神戸市中央区、新神戸駅近くの循環器科専門医が綴るブログです。

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素晴らしきサプライズ

2016 - 12/01 [Thu] - 08:30

 今年もあと1カ月少し,先日は私が理事を務める神戸市中央区医師会の総会と少し早めの忘年会があり,地元の他の先生方や医療関係の人々と交流を含めてきました.
 これから私にとっては,毎年ながら目が回るほど忙しくもかけがえのない楽しい季節となります.

  さて先日,午前の診療が始まったばかりの頃,予想外の来客がありました.
 
 その男性は,かれこれ15年以上も前,私が仙台循環器病センターにいたころ,主治医として担当していたYさんでした.
 平成13年の2月,東北地方は神戸では想像できないくらいの寒い季節ですが,そんなある日の早朝,突然の激しい胸痛で近隣の医療機関から救急搬送されてきたのがYさんでした.
 はたして胸部CTや心臓エコー検査から下された診断は,急性大動脈解離でした.心臓直上の上行大動脈の内壁が大きく裂けているスタンフォードA型というタイプである上,心臓の出口である大動脈弁に病変が及んで急性の大動脈弁逆流をきたして重篤な心不全となっており,救命するには一刻も早い緊急オペが必要でした.
 すぐに関係スタッフ全員が集合,私の上司であったS部長が執刀,私が第一助手を務め,上行大動脈と大動脈弁を同時に置換するベントール手術を行いました.
 オペは成功,一命を取り留めた患者さんは,その若さも手伝ってその後順調に回復されて退院,その後私が外来で定期的に診ていました.

 約2年ほどして私が同センターを辞して神戸に戻ったあとは,Yさんの診察は他の医師が引き継ぎましたが,Yさんはその後も私のことを気にかけてくださっていたとのことでした.

 今回は奥様と四国に旅行に来られたとのことですが,帰路直前に神戸に寄る事情ができ,それならば,またとない機会なので!ということで思い切って私を訪れてくださったそうです.
 あれから16年,私と同い年くらいのYさんは,今は岩手県一関に住まれ,地元の医師に引き続き診てもらっているとのこと,血色もよく,とてもお元気そうでした.

 積もる話は尽きないものの,すでに患者さんがどんどん来院しており,名残を惜しみつつ,私とのツーショット写真を土産に岩手に帰って行かれました.

 自分が担当した患者さんがそのことをずっと忘れず心に留めて,こうしてわざわざ訪ねてきてくださるということ,これほど医者冥利につきることはありません.
 医師にとって一人一人の患者さんはone of themですが,患者さんにとって医師は自分の人生を大きく左右するonly oneとなり得るということでしょう.

 今回のYさんのご訪問は,日常の業務に忙殺されてつい惰性に流れがちな日々にとても素敵なサプライズとなりましたし,また,患者さん一人一人に真摯に向き合わなければならないという当たり前の心構えを再確認させてくれる,よい機会となりました.

 Yさんへ,ますますのご健勝,ご活躍を,遠い神戸よりお祈りしております.


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大統領選に思う

2016 - 11/19 [Sat] - 17:52

 今年もあと1ヶ月半となってしまいましたが,今年を表す漢字1文字は「変」にしてもいいのではないかと思うほど,世界を揺るがすような大きな出来事がありました.
 イギリスのEU離脱の決定もそうですが,なんと言っても最大の驚きは,先頃決着の着いた米国の大統領選の結果です.トランプ次期大統領の政策が,すべてその過激な発言内容どおりに実行されることはあり得ないというのが大方の見方ですが,米国という国が世界での立ち位置において歴史的な転換点を迎えていること,そして世界情勢もその影響をもろに受けることは間違いないでしよう.

 しかし,周囲の国々がどうこう言っても米国人自らが選択した結果なのですがら,しかたありません.
 重要なのは,米国政治の行く末を固唾を飲んで見守りながらも,来たりくるであろう世界情勢の変化に,いかに柔軟にうまく対応していくかということです.

 特に日本は,お得意の「和を以て尊しと成す」の精神で,世界が再び誤った方向に向かわないようにしっかりと世界平和に貢献していかなければならないと思います.

 長い歴史を振り返れば,国々や民族の興亡,指導者や政治体制の交代,と,世の中というのは常に変化していくのが当たり前で,永遠に同じ状態が続くことなどむしろあり得ないわけです.

 レベルは違いますが,民間レベルでも,我が世を謳歌していた世界的大企業でさえ絶対に安泰というわけではなく,時代の流れに上手く対応していかなければあっという間に凋落の道を辿っているような例にもこと欠きません.

 医療の世界とて同じです.

