2016/09/19

「大きな病院」よりも…

 日本人は何かというと「大きな病院」が好きなようです.

 たとえば,どんな医者が診ても風邪以外にあり得ないと思うような時でも,肺炎や肺癌が心配なので「大きな病院」ですぐに精密検査を受けたいというような人がいます.

 でもさすがに風邪くらいで受診されては,重症患者の診療で日夜多忙を極める大病院はたまったものではなく,昨今問題になっている医師の過重労働や医療崩壊の一因となっています.

 諸外国と違い日本では,病気になればいつでもどこでも,そしてどんな医療機関にも自由に受診できるというフリーアクセスが特徴的です.この仕組みが世界に冠たる国民皆保険制度と相まって我が国を世界一の長寿国たらしめてきたのですが,皮肉にもこういった弊害を生み出してしまったのです.

 さすがに最近は,まず近隣のクリニックを受診し,必要ならばより高度の医療を行える医療機関に紹介してもらうという仕組みが定着しつつあり,今年度の診療報酬改定でも,一定規模以上の大病院に紹介状なしで受診した時は定額の窓口負担が課されることとなりましたが,ある意味当然の成り行きとも言えます.

 そもそも「大きな」病院とは何なのか?
誰もが思い描くのは,その地域の中核をなすような総合病院や大学病院で,ベッド数や診療科目が多く,最新の診断,治療設備が充実していることのようです.さらに,書店に並ぶ病院のランク付け本の上位に載っていたり,マスコミに出るような有名なドクターがいれば完璧でしょう(笑).

 日本人が肩書きやブランドに弱いのは,生来の国民性によるのでしようか?
私がまだペーペーの研修医のころ,勤務先を尋ねられて⚪️⚪️大学病院です,などと答えると,ほー,大学病院のお医者さんですか❗️などと言われたことがよくありました.言うまでもなく,その方は医師としての私の技量など知る由もなく,私の勤務先に感心していただけなのです.

 しかし何よりも忘れてはならないのは,いくら「大きな」病院でも,最終的に重要なのはそこで働く医師や医療関係者ひとりひとりの資質であるということです.ハードがいくら良くても,それを使いこなすのは結局ソフトである人間だからです.

 だから,何々病院が有名だからとのことで受診しても,必ずしも満足する結果とはならないことも多いのは当然です.

 例えば大学病院に紹介すると,若いインターンみたいな医者に実験台にされた,などと憤慨される方もいます.言うまでもなくインターンという言葉は既に死語ですが(笑)まあそれはともかくとして,教育は大学病院の使命なのですから,若い研修医が医療行為に参加するのはやむを得ません.私を含めあらゆる医師たちも皆そうやって育てられたのです.

 東京女子医大に在籍中,都内の某病院の心臓血管外科に派遣されていた時のこと,ある中年の男性が心房中隔欠損症と診断されました.患者さんは当然ここでオペを受けられると思っていたら,なんと,色々調べた結果,東京女子医大で受けたいと言われるのです.

 この病気は心臓手術の中でも初歩の手術で,心臓外科医を目指す若手医師の登竜門でした.症例数の豊富だった女子医大でも,この手術は私を含め若い医師がほとんど術者をしていました.患者さんの命が最優先ですから,指導医に助手をしてもらいながら万全の体制で行うのは当然ですけれども,少なくとも教授が直接執刀するようなことは,特別の場合を除いて殆どありませんでした.

 この患者さんの場合,少なくとも当時は国内トップクラスだった症例数と日本の心臓外科のメッカとしてのブランドで女子医大を希望されたわけですが,この内実を説明したところ,眼を白黒させて驚いていました.

 このようなことは,大学病院に限ったことではなく,マスコミで有名になったから,皆が受診しているからと言って受診しても,3時間待たされて3分診療だったとか,医師の態度が悪かったとか,全然説明してくれなかったとか,色々たらいまわしにされて結局診断がつかなかったとか,枚挙に暇がありません.

 いずれにせよ,「ブランドのある病院」や「大きな病院」にかかることと,自分が望む医療が受けられることとは別だということです.

 しかし,患者さんにそこまで求めるのはもちろん酷ですから,受診したい医師や医療機関がわからない場合は,いかに良い医師,良い医療機関に紹介できるかということが紹介する側としても「実力」の見せどころとなるわけです.

 私も,患者さんの希望は尊重しつつも,長い医師生活を通じて培って来た幅広い人脈を駆使して,出来るだけその人となりや技量を知っている医師に紹介するようにしていますし,その場合病院の規模やブランドなど何の関係ありません.
「いい先生にすぐに紹介して下さって感謝しています」などと言われれば嬉しいものです.

