.

  こんな時代だからこそ,家族の誰もが元気で新年を迎えられたことを本当にありがたいと思いますし,この小さな幸せがいつまでも続くように祈るばかりです.

  今年こそは,世界の人々にとって少しでも平和な1年でありますように.


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