 医学の驚異的な進歩はもちろんですが,特に我が国は急速に進む少子超高齢化や人口減少,膨れ上がる社会保障費に対する政府の厳しい施策により,ひと昔前のように普通の医療を平凡にやっているだけでは,大きな医療機関でさえ生き残れません.
 私のように従業員10人足らずの小さなクリニックを経営する身としてさえ,患者さんたちにより良い医療を提供するという医療者としての姿勢は当然のこととしても,経営者としての手腕がそれと同様に問われていると日々感じます.

 国際政治からクリニックの経営まで,規模は全然違えど,常に先を見据えた戦略が必須ということなのでしょう.

 名将武田信玄の軍略,「風林火山」という言葉に凝縮されるように,特にめまぐるしく状況の変化する現代社会では,好むと好まざるに関わらず,何事にも臨機応変に,変幻自在に対応していくことが求められているのだと思います.


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「もう治った!」

2016 - 10/20 [Thu] - 17:01

 先日の早朝,まだ夢の中にいた私は,突然の電話で起こされました.
 「先生,朝早くすみません!母がなんかすごく吐きそうだって言ってるんです.救急車で病院行った方がいいですか!?」
狼狽した口調から,娘さんの慌てた様子が目に見えるようでした.

 ところが,電話口の向こうから「もう治った」という,シャキッとしたいつもの甲高い声が‥‥
私は目が点になってしまい,娘さんも決まり悪そうにしておられましたが,取り敢えず状況を具にお聞きし,救急車を呼ぶような事態では全くなさそうなので様子を見ましょうとお話しして電話を切りました.

 クリニックの近くに住んでおられるこの女性はすでに98歳という超高齢ですが,少し血圧が高いことを除けば大変お元気で,大病も患ったことがありません.たださすがに最近は足腰が弱ってきている上,軽い認知症も出てきているようなので,私が月1回ほど訪問診療し,訪問看護師さんも毎週のように訪ねて入浴介助などをしてくれています.

 仕事で米国に何十年も住んだあと数年前に帰国してこの患者さんと二人暮らしの娘さんは,日頃から,今はまだ元気とはいえ余命幾ばくもないであろう母には無駄な医療や延命措置は受けさせたくない,ここまで生きたのだから自然に任せたい,と口癖のようにおっしゃっています.

 けれども,この日の様にいざ予想外のことが起こってしまうと,このような慌てぶりになってしまわれたのです.

 数日後に訪問した時はいつも通りお元気でしたが,さすがに最近は食が細って体重も落ちており,このままでは衰弱していくことは目に見えていました.

 ただ,問題は今後です.

 自然に任せる,治療は一切しないのはいいが,では痛みや熱が出た時にはどう対処するのか?食べ物を誤嚥して肺炎になった時の抗生物質は?痰が引っかかって苦しんでいる時の吸引は?褥瘡(床ずれ)が出来た時の処置は?そして何より娘さんひとりで介護できるか?訪問看護の回数は増やすのか?等々,娘さんにとっては全く初耳のことばかりだったようで,かなり困惑されていました.

 取り敢えずは後日ケアマネージャーや訪問看護師さんたちも含めて今後の方針を相談して決めていくこととしました.

 今や我が国は未曾有の超高齢化社会を迎え,寝たきりや認知症の高齢者も激増していますが,膨れ上がる社会保障費を抑制するため在宅医療をさらに促進したい国の思惑もあって,介護保険制度の充実や地域包括ケアシステムの構築などが待ったなしの課題となっています.

 しかし,いくら制度が充実しても,結局一番負担のかかるのは,他ならぬ介護をする家族です.

 そもそも核家族化の進んだ我が国では,ひと昔前のように大家族で助け合って世話をし,皆で最期を看取るというようなケースは少なくとも都会では望めません.

 人の死に様というものを身近に感じる機会もないので,いくら自然に,無駄な医療はせずに,と考えても,では具体的にどのように看取って行くのかということになると,皆目判らないのは当然です.

 そして何よりも切実なのは,介護をする側に人生設計さえ狂わせ兼ねない多大な犠牲を強いているということです.
 家族の介護のために会社を辞めざるを得ない人,結婚のチャンスも逃してしまった人,親の介護疲れで殺害にまで及んでしまった人等々,悲惨な話しを聞くにつけ,在宅,在宅と声高に叫ばれている風潮の陰には,決して見逃せない悲惨な代償を払っている多くの人々がいるということを痛感させられます.