 プライマリーケアを担う我々中小医療機関の医師は,必要な時は時期を逸せず信頼できる医師,医療機関に紹介すること,患者さん側もネットやメディアに溢れる情報にいちいち惑わされないこと,そして何よりもそのためには,医師と患者さんとの間に良好な信頼関係が築かれることが何よりも重要なのは言うまでもありません.


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2016/08/22

栄光のアスリートたち

 8月も終盤ですが,まだ毎日厳しい猛暑が続いており,体調を崩される患者さんたちも多いようです.

 さて,本日,17日間にわたって熱戦が繰り広げられたリオデジャネイロオリンピックが終わりました.
 今年も数々の名場面が感動を呼びましたが,日本選手の活躍も例年にも増してめざましく,普段はスポーツになど縁のない人々も,日本とは地球の真裏にあるこの地で盛大に行われた大イベントに,毎日寝不足気味になりながらも熱い声援を送ったようです.

 金メダル12個を含むメダル総数41個は史上最多とのこと,いよいよ4年後に迫った東京オリンピックに弾みがつきましたが,特に今年は,以前はメダルなどにかすりもせず全く注目されていなかったような競技や,毎回期待されながらもあと一歩メダルに届かなかったような競技で次々とメダリストが出て,驚きと安堵の毎日でした.

 女子卓球団体のロンドンオリンピックに続くメダル獲得は日本中が歓喜に沸きましたが,おそらく私のような年代の人間は,まさに自分の娘たちを見るような思いで,ハラハラしながら見ていたに違いありません.
 準決勝ではあの不運としか言えないエッジボールでドイツに惜敗し,シンガポールとの三位決定戦での息詰まるような試合の末,ようやく銅メダルを獲得した瞬間,彼らが抱き合って号泣していた姿にはもちろん,試合後にインタビューされた福原愛が,それまで気丈に耐えていた涙を堰を切ったように流しながら,満身創痍の身体でキャプテンを務めたこの日までの道のりは本当に苦しく辛かったと言っていたのには,私を含め誰しもが胸を打たれ,涙したことと思います.

 まだ日本人が卓球でメダルを取ることなど見果てぬ夢だったころから,「卓球の愛ちゃん」としてめきめき頭角を現し,その成長とともに日本の卓球界をけん引してきた彼女の果たした役割は果てしなく大きく,そしてそれを追うようにして成長してきた石川佳純は今や中国選手とさえ互角に戦える日本のエースに成長,まだ弱冠15歳の伊藤美誠はその実力たるや恐るべしで,今後さらに磨きがかかれば,本当に日本人が金メダルを狙える日も近いかもしれません.
 そう考えると,本当に感慨深いものがあります.

 私たちは,自国のアスリートの活躍で愛国心のような感情が沸き上がるのはもちろんですが,たとえ国や民族が違っても,彼らの磨き抜かれた技やフェアプレー精神に魅せられ,そして彼らがそこに至るまでの血の滲むような努力と苦難の道のりや,それにまつわる様々な人間ドラマに思いを馳せて,感情移入してしまうのです.
 
 でも言うまでもなく,世界中のアスリートたちにとって憧れのオリンピックに出場することは,凡人が東大に合格するよりも遥かに狭き門で,さらにメダルを狙うとなればなおさらです.好むと好まざるに関わらず,国を代表しているという重責や周囲の期待による重圧たるや,察して余りあるでしょう.

 特に日本のアスリートたちの大部分は,たとえメダリストになったとしてもその後の生活が保証されているわけではありません.
若い時期の貴重な時間を全て競技のために捧げてきたわけですから,報奨金を大幅に増やすのはもちろん,彼らが今後も安心して競技に打ち込んだり,第二のキャリアを進めるようにしていくこと,それこそが,彼らがオリンピックでもより一層活躍でき,ひいては日本のスポーツ文化の発展に寄与するのではないかと思います.


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2016/07/27

花嫁の父

 ついにこの日がやってきてしまいました!

 さる7月18日,長女が会社の同僚とハワイで結婚式を挙げたのです.

 かねてよりハワイで結婚式を挙げたいと熱望していた2人は,ハワイ島の高級リゾートホテル,フォーシーズンズ(Four Seasons)をその舞台に選び,私たち両家の親と,当家の次女夫婦が参加しました.

 フォーシーズンズといえば,言うまでもなく数ある世界の高級ホテルの中でもトップクラスのグレードを誇るホテルです.特にファラライ(Hualalai)リゾートと呼ばれるハワイ島のそれは,18ホールのゴルフ場も擁する広大で緑豊かな敷地に,コンドミニアム形式の広々とした居室や多くのプール,スパ,テニスコート,レストランなど選りすぐりの施設を擁し,目の前に広がるどこまでも白く美しい砂浜からは,遮る物のない太平洋の水平線を望むことが出来ます.まさに命の洗濯の出来る楽園といっても過言ではなさそうでした.

 7月18日,その水平線にサンセットも近づく頃,セレモニーが始まりました.

 会場となったこれまた美しい中庭の芝生に純白の花びらをまいてしつらえたバージンロードの上を,長女をエスコートしながら,皆が待つところまでゆっくりと歩いて行きました.

 会場付近の屋外プールなどで寛ぐ宿泊客たちもギャラリーとして暖かい視線を送ってくれる中,努めてリラックスして歩いたつもりでしたが,あとで家族に言わせれば,かなり緊張していたのか私の歩き方が少しぎこちなかったとのこと(笑)

 セレモニーは,俳優のスチーブンセガール似の愉快な牧師さんやフレンドリーな会場スタッフの皆さんに心地よく導かれながら,誓いの言葉,指輪交換,ケーキカット,写真撮影,フラワーシャワー,と楽しく和やかに進みました.ギャラリーからも暖かい歓声があがり,盛り上げてくれました.

 その後,場所を移動して屋外で行った2人を囲んだレセプションパーティーでは,美味しい料理と弾む話についついお酒も進み,幸せな時間を過ごせました.

 夜も更け,部屋に帰ってから一息ついた私は,パーティーの時に娘がくれた簡単なメッセージカードを改めて読み返していました.
 彼女が私たち新婚夫婦の初めての子供としてこの世に生を受けてから,周りの人たちの愛情に包まれて,活発に,天真爛漫にすくすくと育ったこと,そして大学進学,就職,人生の伴侶との出会い‥と,今日この日に至るまでの年月が走馬灯のように思い出され,酔いも手伝ってか,熱い涙が止めどなく頬を伝わるのを抑えることは出来ませんでした.

 今年,私とかみさんは結婚30周年を迎えました.この間苦労も多々あり,決してスマートな人生ではありませんでしたが,2人の愛娘たちが心身ともに健やかに育ち,共に自ら立派な伴侶を見つけたということ,これほど感慨深く,そして有難いことはありません.
 新たな船出に乗り出した彼女たちには,穏やかな凪ばかりではなく,激しい大しけも待ち受けているに違いありません.
    しかし,どんな時もお互いに手を取り合って人生の荒波を力強く乗り越えていってくれるものと信じています.


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2016/07/07

懐かしき仲間たち

 先日,私が20代後半の頃から約3年間勤務していた国立加古川病院(現甲南加古川病院)外科のミニ同窓会がありました.
 
 
お世話になった当時の外科部長,住吉先生(現住吉医院院長)を中心に,部下として働いていた私を含めその当時の歴代のドクター,オペ室や外来の看護師さんたち,懐かしいメンバー13名が地元加古川の料亭「しげ真」に集合,心から懐かしく楽しいひと時を過ごしました.
 
 この病院はちょっと都会から外れたところにあり長閑な雰囲気に溢れていましたが,恩師の住吉先生には数多くの一般消化器外科のオペの術者をさせていただき,大変勉強になりましたし,職場の雰囲気もすこぶるよく,公私ともに楽しく充実した年月でした.娘たち2人はちょうどこの時に誕生し,小児科や産婦人科の先生方にも大変お世話になり,皆さんにも可愛がってもらったのも良い思い出です.

 それでも,心臓外科医になることと米国留学の夢とは捨てがたく,この楽しい生活を敢えて捨てて米国ピッツバーグへ旅立つことを決意,それを住吉先生に打ち明けた時には心より祝福して下さり,皆で盛大な送別会を催して下さいました.

 その後の人生はこのブログにも時折書いてきたとおり苦楽に富みましたが,今回のまさに四半世紀ぶりの同窓会は,私を一気にあの当時にタイムスリップさせてくれました.

 
年賀状などでコンタクトはとっているものの再会するのは初めてという人も多くいましたが,シワや白髪が増えたり体型が変わってもその雰囲気は変わらず(笑)お互いすぐにわかりましたし,幸い皆それぞれとても元気でした.

   懐かしさに思い出話は尽きることなく,二次会にもほとんどの人が参加,またいつか集まることを約束して,お開きとなりました.

 
歳をとることは若さを着実に失うことではありますが,こうして数十年ものタイムスリップを楽しめたのは,長年頑張って人生を生きてきたことに対する神様からのご褒美かもしれません.

 最後に,このたびの同窓会の幹事を務めてくださった,あのころとちっとも変わらず元気で明るい看護師のHさん,本当にお疲れ様,そして皆さん,ありがとうございました

 

加古川同窓会2 


加古川同窓会1



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2016/06/19

窮屈な世の中

   熊本地震から2ヶ月が経過しましたが,避難者の数はまだ5,000人以上もいるとのこと,本当の復興はまだ緒についたばかりです.