 人は誰でも例外なく年老い,死を迎えます.今私たちがなすべきことは,自分や家族が介護を要する状態になり,そして死を目前にした時,どうすべきか,どうして欲しいか,ということを,決して他人事とは思わず日頃から真剣に考えておくこと,そして国には,在宅医療の推進は否定するものではありませんが,多大な負担を強いられる介護者にも十分に配慮した施策を,現在日本では議論するのさえタブーとされている安楽死の選択も含めて真剣に考えて頂きたいと思います.


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「大きな病院」よりも…

2016 - 09/19 [Mon] - 00:34

 日本人は何かというと「大きな病院」が好きなようです.

 たとえば,どんな医者が診ても風邪以外にあり得ないと思うような時でも,肺炎や肺癌が心配なので「大きな病院」ですぐに精密検査を受けたいというような人がいます.

 でもさすがに風邪くらいで受診されては,重症患者の診療で日夜多忙を極める大病院はたまったものではなく,昨今問題になっている医師の過重労働や医療崩壊の一因となっています.

 諸外国と違い日本では,病気になればいつでもどこでも,そしてどんな医療機関にも自由に受診できるというフリーアクセスが特徴的です.この仕組みが世界に冠たる国民皆保険制度と相まって我が国を世界一の長寿国たらしめてきたのですが,皮肉にもこういった弊害を生み出してしまったのです.

 さすがに最近は,まず近隣のクリニックを受診し,必要ならばより高度の医療を行える医療機関に紹介してもらうという仕組みが定着しつつあり,今年度の診療報酬改定でも,一定規模以上の大病院に紹介状なしで受診した時は定額の窓口負担が課されることとなりましたが,ある意味当然の成り行きとも言えます.

 そもそも「大きな」病院とは何なのか?
誰もが思い描くのは,その地域の中核をなすような総合病院や大学病院で,ベッド数や診療科目が多く,最新の診断,治療設備が充実していることのようです.さらに,書店に並ぶ病院のランク付け本の上位に載っていたり,マスコミに出るような有名なドクターがいれば完璧でしょう(笑).

 日本人が肩書きやブランドに弱いのは,生来の国民性によるのでしようか?
私がまだペーペーの研修医のころ,勤務先を尋ねられて⚪️⚪️大学病院です,などと答えると,ほー,大学病院のお医者さんですか❗️などと言われたことがよくありました.言うまでもなく,その方は医師としての私の技量など知る由もなく,私の勤務先に感心していただけなのです.

 しかし何よりも忘れてはならないのは,いくら「大きな」病院でも,最終的に重要なのはそこで働く医師や医療関係者ひとりひとりの資質であるということです.ハードがいくら良くても,それを使いこなすのは結局ソフトである人間だからです.

 だから,何々病院が有名だからとのことで受診しても,必ずしも満足する結果とはならないことも多いのは当然です.

 例えば大学病院に紹介すると,若いインターンみたいな医者に実験台にされた,などと憤慨される方もいます.言うまでもなくインターンという言葉は既に死語ですが(笑)まあそれはともかくとして,教育は大学病院の使命なのですから,若い研修医が医療行為に参加するのはやむを得ません.私を含めあらゆる医師たちも皆そうやって育てられたのです.

 東京女子医大に在籍中,都内の某病院の心臓血管外科に派遣されていた時のこと,ある中年の男性が心房中隔欠損症と診断されました.患者さんは当然ここでオペを受けられると思っていたら,なんと,色々調べた結果,東京女子医大で受けたいと言われるのです.

 この病気は心臓手術の中でも初歩の手術で,心臓外科医を目指す若手医師の登竜門でした.症例数の豊富だった女子医大でも,この手術は私を含め若い医師がほとんど術者をしていました.患者さんの命が最優先ですから,指導医に助手をしてもらいながら万全の体制で行うのは当然ですけれども,少なくとも教授が直接執刀するようなことは,特別の場合を除いて殆どありませんでした.

 この患者さんの場合,少なくとも当時は国内トップクラスだった症例数と日本の心臓外科のメッカとしてのブランドで女子医大を希望されたわけですが,この内実を説明したところ,眼を白黒させて驚いていました.

 このようなことは,大学病院に限ったことではなく,マスコミで有名になったから,皆が受診しているからと言って受診しても,3時間待たされて3分診療だったとか,医師の態度が悪かったとか,全然説明してくれなかったとか,色々たらいまわしにされて結局診断がつかなかったとか,枚挙に暇がありません.

 いずれにせよ,「ブランドのある病院」や「大きな病院」にかかることと,自分が望む医療が受けられることとは別だということです.

 しかし,患者さんにそこまで求めるのはもちろん酷ですから,受診したい医師や医療機関がわからない場合は,いかに良い医師,良い医療機関に紹介できるかということが紹介する側としても「実力」の見せどころとなるわけです.

 私も,患者さんの希望は尊重しつつも,長い医師生活を通じて培って来た幅広い人脈を駆使して,出来るだけその人となりや技量を知っている医師に紹介するようにしていますし,その場合病院の規模やブランドなど何の関係ありません.
「いい先生にすぐに紹介して下さって感謝しています」などと言われれば嬉しいものです.

 プライマリーケアを担う我々中小医療機関の医師は,必要な時は時期を逸せず信頼できる医師,医療機関に紹介すること,患者さん側もネットやメディアに溢れる情報にいちいち惑わされないこと,そして何よりもそのためには,医師と患者さんとの間に良好な信頼関係が築かれることが何よりも重要なのは言うまでもありません.


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栄光のアスリートたち

2016 - 08/22 [Mon] - 13:43

 8月も終盤ですが,まだ毎日厳しい猛暑が続いており,体調を崩される患者さんたちも多いようです.

 さて,本日,17日間にわたって熱戦が繰り広げられたリオデジャネイロオリンピックが終わりました.
 今年も数々の名場面が感動を呼びましたが,日本選手の活躍も例年にも増してめざましく,普段はスポーツになど縁のない人々も,日本とは地球の真裏にあるこの地で盛大に行われた大イベントに,毎日寝不足気味になりながらも熱い声援を送ったようです.

 金メダル12個を含むメダル総数41個は史上最多とのこと,いよいよ4年後に迫った東京オリンピックに弾みがつきましたが,特に今年は,以前はメダルなどにかすりもせず全く注目されていなかったような競技や,毎回期待されながらもあと一歩メダルに届かなかったような競技で次々とメダリストが出て,驚きと安堵の毎日でした.

 女子卓球団体のロンドンオリンピックに続くメダル獲得は日本中が歓喜に沸きましたが,おそらく私のような年代の人間は,まさに自分の娘たちを見るような思いで,ハラハラしながら見ていたに違いありません.
 準決勝ではあの不運としか言えないエッジボールでドイツに惜敗し,シンガポールとの三位決定戦での息詰まるような試合の末,ようやく銅メダルを獲得した瞬間,彼らが抱き合って号泣していた姿にはもちろん,試合後にインタビューされた福原愛が,それまで気丈に耐えていた涙を堰を切ったように流しながら,満身創痍の身体でキャプテンを務めたこの日までの道のりは本当に苦しく辛かったと言っていたのには,私を含め誰しもが胸を打たれ,涙したことと思います.

 まだ日本人が卓球でメダルを取ることなど見果てぬ夢だったころから,「卓球の愛ちゃん」としてめきめき頭角を現し,その成長とともに日本の卓球界をけん引してきた彼女の果たした役割は果てしなく大きく,そしてそれを追うようにして成長してきた石川佳純は今や中国選手とさえ互角に戦える日本のエースに成長,まだ弱冠15歳の伊藤美誠はその実力たるや恐るべしで,今後さらに磨きがかかれば,本当に日本人が金メダルを狙える日も近いかもしれません.
 そう考えると,本当に感慨深いものがあります.

 私たちは,自国のアスリートの活躍で愛国心のような感情が沸き上がるのはもちろんですが,たとえ国や民族が違っても,彼らの磨き抜かれた技やフェアプレー精神に魅せられ,そして彼らがそこに至るまでの血の滲むような努力と苦難の道のりや,それにまつわる様々な人間ドラマに思いを馳せて,感情移入してしまうのです.
 
 でも言うまでもなく,世界中のアスリートたちにとって憧れのオリンピックに出場することは,凡人が東大に合格するよりも遥かに狭き門で,さらにメダルを狙うとなればなおさらです.好むと好まざるに関わらず,国を代表しているという重責や周囲の期待による重圧たるや,察して余りあるでしょう.

 特に日本のアスリートたちの大部分は,たとえメダリストになったとしてもその後の生活が保証されているわけではありません.
若い時期の貴重な時間を全て競技のために捧げてきたわけですから,報奨金を大幅に増やすのはもちろん,彼らが今後も安心して競技に打ち込んだり,第二のキャリアを進めるようにしていくこと,それこそが,彼らがオリンピックでもより一層活躍でき,ひいては日本のスポーツ文化の発展に寄与するのではないかと思います.


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プロフィール

Dr.Ohkado

Author:Dr.Ohkado
神戸市中央区新神戸駅ちかく,神戸芸術センタービル内医療モールにある循環器科を主とする開業医です。
徒然なるままに,日々考えていることをエッセイとして書き綴っていきます.
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