  現地には今回も日本中から多くのボランティアが訪れていますが,その中には有名人も多く,東日本大震災の時に大量の物資を何台ものトラックで運び,炊き出しなどを行ったことで知られる俳優の杉良太郎さんは,今回もいち早く被災者のもとにかけつけたそうですし,美容外科のカリスマ,高須クリニックの院長は,なんと自家用ヘリコプターで大量の物資を届けたとのこと,さすがパフォーマンスも派手です.

 こういった行為に対して,今回も予想通りSNSやツイッターで,偽善だ,売名行為だ,税金対策だと言われなき批判の声が上がっています.

 しかし私は,こういう無責任な批判をする人々に,こう問いたいと思います.
 「やっかみなのか嫉妬なのか,他人の悪口ばかり言っている自分を恥ずかしいとは思わないのか?ならば自分は被災者の人々に彼等と同等またはそれ以上の援助をしてあげたのか?」と.

 偽善,売名行為,税金対策,けっこうではないでしようか?
 どういう意図であれ,いまその場で明日の衣食住にさえ困っている人々が,彼らが誰に迷惑をかけるわけでもなく,自分の資産を投げ打ったり行動をおこしたりすることによって助けられ,癒されているのですから,どこに非難の余地があるでしょうか?

 話変わって,先ごろ自民党のM議員が,米国が根強い人種差別という大きな壁に風穴を開けて,黒人初の大統領さえ輩出するような社会になったという主旨のことを述べました.
 しかし案の定,野党のR女性議員がさっそく噛みつき,人種差別だとか人間として許されないとか,周囲を巻き込んで大騒ぎし,マスコミを賑わせました.
 それは,この議員が,「奴隷」ということばを使ったからです.
 しかし彼の発言全体をきちんと聞けば,かつては奴隷としてひどい人種差別を受けていた黒人からも大統領が出るような素晴らしい時代になった,ということを賞賛しているのであって,その文脈の中で「奴隷」という言葉を使ったのだということは小学生でもわかります. この女性議員は,自らの発言で,日本語の理解力の欠如と政治家としての無能さを暴露してしまったと言ってもいいでしよう.

 最近,なぜ世の中は,少しでも他人と違う言動をすると,瞬く間にいわれなき無責任極まりない批判や中傷を受けるような窮屈な世の中になってしまったのか,と思います.

 安部政権の暴走(これも一部の人の偏った表現ですが)によって言論の自由が奪われるなどと非難する人がいますが,このような言葉による個人攻撃こそ,ある意味ひどい言論の自由の抑圧ではないでしようか?

 発信した人の意図をしっかりと汲み取ろうともせず,ただ言葉尻だけをとらえて,鬼の首をとったかのように批判するというのは,あまりにも程度が低すぎると言わざるを得ません.また、発信者を悪者に仕立て上げて、血祭りにあげるがごとくいちいち大仰に取り上げるマスコミもマスコミです。

 最近,百田尚樹さんの「大放言」という本を読みました.多少過激なところもありますが,こういう風潮に対して鋭く切り込んでいるのは,痛快かつ溜飲の下がる思いでした.

 表現の自由,言論の自由は保障されなければならないのは当然ですし,多様な意見が活発に交わされる土壌が成熟した民主主義国家に必須であるのは論を待ちません.

 けれども,それは,他人の言動の一部,表面だけを切り取って,慎重な考察も加えず,感情だけで批判したり封じたりすることではないと思います.
 最近はテレビでもどんどん放送禁止用語が増えているようですが,これでは北朝鮮や中国のことを批判することなどできないのではないでしょうか?

 社会全体に元気がなく言いようのない閉塞感が覆っている昨今,少しでも口撃の対象となるものがあれば庶民の不満や感情のはけ口となり,寛容さの欠如した無責任な罵詈雑言のオンパレードに繋がってしまうのかもしれません.

 インターネットの驚異的な進歩により,誰もが時と場所を選ばずいとも簡単にメッセージを発することが出来,そしてあのジャスミン革命のように大きな政治的うねりさえ起こすことが出来るようになったのは,素晴らしいことには違いありません.

 しかしそれは同時に,ベクトルが誤った方向に向かえば逆に取り返しのつかないような悲劇さえ起こしうるという意味では諸刃の剣でもあります.
 「言霊」ということばのとおり,自分の発した言葉が,良くも悪しくもいかに大きな影響をもたらすのかということを,誰しもが常に考えなければならないのではないかと,最近とみに感じます.



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